博物館

2017年5月 3日 (水)

日本国憲法施行施行70年

Img_8546

祝、日本国憲法施行70年。
 
この記念すべき憲法記念日に、どこの集会にもデモにも学習会にも参加できないのが残念(祝日土日は連勤)。都合で今年はメーデーにも出ておらず、誠に情けない限りである。
 
「博物館と憲法」、実はかなり重要なテーマだと思う。戦前、帝国のプロパガンダの片棒を担ぎ、植民地支配先から略奪してきたモノをせっせと収集・展示してきた歴史が博物館にはある。
 
現行憲法の下での博物館の役割は、大学レベルとは言わないまでも、せめて学校レベルの自治が認められるべきだと個人的には考えているが、公立博物館はいまだ設置者の自治体や、さらには国の意向にまで左右されがちな現状にある。
 
全て公務員は憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。私達は常に憲法を意識の片隅に置きながら学芸活動を進めるべきだなあと、あらためて意識する日が今日なんだなあと、気持ちを引き締めたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月 9日 (木)

上厚内駅の廃止と資料保存

1

3月3日で廃止された上厚内駅。
 
廃止前後の流れなどはこちらに書き留めた。
 
 
博物館としては、廃止された駅の資料を保存したり、駅史をまとめたりという作業に入っている。文書を交わして寄贈を受けるための手続きが思いのほか難航したが、とりあえずはなんとかなりそうだ。資料の受け入れはまだ先になる。
 
それにしても、今回は全道で10駅が廃止となっている。
上厚内駅は浦幌町立博物館、五十石駅は標茶町郷土館、島ノ下駅は富良野市博物館が、それぞれ資料保存に努めている。それ以外の駅はどうなったのか?実はまだ情報を集め切れていない。自分のところの対応に精一杯で余裕が無かったためだが、非常に気になっているところである。
 
恐らく今後も続くであろう、JR北海道の駅廃止(もしくは路線そのものの廃止)に、きちんと地元の博物館が追いついていけるかどうか。鉄道資料の収集にあたって、資料の選別や手続きなど、基本的なところをマニュアル化し、情報を共有した方が良いかも知れない。
 
このペースだと、地元に博物館が無い町も当然ながら廃止対象となっていくので、広域的な資料収集が必要になる場合もあり、あらかじめ北海道博物館協会のブロック別に対象館を割り振って意識を共有しておくなども必要ではないだろうか?
 
さしあたり、一段落したら、道南などの駅資料の収集状況について確認しなくてはなあと考えている。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 6日 (月)

サイエンスコミュニケーションの課題

Up_2

 東京大学出版会の書評誌『UP』の新刊が届いた。さっそく中を開くと、東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授が「キュレーションプラットフォーム事業の閉鎖問題から見たサイエンスコミュニケーション」と題した小考を寄せられている。塚谷先生は植物学が専門で、著書の『スキマの植物図鑑』(中公新書)は私も愛読している。
 
 一読して、以前から漠然と抱いていた「サイエンスコミュニケーション」およびそれを推進する「サイエンスコミュニケーター」の養成課程への疑問はこれか、と実感した。
 
 先生も書かれているが、私も植物や鉄道に関する報道機関などからの問い合わせをよく受ける。博物館なので、業務時間中にそれを受けるのは当然の務めなのだが、仕事が終わったあとも休日も、携帯電話や電子メールに「今日の夕方までに回答をお願いします」という依頼が入ってくる事がよくある。
 自分の仕事(博物館の事業)に関することならばまだしも、そうでない事柄についても直近の締め切りを指定されて、文献を調べて回答しなければならない義務はあるだろうか?
 
 ただ、それでも、準職員とは言え、とりあえず「科学」の現場に労働者として身を置いている立場であればまだ良いと思う。問題は、これも塚谷先生が論考で指摘されているが、大量に養成されている「サイエンスコミュニケーター」なる者が、社会できちんとした対価を得られておらず、科学に対する専門知識を無償に近い形で社会へ提供し続け、社会もそれを当然と受け止めている昨今の風潮にある。
 
 北海道大学なども、サイエンスコミュニケーターやミュージアムマイスターといった、従来は聞かなかった「資格」なのか「肩書き」を学生に与える課程を設置し、向学心溢れる若者たちが門を叩いている。しかし、大学はそれらの「資格」を得た学生が、その「資格」を職業として(それをきちんと収入源として自立していける職業人・労働者として)社会へ送り出せる環境を整える努力をしているだろうか?私が見たところ、そのような様子は皆目みられない。
 
