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2016年12月

2016年12月28日 (水)

博物館だよりに関する課題2点

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 『浦幌町立博物館だより』の1月号が発行された。と、ひとごとのように言っているが、もちろん私自身が編集・発行している。
 
 今年の5月号から、博物館だよりの体裁を大きく変更した。従来は臨時職員さんに作ってもらっていた、いわゆる行事お知らせのチラシであった。だが、せっかくの月刊紙媒体なのだから、行事のお知らせだけではもったいないと思い、毎号、ちょっとした記事を1面に書き、裏面を行事案内とするニュースレター形式のものに変更したのであった。いまは私自身が執筆・編集を行い、印刷や発送を臨時職員さんにお願いしている。
 
 現在、広報うらほろに毎月「博物館の窓」というコラムを連載。これは昨年、浦幌町立博物館へ赴任したときから続けている。そして今年からこの『博物館だより』を発行。なんだかんだで、毎月2媒体にコラムを書いていることになる。
 
 こういうのを書き続けること自体は苦にならないのだが、問題がふたつある。
 
 ひとつはこうしたコラムがどの程度読まれているのか?また、どうやって読まれるように発信していけば良いのか、よくわからないという問題だ。
 
 現在、『博物館だより』は町内の公共施設や店舗などに置かせてもらっているほか、近隣町村の図書館、帯広市内と釧路市内の博物館・図書館および北海道博物館で毎月配付している。町内の配達は、ボランティアさんの手をお借りして実施している。が、果たしてこれでいったいどれくらいの人が手に取っているのかがよくわからないのである。労力と時間とかけて、こうした配付を続けることに意味のあることなのかどうか、数字として実感できない点が課題に思う。
 
 もうひとつは私自身の問題で、毎月のコラムに慣れてしまうと、外の媒体になかなか文章を書かなくなってしまうことだ。実際、帯広百年記念館に勤務していたときに比べると、無意識的に外媒体への投稿が減っている。これはまずいことで、自前の広報媒体だけでなく、来年はもっと積極的に外のメディアに投稿するように心がける必要がある。
 
 今年、学芸職員部会がWEBで連載していたコラムが、1冊の本にまとまり、出版された。少しずつでも書き物が溜まっていったら、やはりそれはWEBに留めず出版してカタチとして残した方が良いと思っている。「博物館の窓」や『浦幌町立博物館だより』の記事も、いつしか本にまとめられたら良いと思っているが、さあ、いつまで続けることができるでしょうか?
 
 
 

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2016年12月25日 (日)

降誕祭とけあらし

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 降誕祭12月25日の朝の釧路市千代の浦漁港。海面からけあらしが出ている。
 
 
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 今朝の釧路は冷え込んだ。浦幌では氷点下19.6度を記録したらしい。その分、空気が美しい。
 
 
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 昨晩はカトリック釧路教会で夜半ミサがあった。
 侍者を務めるも、いろいろ手順を間違えてしまい、緊張しっぱなして司祭の話もろくに覚えていない。
「私は高校生のときに初めて侍者をしましたが、最初は間違ってばかりです。当然のことですよ」と終了後に神父さんから言われ、ありがたいのとお恥ずかしいのと。
土曜ダイヤで緑ケ岡行き最終となる、くしろバス12番線は釧路駅20時発で、ちょうど間に合ったので一目散に退散した。
 
 
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そして日中のミサも終了。昨夜よりは手順の間違いは少なく済んだ。
終わってから、侍者歴の長い子供信徒に、手順をいろいろ教えてもらう。彼は私の侍者大先輩である。
 
主の御降誕おめでとうございます。
 
 

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2016年12月17日 (土)

小さなクリスマスコンサートを訪ねる

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浦幌にはキリスト教会が無い。だが、キリスト者は何名かいる。

町立病院の先生は救世軍人だし、昨年まで博物館の臨時職員だった方は帯広の栄光キリスト教会員である。

その2人が3年前から町内のグループホームで、入居者のための小さなクリスマスコンサートを開催していると言う。「持田さんも来ませんか?」と誘われたので、今日のそのコンサートを覗きに行った。

帯広小隊の4名によるラッパ隊と、町のピアノ教室の先生、町立病院の先生、元博物館員などによる合唱とハンドベル。入居者のお年寄りが疲れてしまうといけないので、わずか40分たらずの小さな小さなクリスマスコンサートであった。

だが、入居者たちが喜んでいるのは、その表情や仕草からはっきりとわかる。ハーモニカの得意な老人がいて、勧められると2曲ほどを得意げに吹いてみせたりした。まわりの入居者からも笑い声が上がり、手拍子をしたり唄を口ずさむ人もいた。

この町での、小さくも大きな信仰の実践を、初めて目にしたように思う。深い感銘と、ちょっとした衝撃を受けた40分であった。

 

