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2015年12月

2015年12月28日 (月)

外収蔵庫が不完全だと困るのだ

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 25日に帯広市図書館から「アイカケ」という農具がよくわからない、文献にもなかなか出てこない名前なのだが、という問い合わせが来た。たまたま今年農具展をやった時に、外収蔵庫の片隅に「アイカケ」とメモの貼られた農具を見た記憶があったので、それなら写真を送ると回答したものの、さて3つある外収蔵庫のどこにあったか?よく覚えていない。そもそも今は冬で、入口に積まれた氷を割り雪をはねないと扉が開かない。
 
 
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 平日は作業する時間がとれなかったので週末へ持ち越し、とりあえず土曜日のうちに外収蔵庫入口の氷割りと雪ハネを実施。翌日は冷え込んだ日曜日にも関わらず元館長と元博物館職員を叩き起こして、火の気の無い外収蔵庫(元教員住宅)を捜索。いろいろなものをどけながら、やっとの事で表に運び出し、とりあえずの写真を撮影。なんとか年内に回答する事ができた(帯広市図書館は27日で年内最終日)。
 
 
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 このように、収蔵庫がきちんと整備されておらず、とりあえず借りている納屋にしまっているという不完全な状態だと本当に冬は困る。通年で電気と除雪が入っている、きちんと生きた建物でないと困るのだ。収蔵庫を単なる倉庫だと思っている管理者に再考を促したい。
 それにしても寒い中、元博物館員のお2人本当に助かりました。
 
 ちなみに「アイカケ」とはカルチベータの一種で、浦幌の農家の人達は農具そのものの名称として用いる方が多いようだが、帯広百年記念館の池田学芸員の調べによると、「あいかける」と動詞(形容動詞?)として用いる言い方も道内にはあるらしい。カルチベータの小型で初期の形態のものを指す場合が多く、「カルチベータのことだよ」という人もいて、違いがよくわからないが、道具の正式な名称としては「中耕除草機」という事になるのだろうと思う。
 農具の地域における名称の使われ方の一例として、引き続き詳しく調べてみたいと思う。
 

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2015年12月15日 (火)

豊文堂とラルゴとフリーペーパーGili

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釧路には豊文堂という古書店がある。
釧路駅裏に本店、北大通りに支店があり、さらに北大通り店には二階にラルゴという喫茶店もある。釧路市立博物館の学芸員はここの常連で、お店の正面には博物館のポスターも貼り出されている。古書店と博物館、何か通じるものを感じるのは私だけではないだろう。
カトリック釧路教会の神父さんがラルゴで写真展を開催中だというので、月曜日に昼食がてら観に行く。
 
 
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と、ラルゴで配られているフリーペーパーGiliが目に留まる。
これが実に面白い。今回はうどんの特集。文から絵から1人で書いているそうだ。編集兼発行人の高橋さんがどのような方なのか、非常に気になるところ。
ちなみに誌名のGiliは「ジリ」で、釧路特有の、霧と霧雨が混じったような「海霧」のこと。
 
 
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こういう小さな雑誌が好きで、あるとつい手に取ってしまうのだが、Giliはなかなか質が高いと思う。文章も絵の感じも温かい良い雰囲気だし、フリーペーパーらしい軽さもある。いわゆる広告ペーパーではなく、読ませる記事で埋まっているのも良い。
 
 
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ラルゴにも豊文堂にも、こうしたフリーペーパーやコンサートやサークルの案内や、もちろん釧路市立博物館のお知らせなんてのも貼ってある。神父さんのように、ここで小さな写真展を開く方もいる。
お店の中全体に、地域の文化の香りが詰まっている感じ。古書店、喫茶店があると、町の文化とそれに関わる人が集まってくるものだ。この日も、妻の知人の研究者や音楽家が店に来ていた。やっぱり古書店のある町は良いなと思う。
 
 
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今日は買わないぞと思いつつ、結局、古書も2冊買ってしまった。森まゆみさんの『路地の匂い 町の音』は、出版当初に目にしており、いつか買おうと思いつつ機会を逃していたものだった。富田仁さんの『西洋料理がやってきた』も、存在は知っていたのだが既に絶版で、これも入手の機会を逃していたもの。
古書店は、フラリと訪れる度に偶然の本との出会いがあり、それだけでも楽しいものだと思う。
 
 

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2015年12月11日 (金)

完全アナログな資料登録

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 浦幌町立博物館の資料登録は、基本的にアナログである。受入、分類、登録の過程が全部手作業、手書き。この作業にけっこう時間を食うのだが、帯広での経験から、資料原簿自体はしばらくこのままアナログでいく事にした。
ただ、受入台帳くらいは電子化した方が良いかもしれない。このあたりは古くて新しい課題というか、なかなか踏ん切りがつかない。
 これは受入台帳。ここで付ける受入番号が、当館では事実上の収蔵番号になる。
 
 
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 資料記録簿、通称大カードと呼ばれる、いわゆる資料原簿である。資料情報を記録する中核となる原簿で、とても重要なもの。
 これは生活、産業、文書、生物なと資料種別ごとに様式が異なり、その種別は分類番号と連動している。つまり分類ができないと原簿を作れない。この分類が難しい。
 