 きちんと職を得ている方には申し訳ないのだが、私が見ている限り、すなわち、社会に職業として成立していない「資格」を看板に、ただ学生を集める「広告」として「サイエンス」だの「ミュージアム」だのの文言を利用しているだけに見えるのである。
 
 同じ事は博物館の現場でも言える。いま私はだいぶ異なる環境になったが、いまでも多くの博物館で非正規雇用の学芸員を続ける仲間達がいる。博物館の専門職は「非正規雇用」で構わないという風潮が蔓延している。図書館はもっとひどい。
 
 いまの日本は、医療以外の専門知識に対価を払わない。それを当たり前の社会にしてきている気がする。その歪みの表れが、昨今のサイエンスコミュニケーションの劣化に結びついてきているのではないか?塚谷先生の論考もそのような意味で書かれているように思う。
 
 私たちは現場の人間として、いまどのような声を挙げ、行動をとるべきなのか?きちんと考えなくてはならない時期にあると言える。
 
 
Photo
 出張に出ていたので、久しぶりの「今夜の尺別駅」。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 8日 (木)

集中講義にて

Photo

 少し前の事になるが、8月29日から9月1日までの4日間、毎年恒例の北海道教育大学旭川校における「博物館情報・メディア論」の集中講義を担当した。この講義では、博物館現場でのメディアの活用の仕方を学ぶ、という目的で、三浦綾子記念文学館の見学に行く事を恒例としている。今年も8月31日に、文学館の見学を行った。
 
 
Photo_2
 三浦綾子の文学作品が、展示ケースにズラリと並ぶ。それらを前に、文学館や展示の解説を受ける。
 
 もともと、受講生の中における三浦文学の読者はあまり多くなかったが、今年はついに1人だけとなった。「名前も知らない」という学生がいた事には少し驚いた。
 もちろん、ズラリと並ぶ作品を前にすると、私も読んだ事の無い作品がまだまだ多い。読まなければならないものは多いが、なかなか読めていない自分が情けない。
 
 
Photo_3
 文学館の2階で、小泉学芸員から、館の運営や学芸員の仕事などについて説明を受ける。学生からも質問がいくつか出されていた。人数的にはちょうど良いかもしれない。
 4年生の多くは、博物館以外に就職が決まりつつあったり、教員などの試験を受ける事になっている人ばかり。もっとも、学芸員は学部4年生でスンナリ就職できるほど甘くは無い。講義のなかでも、採用試験の実情や現実的にどのような道筋で目指していくべきかなどの話をするが、やはり根本的に覚悟が必要な事を理解してもらえればと思う。
 もっとも、最終日、学生の1人が「実は美術館の学芸員になりたかったが、現実的に厳しいと聞いて今は別の進路を考えている」と話してくれた。私もそれで良いと思う。だが、もし本気で目指すのならば、他の仕事につきつつも研究を続け、コツコツと実績を積み上げ、いつか機会を得てチャレンジして欲しい。
 唯一の1年生はプラネタリウム志望であった。既に地元に懇意にしている館もあるらしいから、つながりを大切にしながら一生懸命勉強・研究を続け、ぜひ目標を達成して欲しいと思う。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月12日 (金)

灯火採集

1

 昨日8月11日山の日は、午前中は浦幌神社見学、午後は神社巡り2で上浦幌地区を巡検。
 
 午後の巡検から戻ってきた頃、北海道博物館の昆虫担当学芸員の堀さんから、「大津まで来ているので今晩海岸で灯火採集しないか?」との連絡が入る。願ってもない機会なので、喜んで参加させてもらう。
 
 本当は十勝川河口部の干潟が良かったようなのだが、うまい干潟が無く、浦幌十勝川河口の十勝太へ。十勝太側干潟の対岸河口部でセッティングをした。
 
 
2
 18時40分頃の日没から、まずコガネムシがいろいろ集まりだした。ほとんどヒメコガネ、ドウガネブイブイ、スジコガネ、ツヤコガネ、サクラコガネなど。無数のコガネムシが飛び交う。
 
 
3
 19時45分頃から、ガの姿が含まれるようになる。ヨシカレハ、アマヒトリ、クルマスズメなど。
 
 
4
 アマヒトリ。アマは亜麻なのだという事を知り、なぜか感銘を受ける。
 
 19時50分頃、トビケラが飛来するようになる。だが、飛来する昆虫相はその後も変わらず、期待された海浜性昆虫は採集できなかった。堀さんによると、今年は昆虫の種類がとても少なく、特にガが少ないそうだ。初夏の低温や日照不足が効いているのだろう。
 