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2016年12月 7日 (水)

ママレモン50年

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 「ママレモン買ってきて」と子供の頃に母に命じられた記憶が確かにある。だが、そのとき実際にママレモンを買ってきたかどうか定かではない。おそらく店頭にある食器用洗剤の中で、そのとき安売りされていた洗剤を買って帰ったのだと思う。
 
 同じような経験をした方がおられないだろうか?これはつまり「ママレモン」という商品名を、食器用洗剤の代名詞として用いている事例である。
 
 久しく忘れていたこの経験を、衝撃的な形で先月思い出した。当館の清掃を請け負っている女性がある朝、雑談のときにこう話してくれたのである。「ママレモン買ってきて、と娘に言ったら、お母さんママレモンって何?って言われたんですよ」。
 
 そう言えば、皆さんの家庭の台所にママレモンそのものはあるだろうか?かつて私の家にもママレモンは確かに存在した。いつもママレモンだったとは限らないが、ママレモンと聞けば黄色いパッケージの画像が頭に浮かぶ。
 ところが、最近の若い世代は既にママレモンを頭に浮かべることができなくなっているらしい。というのも、この清掃員の方の話を聞いたあと、その日1日、教育委員会の事務局職員から図書館の司書から図書館を訪れていた来館者まで、会う人会う人片っ端から「ママレモンって知ってます?」と聞いて回った結果、ある世代以下は確かに「ママレモン?なんですかそれ?」という回答を得たからである。
 
 これはすなわち、家庭からママレモンが消えつつあるということである。いや、既に消えている。実際の家庭の台所には、ママレモン(ライオン)に代わって、ジョイ(P&G)、キュキュット(花王)などが幅を利かせている。そもそもママレモンの発売元であるライオンからして、最近はCHARMY Magica(チャーミー)をヒット商品として押し出している。もはやママレモンは、食器用洗剤の代名詞としての存在感を失っていたのだ。
 
 これは生活文化史的に重要な現象のひとつではないだろうか。唐揚げとは異なる西洋式のスパイスと衣を付けた揚げ鶏の名称を「フライドチキン」として広めたのは、ケンタッキーチェーンであることは紛れもない事実で、ケンターキーフライドチキン(もしくは単にケンタッキー)がフライドチキンそのものを指す代名詞として、今日も広く使われている。同時期にやはりアメリカから参入してきたマクドナルド=ハンバーガーも同じだろう。
 ステープラーは、明治時代にイトーキの前身、伊藤喜が輸入した「ホッチキス自動紙綴器」から始まる「ホッチキス」または「ホチキス」なる商品名の方を用いないと、もはや言葉として通用しなくなっており、商品名代名詞の代表的存在だ。
 
 これらが商品名代名詞として不動の地位を確立しているのに対し、ママレモンのように、その後、同様の商品が多様化して地位を落としている、すなわち代名詞の座を降りつつある商品は他にも存在するはずである。コーラの代名詞であるコカ・コーラとか、乳酸菌飲料であるヤクルトとか。こうした現象は、消費型市民経済の発達による商品多様化を示す紛れもない証拠であり、博物館としては記録に値するのではないか?と思うようになった。
 
 ちなみに、調べてみるとママレモンは1966(昭和41)年に、当時のライオン歯磨株式会社(現在のライオン)から発売された。つまり今年で登場50年なのであった。
 
 登場から半世紀を経たロングセラー商品はいま、一般家庭の台所からは存在感を薄くしており、もっぱら中規模事業所の流しなどを中心に用いられている。静かに歴史を継承するママレモンに敬意を表し、今月から博物館の流しにもママレモンを配置している。
 
 

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2016年12月 4日 (日)

さらば増毛駅とストライキ支持の待降節第2主日

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 昨日は帯広駅南口のとかちプラザで、十勝自然保護協会主催のシンポジウム「十勝海岸の自然を考える:湿地・湖沼・海岸線の現状と将来」を開催した。私は第2部の総合討論で司会を担当した。予想に反して120名を超える参加者を得て、盛況のうちにシンポジウムを終えることができた。
 
 十勝海岸は、一部の天然記念物区域を除くと、自然公園などの法的な保護がかけられていない。自然海岸線や湖沼を多数含む地域だけに、さまざまな開発や変化にさらされているわりには、地元でこの海岸線の自然史的な重要性が語られる事は少ない。
 
 そこで、十勝海岸が学術的にどのような重要性を帯びているのか?この海岸について何がどの程度調べられているのか?などを広く知る場として、今回のシンポジウムを企画した。だが、私は企画しただけで、実際の運営は事務局の川内さんが、非常に丹念に準備を進めて下さったものである。深く感謝したい。
 
