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2017年3月 4日 (土)

上厚内駅が廃止に

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尺別から3つ帯広寄りにある上厚内駅が、稲士別や五十石などと共に3月3日限りで廃止された。写真は廃止当日の下り始発列車2521D。
 
 
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こちらは廃止当日の下り最終列車2531D(写真は釧路市の石川孝織氏撮影・提供)。私を含む有志でお別れの横断幕を抱えて列車を迎えた後、この列車に乗り込んで尺別まで行き、5分の待ち合わせで折り返す上り最終列車2532Dで上厚内へ戻った。
 
 
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上厚内駅は無人駅で切符の販売なども無いため、記念品にと、これも有志で絵葉書を作成して頒布した。特に右の絵葉書は、北見市在住の山宮喬也氏にご協力をお願いし、上厚内駅を描いたボールペン画を使わせて頂いた。山宮氏は、ちほく高原鉄道を含む道内全駅のボールペン画を手がけられ、出版もされている(『ボールペン画で描く北海道の駅舎たち』バルク・カンパニーより2012年刊) 。
 
 
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上厚内と尺別の往復には、参加者分として、事前に浦幌駅で回数券を購入していた。もっとも、私自身は定期券利用者なので不要なのだが、考えてみれば上厚内〜尺別という回数券の発売は珍しいかもしれない。上厚内発券の整理券も、これが最後となる。
そう言えば、定期券の経由地「上厚内」も、次からは表記が変わるのだろう。
 
 
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2532D発車後、さっそく上厚内駅の閉鎖が行われた。駅舎の施錠、駅名票などの取り外し。電気関係の消灯。作業は夜中も続けられ、構内の全駅名票が外されたほか、跨線橋への柵の設置なども実施された。
写真は 報道陣、地元住民、鉄道ファンらが見守るなか、駅正面のホーロー製の駅名看板が取り外されるところ。
 
 
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翌日の旧上厚内駅ホーム。取り外された駅名票のあと。
 
 
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跨線橋も立入禁止に。
 
 
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こうして上厚内駅は、この日から上厚内信号場となった。
 
 
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1903 (明治36)年、釧路から浦幌まで鉄道が開業したとき、ここに駅はまだ無かった。ここに鉄道施設が出来たのは、その7年後、1910(明治43)年に上厚内信号所が設置されてからである(後に信号場と改名)。駅への昇格は1926(大正15)年。以来、90年ほどの歴史を経て、上厚内は再び信号場となった。
 
3月4日のダイヤ改正後も、通過列車の時刻に大きな変更は無い。一部の列車で、3日まで常豊信号場で行われた交換が上厚内交換に変更となった。客扱いは消えたが、これからも列車は停まる。
 
駅舎や跨線橋の解体は、今年中に実施される見込みである。
 
 

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