 20時30分頃に終了。種類はあまり多くなかったが、いろいろとお話も聞けたし、とても良い時間を過ごす事ができた。良い機会をありがとうございました。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年8月10日 (水)

帯広百年記念館で「昭和のくらし・しごと展」

Photo

 帯広百年記念館で、企画展「昭和のくらし・しごと展」が始まった。
膨大な生活・産業資料の中から、いくつかのテーマを設定して、展示が組まれている。写真は「昭和40年ころの夏のくらし」。隣には昭和50年ころのくらしも組まれており、家電製品などの製造年代などを細かく調べて、6畳間が再現されている。
 
 
Photo_2
 本展には、浦幌町立博物館と根室市歴史と自然の資料館からも資料が出品されている。浦幌からは「掛け時計」と「郵便ポスト」が出ている。掛け時計は吉野小学校の新校舎落成祝いに地元の方が寄贈したもの。かつて時計は高級品で、こうした祝いの際の品物として、署名入りで献呈される事がよくあった。
 本展では、こうして贈られたさまざまな時計が展示してある。浦幌からの時計は写真の左端。
 このほか、会場入口にはアンケートの回収箱として丸型の郵便ポスト(郵便差出箱1号丸型」が置かれている。厚内郵便局で永年用いていたものである。
 
 帯広百年記念館の「昭和のくらし・しごと展」は、9月25日(日)まで開催。9月3日(土)からは、北海道博物館の池田学芸員を招いた博物館講座も開催される。詳しくは帯広百年記念館サイト。http://www.octv.ne.jp/~hyakunen/oshirase2.html#00-tenji
 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月30日 (月)

小樽で企画展を2つみる

Photo

 小樽市総合博物館の本館(手宮)で、4月末から7月3日までの間、企画展「名前の博物誌」が開催されている。先日、こっそりとお邪魔し、展示を拝見してきた。
 
 
Photo_2
 生物の名前には、世界共通の学名と、その地域だけで通用する名前(日本なら和名)がある。また、それらの名前にはさまざまな由来があるし、学名の決め方には厳格なルールもある。
 そうした内容が、標本や写真と共に丁寧に解説されている。
 
 
Photo_3
 ものすごい勢いで植物採集をしていたフランス人宣教師フォーリーが採集した標本に基づき新種発表された「オタルスゲ」。このような名前のルーツについて、「猿にちなんだ名前」や「地名のついた名前」「勘違いによる名前」など、いくつかのトピックごとに展示されている。コンパクトで美しく展示されており、とてもわかりやすい。なかには、私も知らなかった植物名のルーツがあったし、とても勉強になった。
 
 
Photo_4
 こちらは生物名の仕組みについて。学名に使われるギリシア語やラテン語の事例もあり、親しみやすく解説されている。
 
 
Photo_5
 学名の父リンネと、そのリンネに献名されたリンネソウ。
 
 
Photo_6
 こちらは命名規約と新種発表の実際について解説されたコーナー。学芸員の山本さんが実際に新種発表したときの論文を事例に説明されている。
 
 学名の展示は、いつか私も手がけたいと思いつつ、まだ取り組んだ事が無い。やはりこれは面白いなと実感したので、今回の展示を参考に、十勝でも近く開催してみたい。
 
 
Photo_7
 もうひとつ、市立小樽文学館で開催中の特別展「早川三代治展:インターナショナルな知的表現者」も見学する。
 こちらは5月21日(土)から始まったばかりで、この日も新聞の取材などが来ていた。開催期間は7月24日(日)まで。
 
 早川三代治は、経済学者としての名前は知っていたものの、文学者としての側面は全く知らなかった。今回、彼が有島武郎の影響を強く受け、有島をテーマにした戯曲の構想も練っていたという話を聞き、このあとニセコの有島記念館へ出向く事もあって、一度その功績を学んでおこうと思ったもの。
 
 実際に見学してみると、小樽市総合博物館運河館で少しずつ活字化のはかられている『稲垣日誌』にその名が登場したりと、有島も含め、後志地方らしい資料との結びつきがある人物だなあという点が特に面白かった。さまざまな人物と親交があり、彼らから届いた手紙や葉書が公開されていたのも興味深かった。
 
 よその館の企画展は、自分の仕事を進める上でもこのうえない教材になり、大いに影響を受ける。最近あまり他館の企画展を精力的に巡っていないが、きちんと時間をつくって学ばなければなあと痛感したのであった。
 
 小樽文学館 http://otarubungakusha.com/yakata
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年4月17日 (日)