 
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 資料にくくりつけられたラベル。通称小カード。これまでずっとこの方式でラベルが付せられていた。
 
 
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 だが小カードは落ちやすく、また展示でも目立つので、今年から衣類など以外は原則としてポスターカラーで収蔵番号を直接記入することにした。
 この方法の欠点は、分類番号が無いので、収蔵時に元の場所がわからなくなってしまう恐れがある点である。
 まだまだいろいろと改良すべき点のある、浦幌町立博物館の資料登録作業であった。
 
 

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2015年12月10日 (木)

マツブの貝殻22個

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 町内の水産加工会社を経営しておられた方が、永年、大きめのマツブの貝を集めていた。この秋に亡くなられ、製品用の木箱と共に博物館へ寄贈して頂いた。
 
 マツブは生物名としてはエゾボラNeptunea polycostata Scarlato, 1952 と言い、北海道沿岸でよく捕れる。浦幌町の厚内でも昔から捕られていたそうだ。
 
 採集地は間違い無く厚内だが、採集年は多年にわたり、詳細不明だ。生物標本としては扱えないが、当館には水産関係資料の展示が無かった事から、今後、他の水産関係資料と共に展示で活用したいし、教材用などにも活用していきたい。
 
 
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 ちなみに頂いた木箱の製造元は白糠町の会社。現在は他の会社に統合され、木箱ではなく発泡スチロールの箱などを製造しているらしい。木箱も産業の歴史を示す大事な資料のひとつ。故人の記憶と共に、博物館で後世へ継承していこう。
 
 

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2015年12月 8日 (火)

マッチを各地へ分配する

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 帯広市内の方からマッチをたくさん寄贈いただいた。いわゆるデザインマッチではなく、お店の名前が入った広告用のマッチである。マッチラベルは芸術的側面から明治期に既にコレクターがいたが、広告用マッチは地域の商業の記録としての側面があるので、当館でも資料として収集している。
 が・・・
 
 
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 今回、浦幌町内の資料はこの1点のみ。あとは十勝管内の他の市町村および道内の各都市のものだった。そこで、それぞれの地域の博物館に電話で問い合わせ、マッチを地域資料として引き受けるかを打診した。
 
 
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 富良野市博物館行き。
 
 
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 八雲町郷土資料館行き。
 
 
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 士別市立博物館行き。
 
 
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 まだ打診はこれからだが、たぶん釧路市立博物館行き。
 
 
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 名前が「やちぼうず」で面白いから当館で、と思ったが、やはり帯広百年記念館行きか。
 
 
 と、まあ、こうして次々と各地域博物館へ発送の準備を進める中、実はどうしても残ってしまう地方がある。それが札幌なのである。
 
 札幌市には歴史民俗系の博物館が無い。いや、正確には北海道博物館や区の郷土資料館が札幌市内に存在しているが、札幌市の細かな地域資料を日常的・積極的に収集している博物館は、いまのところ事実上無いのである。実は以前に銭湯関係資料の引き受け先を検討した際にも同様の事があったので、ああやっぱりなと思ったのだが・・・。こう考えると札幌市って意外な面で遅れていると言わざるを得ない。
 
 引き取り先の無い地方のマッチについては、当面、当館でお預かりしておこうと思うが、やはり活用を考えるといつかは札幌市内で収蔵できる場所を探したい。
 
 

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2015年12月 6日 (日)

「ほんべつ鉄道物語」展が本別歴民で開催中

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 本別町歴史民俗資料館で「ほんべつ鉄道物語:ふるさとをのせて」展が開催されている。本別は網走本線→池北線→北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線という変遷の歴史を持ち、鉄道が消えてから10年が経とうとしているのだが、いまなお本別駅や本別川鉄橋などに鉄道の痕跡が色濃く残り、しかも町としてきちんと文化財としての活用を推進しているので立派だなと思う。
 
 
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 展示は、銀河線全駅の紹介に始まり、切符や帳票類、駅名票やサボなどの鉄道備品、工具や制服など、車両以外の鉄道に関わるひととおりの資料が展示されている。町と鉄道との関わりに着目した年表も展示され、勇足駅での北糖貨物扱いの廃止問題など地域の重要な鉄道事象も盛り込まれていて興味深い。
 
 
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 展示品には、1.鉄道史の側面から 2.近代化産業遺産の側面から 3.町史の側面から それぞれ重要な資料が含まれているように思う。鉄道史の側面から「あー、これは・・・」と思ったもののひとつが、このホーム灯。よくこんなものが保存されていたなあと思う。
 
 
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 同じく信号灯。詳しくは今後調べないといけないが、形状など細部形態から見て、かなり古いもので、全道的に見ても現存数はかなり少ないのではないだろうか?貴重な資料で、今後細かく資料調査をさせてもらいたいと考えている。
 