 さて、シンポジウムを終えて、帯広から臨時快速で釧路へ帰る。車中は、シンポジウムで十勝海岸の鳥類についての事例報告をして下さった、タンチョウ保護研究グループの百瀬さんと御一緒させていただいた。車中、タンチョウをはじめ、鳥類研究に関するさまざまなお話を聞かせていただき、とても勉強になった。ずっとしゃべり続けにさせてしまい、車中ゆっくりお休みできなかったのでは?と思うと、後から思い返してまったく冷や汗である。ありがとうございました。
 
 妻の最寄り駅は東釧路なので、釧路から花咲線の厚岸行きに乗り換える。乗客は5名ほど。平日はもっと多いが、土曜日の厚岸止まりなせいか、乗客が非常に少なく、気になる。折しも、翌日の日曜日は、留萌本線の留萌〜増毛間が最終日であり、最終列車が増毛駅を発車する様子などをテレビで見ていたが、北海道の鉄道は今後どうなっていくのか?と本当に不安になる。そもそも旅客輸送中心に鉄道を考える事自体が間違っており、やはり荷物・貨物輸送の将来性をもっと真剣に考えるべきである。
 
 私は廃止となった帯広のオイルターミナルへの鉄道での石油輸送を復活させるべきだと思う。早朝、釧路港から十勝へ向かう何台ものタンクローリーが連なる後について浦幌まで帰ることが私もあるが、あのタンクローリーを追い越そうとして無理な走行をする自動車が後を絶たず、交通事故や渋滞の原因にもなっていると思う。港湾から内陸部への物流は、もっと鉄道を活用すべきだと思う。
 
 一方、神奈川県では川崎鶴見臨港バスが、実に36年ぶりの24時間ストライキを敢行した。このバス会社、実は私が高校を卒業したときに勤務したバス会社である。よくやったと喝采を送りたい。
 
 
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    綱島駅前の臨港バス
 
 路線バスや路面電車の運転手の待遇は悪くなる一方である。正社員としての採用は抑制され、非正規雇用が非常に多くなっている一方、正社員として働く人達の給与・人員も非常に抑制される傾向にある。私はこの原因が、交通局などの公営バス事業が撤退し、指標となる運転手の待遇を見失っている事にあると考えている。
 
 しかも、最近は社会の顔色をうかがってストライキを打たず、問題点を広く訴えることができていなかった。こうしたなか、休日に限定しての24時間ストライキの実行は大きな意味がある。特に今回、賃金増額ではなく、常態化している残業を無くすために適正な規模の人員配置を行うことを要求として掲げていることもあって、SNSなどを見ても利用者から支持が得られているように思う(もちろん反対も見られるが)。これを機会に、正しい事は正しい!と主張できる労働組合と、そのための闘争方法として法律で認められているストライキの復権が、さまざまな職場で広がっていくことを期待したい。
 
 

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2016年12月 1日 (木)

シンポジウム「十勝海岸の自然を考える」

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 12月3日(土)の午後から、帯広駅南口のとかちプラザ視聴覚室にて、シンポジウム「十勝海岸の自然を考える:湿地・湖沼・海岸線の現状と将来」を開催する。十勝自然保護協会の主催。
 十勝海岸は、浦幌町から広尾町にかけての沿岸域一帯のことで、道立自然公園など全体を覆う保護がかけられていないが、かなりの割合に良好な自然海岸の残る区域である。だが、近年、砂浜へのバギー車の乗り入れをはじめ、さまざまな要因で海岸線の自然度が低下・荒廃していく危険性が感じられる。
 加えて、さまざまな開発の波にもさらされている。どうも地元では、自然の海岸=とくだん意味のないもの」というような意識が強い気がする。この海岸線の自然を守り伝えていくことに、どのような意義があるのか?そうした意識を広め、十勝海岸の将来を地元自身がもういちど考えていこう、そのために現状の十勝海岸がどうなっているのかをあらためて見つめることから考えよう、そうした目的で開催するシンポジウムである。
 
 とは言いつつ、今回私はただの司会で、具体的な中身は各界で活躍される専門家の方に委ねられる。植生、湖沼のなりたち、野鳥などの視点から現状を報告してもらい、第二部では現状と将来への課題について総合討論を行う。
 
 なにぶん私も時期的に時間的な制約が多すぎ、準備不足の状態で臨むことになるので、どのような展開になるのか予想がつかない。だが、このシンポジウムは1回で終わらすのではなく、これを出発点として、以後毎年つなげていきたいと考えている。すなわち、十勝海岸の将来を考える場を持つ出発点が今回のシンポジウムという訳だ。第2回、第3回と回を重ねて、十勝の地元の人達自身が、海岸の自然の重要性を意識できる場として育っていけたら。そうした思いがある。
 
 ぜひ多くの方にご参加いただき、御意見を賜れれば幸いである。
 
 

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