日々の作業が力になると思うこと

3

 熊本を中心とする九州の地震の被害が心配だ。東海大学農学部には、かつて先輩も在学していたし、熊本大学からは、昨年、2名の研究者がはるばる浦幌まで資料調査に来られた。そうした方々の安否と共に、熊本城やジェーンズ邸など文化財の被害が明らかになっていくについて、職業的な心配も日に日に増している。
 
 東日本大震災のとき、SNSは災害情報の共有に大きな力を発揮すると意識し、膨大な情報を整理しつつ、文化財の修復など学芸員間の横の連携が強まった。今回は状況が少し異なり、地震はまだ収まって居らず、博物館・図書館や文化財のレスキューはもう少し後になりそうである。
 
 我々は日頃から標本や資料を集め、保存する事を第一の至上命題としている専門職である。当然だが、地震が起きてから文化財を守るのではなく、地震で被害が生じた時に適切な処置がとれるような資料扱いの知識・技術は、日頃の活動の積み重ねで鍛えられていくものである。だから学芸員は、どんな小さな博物館でも、常に資料を(モノを)触っていなければならないと思う。
 
 いまはまだ文化財レスキューなどの動きは(情報収集・情報連携は別として)本格的に始まっていない。いまやる事は、日々の標本・資料整理活動であり、そうした活動への理解者・協力者をつくる事である。それがいつか災害に対しても力を発揮するはず。
 という事で、今日は毎月恒例の「お茶を飲みながら資料を磨く会」を開催。
 
 
1
 いつも通りの農具類のサビ落とし。今日は雨のため、外収蔵庫からはあまり持ち込まず、小型の道具を中心に手入れしたが、ひとつだけ「アイカケ」というカルチベーターのような道具のサビ落としをしてもらった。ちょっと室内でやるには大きい道具だったが・・・
 
 
2
 今回は、3月に閉校した厚内小学校関係の資料整理も実施した。特に写真資料。会報などの原稿に用いられた写真には、裏に台紙に貼っていた時のセロハンテープの粘着が残っているものがある。これを消しゴムと指でこすりながら剝離する作業。部分的にカッターナイフも用いる。台紙から剥がした写真には現状を鉛筆で記録する手間もあり、割と時間のかかる作業だ。
 こうした作業をボランティアさんに経験していただき、資料を残すってこういう事なんだ、と理解と共感を得られれば、博物館にとって、文化財にとって大きな力となると考えている。
 
 正直、1回あたりの作業量は微々たるものだが、無理の無い範囲で毎月続けて行きたいと考えている。
 自分自身が最近、事務仕事に追われて標本や資料と共に過ごす時間が無い事への自戒をこめて。忙しさにかまけて学芸員が「博物館係」の“お役人”になり下がってしまうと、本当につまらん事にしかならないからなあ。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月17日 (木)

ひな人形に戸惑い、そして大いに学ぶ

Photo

 北海道開拓の村では、まだ雛人形を飾っている(年中行事 桃の節句 ひなまつり 21日まで開催)。今年、自分で雛人形展を担当しなければならなくなり、いろいろと悩む事があったので、勉強のために見学に行った。
 
 
Photo_2
 
 雛人形について悩んでいた点は、細かくはいろいろあるが、最も問題意識を持っていたのは以下の2種類の人形の並び順についてである。
 
(1)三人官女は1人だけ眉毛が描かれていない人形がある。通説では、この官女は位が高く、位置としては真ん中に置く。三体のうち、両側と中央で姿勢が異なる(両側の官女が立位ならば中央は座位といった感じ)。だが、眉毛の有無と姿勢のバランスが一致しない人形がある → 両側の人形と中央の人形で、姿勢中心に揃えると、眉毛の無い官女が両側のどちらかに位置してしまうという矛盾
 
(2)仕丁(五人囃子よりもさらに下の段に位置する三人の男性の人形)の表情は、泣き、怒り、笑いの三種に分けられる。持ち物もそれぞれ決まっている。通常はそのうちの1体が年長者である。通説では、向かって左側から、泣き、怒り、笑いの順に配列され、持ち物はそれぞれ台笠(熊手)、沓台(塵とり)、立笠(箒)である。また、通常は立笠を持つ笑いの表情の人形は年長者(爺さん)である。
 
 今年、浦幌では上記の通説にしたがって、配列を決めた。昨年までは上記の並びでは無かった人形もあったが、今年は並びにあたって直し、キャプションにも並べ方として上記の説明をした。
 
