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2017年3月

2017年3月17日 (金)

『ルポ トランプ王国』を読む

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 12日の毎日新聞の書評欄で伊東光晴さんが評されていた、岩波新書の『ルポ トランプ王国:もう一つのアメリカへ行く』。書評掲載前に既に読み始めていて、まもなく読了というところだった。評者の伊東氏が「異常な政治行動のトランプを大統領におしあげたアメリカ社会の変化を見事にえぐった、すばらし新書」と書かれているとおり、とても良いルポで多くの方に薦めたい。
 
 ポピュリズムは従来のさまざまな政治・行政形態への不満が爆発した結果に起きる。アメリカでは従来形の政治に関わってきた人々を「エスタブリッシュメント」と呼び、クリントン元大統領候補を筆頭に、今回の選挙では批判の的となった。批判されるからには理由があり、その理由に至る背景があるはずだ。今回、著者の金成氏は、その批判の渦が濃いアメリカの「田舎」を歩き回り、多くの「普通の人々」へのインタビューを繰り返している。その成果が見事にまとまり、トランプ大統領誕生の背景にある、今のアメリカの現実を浮かび上がらせている。
 
 私たち外国人にとって、アメリカで真っ先にイメージするものは、ワシントンであったりニューヨークであったりロサンゼルスであったり、確かに都心のイメージが大きい。だが、本書に登場する人々は口々に、「私たちの地域こそ真のアメリカだ」と言う。これは、関東関西を中心に回っている日本社会における、北海道の片隅に生きる私達と同じ声だと言える。まさにアメリカでは、こうした「置き去りにされた」人々の声がうねりとなって、今回のトランプ大統領誕生へと結びついている。
 
 もちろん、著者もトランプ大統領の言動や政策(政策があるのか?)を正常だとは考えていない。なぜ、こうした大統領が誕生したのか、そこへ至る過程と、今のアメリカの現状から見えてくる日本など世界各地の今後へ向けた警鐘を発していると言える。
 
 それと、大統領選挙におけるトランプ大統領の姿勢、姿に対して、著者が現場で感じた率直な評価をしている点に好感が持てる。それは良い評価もあるし悪い評価もある。記者が現場で感じた生の思いが綴られていて、本当の意味での「ルポ」だなと思った。こういうルポは臨場感もあり、読んでいて心地よい。金成氏は私より若い1976年生まれの朝日新聞記者だが、さすがプロの新聞記者の技術と情熱だなあと実感した。
 
 
 惜しいのは、トランプ大統領を支持するアメリカの人々が思い描く「かつての重工業や炭鉱が反映したアメリカ」がもう戻ってくることは無い、と指摘しつつも、ではそこに暮らす彼らやその社会は、今後どのような方向へ進むべきか?の道筋が描かれていない点だ。無論、本書の主題はそこには無いので、それを求めるのは無理なのだろうが、疲弊するアメリカの地方社会を見ていると、どうしても北海道など日本の地方の疲弊ぶりが重なってみえ、「では、どうしたら良いのだ」という思いに駆られてしまう。それを考えていくのは、今、その疲弊した地方社会に生きている私たち自信の責任だとわかってはいるのだが。
 
 ちなみに、著者の金成氏、苗字のヨミは「かなり」と読むのだそうだ。なんとなく「きんなり」とか「かねなり」と読むのだと思っていた。漢字を逆さにすると成金で、なんだかトランプ大統領のイメージに通じるものがあるなと、本当に失礼な事を考えてしまった。申し訳ありません。
 
 トランプ大統領や、アメリカの今に関心のある方はぜひご一読を。
 
 岩波新書のページ
 

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2017年3月12日 (日)

<乗車記録>根室本線2521D浦幌から釧路

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2017年3月12日日曜日。
 
今日は図書館のボランティアの人達が、汽車で新得方面の図書館へ交流見学に行くらしい。前の晩、参加者のお一人と話していると、4人くらいでワイワイと汽車で出かけるのが楽しみ、と話されていた。聞いていてこちらも楽しそうで嬉しい。そういう鉄道の利用が今後も増えていくと良いなあと思う。
 
なお、上り2544Dで出かけるそうなので、今月3日まで8時32分発だったが、4日から27分発に、発車時刻が5分早くなっているので、注意を促しておく。この変更点だけを要約した張り紙を、時刻表本紙とセットで駅に掲示したり各戸配ると、注意喚起になって良いと思うのだが、どうだろうか。
 
 
さて、私は6時42分発の下り2521Dで釧路教会へ行く。
2521Dは浦幌定時発。乗り込むと乗客は1名で、しかも池田町に住む知人であった。偶然でお互いびっくりしている。
彼は鳥類の専門家で、これから厚内へ海鳥調査に向かうと言う。おかげで厚内までの道中、ひとしきり東十勝の自然史の話ができ、楽しく過ごす。アクセスの良い池田町を核に、自然史の勉強会をできたら良いなと話し合った。
 
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厚内で、野鳥観察道具の大荷物を抱えて知人が下車すると、乗客は私ひとりとなる。3番線には上り2522Dがいて、共に特急4002Dの通過を待避する。2522Dには4名ほどの乗客。厚内からも乗車あり。駅名標の「かみあつない」の上に「うらほろ」と紙を貼ったのがわかる。浦幌駅の駅名標も同じで、上厚内駅の廃止に対応しているのである。
 
 
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薄曇りの厚内海岸を進み、やがて内陸へ向きを変えて乙部トンネルを通過する。このトンネルは釧路までの区間で唯一現役の、明治36年に掘られたレンガ巻きトンネルである。走行中の窓に電話を押し付けて、レンガを撮ってみる。通過するとき、このレンガ壁を眺めるのがいつもの楽しみなのだ。
 
