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2015年8月22日 (土)

高校時代の生物部の顧問の先生

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 少し前の話になるが、8月13日、ものすごく懐かしい、そして大切なお客様がみえた。母校、神奈川県立新羽高等学校で生物部の顧問であった小島草平先生が、札幌で開催された会議の後、わざわざ浦幌へ立ち寄って下さったのである。お会いするのは、まさしく1991年3月卒業以来なので、24年ぶりとなるのか。あの頃はまだロシアもソ連だった。
 
 先生は生物の授業をされていたのだが、なんと私は当時、授業の生物は嫌いで、理科I以来、生物を選択していなかった(化学と倫理というメチャクチャな選択の仕方をしていた)。メンデルの法則とか減数分裂とかが、どうも面白くなかったのである(今は大事だともちろん理解している・・・つもり)。
 
 ところが、生物の観察は大好きで、生物部に掛け持ち入部させて頂いて以来、ほぼ毎日(文字通り可能な限り日曜日や夏休みも)生物室通いを続けていた。机を使わせて頂いたり、顕微鏡など施設も自由に使わせて頂いたりと、生物準備室を勝手気ままに使いまくっていたのが、紛れもなく私が生物の学芸員を志す原点である。
 
 先生は私が大学へ進学せずに高校を出て就職する事をとても残念がっていて、いつか学ぶ気が起きたらぜひ大学へ行くこと、生命科学よりも生き物そのものに興味があるのならば、理学部ではなく農学部が良い事などをアドバイス頂いていた。「そんな気が起きるはずがない」と思っていたのが、2年後に本当に農学部(酪農学部だったが)へ進学する事になり、さらには大学院まで行って、結局生物相手の研究をする仕事をする事になる。
 
 考えてみれば、私は先生のもとで生物部員をしていた頃と、やっている事が全く変わっていない。あの頃は植物プランクトンが好きで、ひたすら毎日水をすくっては生物顕微鏡を覗いていたが、今は植物採集をしては双眼実体顕微鏡をのぞいている。顕微鏡の種類と扱う植物の大きさがでかくなった違いはあるが、24年前と毎日やっている事はおんなじである。
 
 変わっていないと言えば、先生はいつまでも先生なんだな、という感じもそのままであった。24年の歳月を経て、浦幌の小さな飲み屋で酒を酌み交わし、たまたま居合わせた前館長や知り合いの町の人も交えて談笑する時でも、やはり先生を前にすると24年前と同じ緊張感がある。だが、それが良いのだと思う。
 
 残念ながら翌日の汽車のダイヤの関係で妻のいる釧路市立博物館へ立ち寄って頂く事はできなかったが、むしろ次の機会を頂いた気がする(先生は帯広から普通列車で浦幌入りされ、翌日また普通列車で釧路へ出られて飛行機で東京へ戻られた。転居案内ハガキにぜひ浦幌へは鉄道で、と書いたが、本当に実践されたのは先生が初めてである)。
 今は東京の盲学校の副校長先生をなさっている小島先生。いつまでもお元気で。またお会い出来る日を楽しみにしております。
 
 

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