 
0
 
 さて、北海道開拓の村で展示されている仕丁である。今回、開拓の村の雛人形は、大半がこの並びであった。さきほどの通説とは、表情と年齢を基準に考えると、並びが正反対となっている。
 だが、持ち物を基準に置くと通説と一致する。しかも、注目は人形の足の崩し方で、こうした場合、立て膝もしくは前に投げ出している方の足が外側に来るように配列すべし、という説があり、この姿勢から考えても順当である。
 
 
2
 
 開拓の村には多くの雛人形が、村内のさまざまな建物に分散して展示されており、これらを巡って歩く事ができる。これは展示の仕方として楽しい。浦幌とは規模が異なるが、分散展示そのものは、巡って楽しむという点から良い方法だと思う。
 
 同館の細川学芸員に話を聞くと、並べ方の通説は確かにいろいろあるのだが、実際の人形は必ずしもその通りになっていないケースが結構あるとのこと。むしろ、開拓の村ではこれらの雛人形が村へ来る以前、つまり寄贈者の家庭でどのように飾られていたかを写真で記録しているので、その写真に基づいて並べているとの事であった。
 
 うーん、なるほど。これは確かに言われてみればそうだと思った。
 生活資料、すなわち民具は、玩具であれ道具であれ、モノとしての実体と共に「どのように使われていたのか?」が重要な資料情報である。宮中や武家や由緒正しい豪商などならともかく、庶民の家庭が学説的な並べ方に必ずしも従っていたとは限らない。むしろ、通説は通説としてあるが、一般家庭ではあんまり気にせず並べていた、もしくは家庭で購入するような雛人形は、もともと通説どおりに作られていたとは限らなかった、という実態を把握し、展示に反映する事こそが、我々博物館の役割かもしれない。
 
 このあと、小樽市総合博物館でも話を聞いた。やはり通説どおりとならない人形が多いと言う。もちろん、その原因は製造者にあるとは限らない。私にも経験があるが、子供の頃、飾ってある人形の首を取り外して、他の人形とすげ替えたりする遊びをした事がある。そうした結果が反映されて、衣装や持ち物と顔の表情が異なった状態で保存されているケースも、玩具である以上は当然考えられるだろう。小樽の石川さんの話では、かつて人形の首だけ、パーツとして売られていたそうだ。
 
 つまり、今年の浦幌での展示は、あまりにも通説にこだわり、ガチガチに「これが正しい並び方です!」的なやり方をしてしまったのである。ここは猛烈に反省する必要があるだろう。
 
 来年度の展示、そして民具や民俗の展示に心得ておかねばならない事を学んだ気がして、札幌・小樽へ出てきたかいがあったなあと思った次第であった。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月22日 (月)

「スゲ展」を見学に行く

Photo

 神奈川県立生命の星・地球博物館で企画展「日本のスゲ勢揃い:撮って集めた269種」が開催されている。28日(日)までと、会期もまもなく終了する。
 この企画展に、私の勤務する浦幌町立博物館で昨年実施した「ヤチボウズ大解剖」で撮影したカブスゲヤチボウズの断面写真が展示されている。また、妻の勤務する釧路市立博物館からも、釧路湿原のヤチボウズが展示されている。
 という事で、かけあしながら神奈川県立生命の星・地球博物館へ行ってきた。
 
 
Photo_3
 このとおり、展示室の謝辞パネルに名前も出して頂いた。地方博物館としては、自館の資料が他館の展示などで活用され、名前を出して頂く事はとてもありがたいこと。こうした機会が増えるように、浦幌にはどんな資料があるのかをいっそうアピールしていかなければ、と気を引き締めたのであった。
 
 
Photo_5
 「日本のスゲ勢揃い」のタイトルどおり、本展では日本で確認されているスゲの全種が、標本と写真でズラリと展示されている。これは神奈川県のスゲ全種の標本展示。圧巻だ。
 この他にも北海道の高山スゲ、南方の島嶼に生えるスゲなど、テーマ毎にとにかくスゲずくしの展示。また、スゲ研究者の系譜や、スゲ笠、すげの会の紹介など、スゲに関する内容が盛りだくさん。
 本展の骨格をなすスゲの採集や研究は、北海道大学総合博物館でのパラタクソノミスト養成講座でも講師をされてきた同館の勝山学芸員。お忙しい中を展示の解説や苦労、収蔵庫の見学や標本製作過程などについてご案内を頂き、充実した博物館見学をする事ができた。ありがとうございました。
 
 神奈川県立生命の星・地球博物館は箱根登山鉄道入生田駅そば。スゲ展は28日(日)まで開催。お近くの方はぜひ足をお運び下さい!
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