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映画ハナミズキのセットの家が見えて、尺別に停車。
いつものように 降りたい衝動にかられるが、今日は通過する。
 
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雲間から海に太陽光が注いでいる。天使の階段とか言うのだそうだが、教会にある絵にも天使が階段で天から来る絵は見たことがない。
 
音別から4名乗車。まだ窓口営業時間ではないが、若い駅員氏が出ていて列車を見送っていた。彼はいつも熱心に音別駅を守っており、私は密かに応援している。
 
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音別海岸。「天使の階段」が放射状から少し垂直状になり、雰囲気としては階段からエレベータに変化した。キリスト者的にはこちらの方がイメージに合うような気がする。
 
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パシクル沼を通過中。昨年は車窓から、珍しくダイサギが飛来しているのを見た。ケアシノスリも1回見れた。汽車から鳥を探すのも楽しい。ちなみに夏はいつも水草を探している。
 
この列車は古瀬に停車する数少ない便だが、今日は日曜日なので乗車は無い。あまり知られていないが、実は古瀬は集落に近く、高校生がときどき利用しているのである。
 
パシクル沼方面から来ると、いきなり大都会に来たような錯覚を覚える白糠に到着。3名が乗車。いつも思うのだけれど、白糠は意外に乗降が少ない。くしろバスが便利だからかもしれない。むしろ、次の西庶路の方が常に乗降が多い感じがする。
 
西庶路で2名乗車。日曜日の朝の、のんびりとした住宅街の中を汽車は進む。次の庶路では3名が乗車。車中が完全に郊外電車のような雰囲気になってきた。
 
だが、大楽毛、新大楽毛と乗降なし。大楽毛到着直前に渡る阿寒川の河畔の樹々にトビが多数とまっているのが見えた。釧路ハイミールの工場があるからだろうか。
 
新富士で1名下車、2名乗車。ここで上り特急4004Dを待避するため3分停まる。構内では大型のトップリフターが忙しそうにコンテナを運んでいる。やはり貨物のある駅は活気があって良い。昔みたいに釧路港と線路直結したら良いのにと思う。
 
 
 
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釧路駅2番線へ到着。車両はキハ40 1754。
 
浦幌から所要約1時間50分。意外に退屈しませんので、ぜひ多くの方のご利用を。

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2017年3月 9日 (木)

上厚内駅の廃止と資料保存

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3月3日で廃止された上厚内駅。
 
廃止前後の流れなどはこちらに書き留めた。
 
 
博物館としては、廃止された駅の資料を保存したり、駅史をまとめたりという作業に入っている。文書を交わして寄贈を受けるための手続きが思いのほか難航したが、とりあえずはなんとかなりそうだ。資料の受け入れはまだ先になる。
 
それにしても、今回は全道で10駅が廃止となっている。
上厚内駅は浦幌町立博物館、五十石駅は標茶町郷土館、島ノ下駅は富良野市博物館が、それぞれ資料保存に努めている。それ以外の駅はどうなったのか?実はまだ情報を集め切れていない。自分のところの対応に精一杯で余裕が無かったためだが、非常に気になっているところである。
 
恐らく今後も続くであろう、JR北海道の駅廃止(もしくは路線そのものの廃止)に、きちんと地元の博物館が追いついていけるかどうか。鉄道資料の収集にあたって、資料の選別や手続きなど、基本的なところをマニュアル化し、情報を共有した方が良いかも知れない。
 
このペースだと、地元に博物館が無い町も当然ながら廃止対象となっていくので、広域的な資料収集が必要になる場合もあり、あらかじめ北海道博物館協会のブロック別に対象館を割り振って意識を共有しておくなども必要ではないだろうか?
 
さしあたり、一段落したら、道南などの駅資料の収集状況について確認しなくてはなあと考えている。
 
 

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2017年3月 2日 (木)

廃止前夜の上厚内駅

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「いま稲士別にも寄ってきたところです。明日は五十石へ行きます」という青年が下り最終列車2531Dに乗って出て行き、ほどなく自動車で来ていたカメラマンが去ると、廃止前夜の駅には誰も居なくなった。
 
やがて霧雨があがり、併走する国道を走る自動車が途切れると、辺りはシーンと静まりかえる。エゾシカのピッという鳴き声が山から響く。
 
上り最終2532Dを迎え、下り特急スーパーおおぞら9号の通過を見送ってから帰宅する。
 
 
明日の夜は落ち着いて駅を見られないだろうなあと今晩来てみたが、どうも明日で廃止になるという実感が湧かなくて困る。明後日も来月も駅やってそうな、ずっと木造駅舎があるような気がしてならない。
 

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2017年3月 1日 (水)

上厚内駅の廃止が迫る

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月が変わり、上厚内駅の終了まで、今日を含めてあと3日となった。
3月3日で、1926(大正15)年以来の駅としての役割を終了し、1910(明治43)年当時と同じ、信号場に戻る(当時は信号所)。
 
 
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駅の除雪や清掃の委託を請け負ってきた地元の方がいた。
その委託も2月末日で終了。
最後の清掃と聞いていたので御挨拶にうかがい、写真を撮らせてもらう。
「いいよ写真は。こんなホッカムリしていて・・・」と言われたが、今日が最後だからと言ったら、照れながらも汽車や駅舎と一緒の写真を撮らせて下さった。
長い間、おつかれさまでした。
 
 

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