 
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 歴史民俗資料館のボランティアさんに、元国鉄保線区の方が居られるのだそうで、工具類の展示が充実している。資料点数もさることながら、キャプションの充実が目を見張る。工具展示の場合、実は資料名がよくわからなくて、キャプション無しで展示されているケースも多いのだが、ここはひとつひとつにきちんと名前が付けられていた。
 
 
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 本別町は町長さんも元国鉄職員なのだそうで、鉄道資料の保存にも町として熱心に取り組まれた部分があるようだ。
 通票閉塞の閉塞器も、とても保存状態が良く、上りと下りが並んで展示されている。鐘型電鈴とうず型電鈴の二種。
 
 閉塞器自体は各地で保存されていて、特段珍しいものではない。だが、今回、私が思わず「あっ!」と声を上げてしまった貴重な部分があった。
 
 
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 それがこれ。閉塞器の中身(通票)の取り出し口のカギに貼られた封緘紙である。
 少なくとも私がこれまで見てきた保存されている閉塞器では、ここに封緘紙が貼られたものは無かったと思う。
 
 これ、ただの紙ではない。「閉塞器用封紙」という、この器具専用の封緘紙なのだ。それだけ、鉄道の運行保安上、この装置が重要な位置を占めていたという事だろう。
 
 通票閉塞は、システムとしてはアナログで原始的なものだ。だからこそ、この方法で安全を確保するためには、全国あまたある閉塞区間の両側で無数の国鉄職員が、毎日毎日基本動作の励行を保つ必要があった。そして現実に、そうした基本動作の繰り返しが、日本の鉄道の定時運行と安全第一を守ってきたのだ。
 
 閉塞器にわざわざ専用の封緘紙を作って、作業の度にそれを貼って施封者印を押す。そんな面倒くさい手作業の繰り返しこそが、鉄路を守るという最も大事な使命の土台だった。そんな歴史を証する、とても目立たない地味な、しかし重要な鉄道史資料ではないかと思う。今後もこの状態で保存がされ続ける事を祈る。

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2015年12月 4日 (金)

「粗線袋」ってなに?

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 昨日のブログの資料たちとは別の方から受け入れた生活資料。バターの木箱、手押しの橇はわかるが、あとの2つが実はよくわからない。

 「常室・宮部」と書かれたこの行灯は、同じ形のものが既に収蔵されている。いわゆる「掛行灯」の一種かと思う。ただ、行灯と言っても油を敷くタイプではなく蠟燭を立てるタイプらしい。

 

 さて、これは玄関に掲げて使ったものだろうか?というのも、私の微かな記憶では、郵便馬車の前に「〒」と朱書きされた同じタイプの行灯が付いた絵を見た事があり、ひょっとして馬車用かとも思っているのである。だが判然としない。

これは馬車用?手持ち用?玄関用?そもそも灯具としての正式名称はなんなんだろう?

 

 

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 もうひとつは「粗線袋」と書かれたもの。まあ、粗目の袋なのだが、そもそも「粗線袋」というのが何なのか、浅学にしてわかりません。そもそも「粗線」って解剖学の骨の用語にあった気がするが、全く関係ないと思う。「粗線」という鉄道路線て事もさすがに無いだろう。

 いったい「粗線袋」ってなに?情報をお持ちの方、同じものうちにもあるよという博物館はお知らせ下さい。

 

 

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 雪印メグミルクの前身である「北海道酪農協同株式会社」通称「北酪社」のバター用木箱。

 国策会社であった「北海道興農公社」を戦後の昭和22年に改称したものだが、それも束の間、連合国軍による「過度集中排除法」の指定を受け、昭和25年には「北海道バター株式会社」と「雪印乳業」へと分割されてしまう。
 短命に終わった「北酪社」時代の貴重な木箱と言える。

 

 

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 手押しの橇も寄贈いただいた。

 

 


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2015年12月 2日 (水)

生活資料受け入れと番号記入

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 今日、町の方から生活資料4点の寄贈を受けた。なかでもピカイチはこの卓袱台(ちゃぶだい)。円台とか円卓と呼ばれることもある。ポピュラーな博物館資料と思われるかも知れないが、当館にはこれまで所蔵が無かったのだ。嬉しい。
 
 
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 この扇風機も当館に所蔵が無かったタイプ。東芝の扇風機で4枚羽根。電源を入れるとちゃんと動く。大きな銘板が付いており、型番から製造年や普及度合いを調べるのが課題。
 
 
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 分銅付きの棒秤やバネ秤は既に同じタイプの所蔵があったが、使用歴がはっきりしているので受け入れる事にした。
 
 今回、いつものような小カードを資料にたこ糸で結びつける方法ではなく、ポスターカラーで直接資料に番号を書く、という方法を採用した。浦幌町立博物館ではこれまで、資料番号、分類番号、寄贈者、使用地などを記した「小カード」を結びつけていたのだが、これが結構、収蔵中や活用時に資料から外れてしまっていて、けっこう問題ありだったためである。
 
 帯広百年記念館では、この資料番号書きには専門のボランティア「Sさん」が居られ、いつもお願いしていた。自分で番号を書き込むのは、ものすごく久しぶりである。緊張して最初のものは数字がやたらでかくなってしまった・・・反省だ。
 
 

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