音別

2017年11月 9日 (木)

パシクル湖畔を行く

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今日は休日で、風が強いものの秋晴れの好天であった。
音別・白糠町境となっているパシクル沼へ行ってみた。
 
 
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写真を撮りに来たのに、撮っていると無性に乗りたくなってくる。
やはり撮るよりも乗る方が好きだなと思う。
 
 

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2017年10月29日 (日)

晩秋の尺別

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秋が深まってきた。 
しかし、今年はサケもサンマも不漁と聞く。昨日も厚内の漁業関係の方と話していたが、漁師さんはもちろん、加工場で働く人達に仕事がなく、町を出て働きに出なければならないと言う。大変な苦労をされている人達がいる。
 
網を曳く漁船を横目に、上り一番列車の2522Dが尺別を行く。
 
 
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すっかり晩秋。ヨシやクサヨシの湿原が薄茶色く枯れている。冬が近い。いや、もう冬になっているのか。
 
 

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2017年7月 9日 (日)

音別神社で神輿渡御

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 釧路市音別町の音別川ほとりの高台にある音別神社は、毎年7月の第二土曜日・日曜日に例大祭を挙行する。幟の林立する音別神社参道。音別川の対岸に位置するので、地番は尺別になるらしい。

 

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 音別神社拝殿。音別神社は、1906(明治39)年、大和田清治・菅野雄五郎らが郷里の福島県県社太田神社(相馬太田神社)の御分霊を奉戴し旧社地に社殿を建立したことに始まるとされる。同社の主祭神は天御中主大神であることから、現在の音別神社の3柱の神のうち、同神はこのときに分霊を受けたものだろう。

 1920(大正9)年6月に3柱の御祭神をもって創立を出願し、1923(大正12)年4月に創立が許可されると社殿を改築。天照大神、豊受大神は、このときに祀られたものと思われるその後、1932(昭和7)年2月10日には村社となった。

 

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 拝殿は比較的新しく、内部は美しい。古い絵馬などは無さそうであった。

 

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 境内の様子。鳥居の向こうは急な階段で、降りると国道38号線と根室本線が音別川を跨ぐところへ出る。左の赤い建物が社務所。

 

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 ふだんは静かな神社も、この日は賑わいを取り戻す。日曜日の9日には神輿渡御が行われ、昼を挟んで見越しが市街を練り歩いた。

 

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 神輿が戻ってくるのを待つ人々。男の子が獅子舞に頭を噛んでもらっていた。

 

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 暑い中がんばった獅子舞に、男の子がペットボトルのお茶を与えている。

 大型の神輿は石段下からトラックへ載せて上がってくるが、小さい神輿は担いだまま駆け上がってくる。みんなその様子を見るのが楽しみなようであった。

 

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 暑い中、石段を駆け上がってきた神輿。

 

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 境内に並んだ2基の神輿。若者達が最後に担ぎ上げてグルグルと回り出すと、群集から喝采の声が上がる。

 

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 手前の小さい神輿は女性達が担いで歩いていた。

 音別町はもともと地味な町で、釧路市と合併した後も、阿寒町と比べると影が薄い。大塚製薬の工場がある町だが、観光や産物に目立ったものも無い。かつては尺別炭鉱があったが、いまは森林と原野が広がる。

 直別のキナシベツ湿原と尺別海岸の自然景観の保全と活用が、音別町の今後の活性化に役立てば良いと思っている。

 

 

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2017年6月24日 (土)

今朝のキナシベツ

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今朝のキナシベツ湿原。いちだんと霧が濃い。
 
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浦幌本町は全く晴れており、白糠から音別にかけてがこの濃霧である。夏には珍しくない事だが、海霧の町なのだなあと思う。
 
 
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いつエゾシカが飛び出してくるかわからない(霧があっても無くても飛び出してくるが)中、上り一番の特急スーパーおおぞら2号が通過していった木無別踏切。
 
 
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 ちなみに、昨日はこんなに晴れていた。
山の木々はすっかり夏の緑だが、海岸湿原のハンノキなどはまだ展葉していないものも多い。
 
 

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