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2016年3月

2016年3月25日 (金)

浦幌駅最後の「分割」を見る

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 基本的に全車両にエンジンの着いている普通型気動車は、分割・併合が容易という事で、国鉄時代は随所でその作業が見られた。しかし、現在は区間運転の運用が減少し、見られる箇所も少なくなってきた。
 浦幌駅では毎日11時12分に到着する釧路行き2525Dを分割し、折り返し滝川行き2528Dとなる車両の切り離しを実施していたが、この度のダイヤ改正で日中の浦幌折り返し運用が廃止となるのに伴い、この分割作業も3月25日が最後となった。
 駅員さんの了解を得て、最後の分割作業を見守った。
 
 
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 11時12分、定刻に3両編成の2525Dが入線。そもそも、この区間で普通列車が3両編成というのも珍しい(2両編成は他にもある)。
 
 
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 到着後、ただちに分割の作業に入る。最後尾の気動車のみ切り離す。連結器の間に鉄道員が2〜3人入っての作業。
 
 
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 指差し確認。
 
 
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 最後尾の滝川行きとなる車両が小移動し、連結器が外れる。危険なので、この作業の間、2548D側は客扱いをしない。改札もこの作業が終わるまでは釧路行きのみ。
 
 
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 ジャンパ線などの処理を行い、ブレーキテストその他、確認が行われる。
 
 
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 ここでも指差し確認。
 
 
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 3両編成なので、1両で動いている他の列車とは異なる位置に列車の先頭が来る。やはり駅と列車は3両くらいあると、駅と列車という雰囲気が出るなと思う。
 
 
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 分割の終了した編成。手前が切り離され、折り返し滝川行き2548Dとなるキハ401759。側面のサボは、青いラインの入った「青サボ」で、札幌圏で見られるタイプのもの。このサボが浦幌へ入ってくる運用が、今回の改正で減少する。
 
 
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 このまま釧路へ向かう前2両(キハ401775+キハ40777)。側面の「釧路」と書かれたサボは、釧路支社の「白サボ」。浦幌で通常見られるタイプ。
 
 
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 11時21分、前2両の釧路行き2525Dが発車していく。手前に残っているのが滝川行き2548D。
 
 
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 11時25分、1両で残っていた滝川行き2528Dが池田方面へ発車して行く。運転士と駅員氏が手を挙げて挨拶を交わしている。午後から帯広百年記念館へ行く時によく利用していた便だったが、この日で廃止となる。
 
 
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 浦幌駅改札の表示。今回の改正まで、この列車の到着時は、釧路行き、滝川行き、双方の札が下がっていた。
 
 
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 浦幌駅は「キタカって何?」と言わんばかりの完全手動出改札で、改札を始める時になって「ただいまの改札」をいう札が出る。国鉄時代から続いているもの。
 先述のとおり、分割作業時に車両の移動があるので、まずは釧路行きから改札を始め、切り離し作業終了後に滝川行きの改札を始める。
 
 
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 待合室の様子。慣れたもので、滝川行きに乗る人はまだ来ておらず、発車直前になってやって来る。
 
 こうした日常の駅の光景は、かつて帯広百年記念館所蔵の荘田喜與志氏のコレクションによく含まれており、今の時代の光景は私たちが撮って残しておかなければなあと思っていた。今回のダイヤ改正を機に、少しずつこうした光景も変化していく。
 
 

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2016年3月21日 (月)

花咲駅へ行く

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 あと4日で廃止となる根室本線(花咲線)の花咲駅へ行ってきた。
 
 
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 駅舎の中では、地元の方が写真展を開催していた。ちょうど居合わせた方から、作りたての来駅証明書を頂いたり、写真についての解説をして頂いたりした。
 
 
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 花咲駅の周辺集落は駅から遠く、付近を通る路線バスが毎時1本の頻度で走行しており、この駅の消滅じたいは地域に大きな影響は無いのかも知れない。かつては花咲ガニの出荷拠点として、発送荷物で賑わったという写真があった。いま、その役割も消えて、駅は静かに歴史を終えようとしている。
 
 ただ、北海道新幹線をつくるのは良いのだけれども、だから代わりに何かを無くすというのもなあという疑問を私は捨てきれない。そうした疑問を多くの人達が抱えたまま、急行はまなすも消え、江差線が第三セクターに分離されると共に、いくつかの駅が北海道から消えていく。
 
 
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2016年3月17日 (木)

ひな人形に戸惑い、そして大いに学ぶ

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 北海道開拓の村では、まだ雛人形を飾っている(年中行事 桃の節句 ひなまつり 21日まで開催)。今年、自分で雛人形展を担当しなければならなくなり、いろいろと悩む事があったので、勉強のために見学に行った。
 
 
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 雛人形について悩んでいた点は、細かくはいろいろあるが、最も問題意識を持っていたのは以下の2種類の人形の並び順についてである。
 
(1)三人官女は1人だけ眉毛が描かれていない人形がある。通説では、この官女は位が高く、位置としては真ん中に置く。三体のうち、両側と中央で姿勢が異なる(両側の官女が立位ならば中央は座位といった感じ)。だが、眉毛の有無と姿勢のバランスが一致しない人形がある → 両側の人形と中央の人形で、姿勢中心に揃えると、眉毛の無い官女が両側のどちらかに位置してしまうという矛盾
 
(2)仕丁(五人囃子よりもさらに下の段に位置する三人の男性の人形)の表情は、泣き、怒り、笑いの三種に分けられる。持ち物もそれぞれ決まっている。通常はそのうちの1体が年長者である。通説では、向かって左側から、泣き、怒り、笑いの順に配列され、持ち物はそれぞれ台笠(熊手)、沓台(塵とり)、立笠(箒)である。また、通常は立笠を持つ笑いの表情の人形は年長者(爺さん)である。
 
 今年、浦幌では上記の通説にしたがって、配列を決めた。昨年までは上記の並びでは無かった人形もあったが、今年は並びにあたって直し、キャプションにも並べ方として上記の説明をした。
 
 
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 さて、北海道開拓の村で展示されている仕丁である。今回、開拓の村の雛人形は、大半がこの並びであった。さきほどの通説とは、表情と年齢を基準に考えると、並びが正反対となっている。
 だが、持ち物を基準に置くと通説と一致する。しかも、注目は人形の足の崩し方で、こうした場合、立て膝もしくは前に投げ出している方の足が外側に来るように配列すべし、という説があり、この姿勢から考えても順当である。
 
 
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 開拓の村には多くの雛人形が、村内のさまざまな建物に分散して展示されており、これらを巡って歩く事ができる。これは展示の仕方として楽しい。浦幌とは規模が異なるが、分散展示そのものは、巡って楽しむという点から良い方法だと思う。
 
 同館の細川学芸員に話を聞くと、並べ方の通説は確かにいろいろあるのだが、実際の人形は必ずしもその通りになっていないケースが結構あるとのこと。むしろ、開拓の村ではこれらの雛人形が村へ来る以前、つまり寄贈者の家庭でどのように飾られていたかを写真で記録しているので、その写真に基づいて並べているとの事であった。
 
 うーん、なるほど。これは確かに言われてみればそうだと思った。
 生活資料、すなわち民具は、玩具であれ道具であれ、モノとしての実体と共に「どのように使われていたのか?」が重要な資料情報である。宮中や武家や由緒正しい豪商などならともかく、庶民の家庭が学説的な並べ方に必ずしも従っていたとは限らない。むしろ、通説は通説としてあるが、一般家庭ではあんまり気にせず並べていた、もしくは家庭で購入するような雛人形は、もともと通説どおりに作られていたとは限らなかった、という実態を把握し、展示に反映する事こそが、我々博物館の役割かもしれない。
 
 このあと、小樽市総合博物館でも話を聞いた。やはり通説どおりとならない人形が多いと言う。もちろん、その原因は製造者にあるとは限らない。私にも経験があるが、子供の頃、飾ってある人形の首を取り外して、他の人形とすげ替えたりする遊びをした事がある。そうした結果が反映されて、衣装や持ち物と顔の表情が異なった状態で保存されているケースも、玩具である以上は当然考えられるだろう。小樽の石川さんの話では、かつて人形の首だけ、パーツとして売られていたそうだ。
 
 つまり、今年の浦幌での展示は、あまりにも通説にこだわり、ガチガチに「これが正しい並び方です!」的なやり方をしてしまったのである。ここは猛烈に反省する必要があるだろう。
 
 来年度の展示、そして民具や民俗の展示に心得ておかねばならない事を学んだ気がして、札幌・小樽へ出てきたかいがあったなあと思った次第であった。
 
 

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2016年3月 3日 (木)

北海道自然史研究会の2015年度大会へ行く

2015s

 北海道自然史研究会は、年に1回、道内で大会という名の研究発表会・総会を開催する。自然史と言っても幅が広く、地質学、古生物学、動物学、昆虫学、植物学、魚類学、標本史、自然史博物館、環境教育その他いろいろな切り口から「自然史研究」が取り組まれている。そうした北海道の他分野の方々が一堂に集まって話をする機会は実はそんなに多くない。
 もともとは自然史系の学芸員が中心となって発足した会だが、現在では学芸員だけではなく、研究者、学生、企業、市民など、さまざまな立場の方が会員として参加し、日頃はメーリングリストを使った情報交換、たまに記事の執筆など出版、年に1回の大会や巡検を開催している。
 
 
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 今年は去る2月28日に、リニューアル・オープンしたばかりの北海道博物館講堂を会場に使わせて頂いた。
 
 
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 開会挨拶に立つ古沢仁会長(札幌市博物館活動センター学芸員)。今日の総会をもって会長の任を退かれ、新会長は大原昌宏氏(北海道大学総合博物館教授)へ引き継がれた。
 
 
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 会場館として挨拶・説明に立つ水島未記氏(北海道博物館学芸員:右端)。北海道博物館は、リニューアル・オープン後もなかなか忙しさが抜けず、堀繁久学芸員(左端)と共に、非常に御多忙な中を準備・運営いただいた。真ん中で機材を準備するのは事務局のさっぽろ自然調査館の渡辺修氏(中左)と渡辺展之氏(中右)。この会も事務局が調査館になってから活発になり、その献身的な取り組みのおかげで、さまざまな事業も行っている。堀さんの右は司会を務める山崎真実氏(札幌市博物館活動センター学芸員)。
 
 
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 今回は分野もメンバーも多彩で、非常に面白い大会となった。参加メンバーの裾野が少しずつ広がっている感じも受けるし、良い事だと思う。
 
 
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 このほか、国立科学博物館から細矢研究員、海老原研究員がはるばる来られ、サイエンス・ミュージアムネット(S-Net)に関する説明会も開催された。
 サイエンス・ミュージアムネットの説明会では、帯広百年記念館の登録標本数が大きくクローズアップされた。感無量だが、海老原さんによって分析結果が公表されてみると、いろいろと問題点も明らかになった。やはり同定の精度と、緯度経度座標の問題である。
 ただ、海老原さんの分析の内容が非常に面白く、この分析結果を逆に利用して、S-Netの現状と課題などについてあらためてまとめる必要があると実感。さっそく今年中に取り組みたい。また、帯広百年記念館の標本整理も今年で一気に区切りを付け、新しい展開へ向けて再スタートをしてしたいところだ。
 
 
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 会の総会も開催。決算予算、事業報告、役員交代や来年度の開催地などについて報告や承認が行われた。説明に立つ渡辺修事務局長(さっぽろ自然調査館)。副会長の大原昌宏教授が会長に就任した事に伴い、副会長には理事だった堀繁久学芸員が新たに就任した。
 新体制での北海道自然史研究会は、来年もこの時期、札幌市を開催地として大会を実施する予定。来年の大会に向けて、北海道の自然史研究を盛り上げていきましょう。
 
 

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