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2015年8月

2015年8月31日 (月)

音別で林業講座

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  8月31日は、釧路市立博物館主催による「林業講座」へ参加。
 この講座、舞台となる場所は釧路市音別町尺別にある「かたばみ興業」さんの森。つまり、浦幌の隣町である。日頃あまり意識される事は無いが、旧白糠郡音別町は現在釧路市音別町となっており、実は浦幌と釧路は隣町同士なのである。
 という訳で、音別の林業現場が見られるのならば、ぜひ一度参加したいと思っていた。今回の講座の主担当は釧路市立博物館の石川学芸員(産業担当)と妻(植物担当)であり、私も何かお手伝いできる事があれば、という事で、半分スタッフ的な形で参加させて頂いた。
 写真は開催の挨拶をする、かたばみ興業尺別営業所の杉山所長(右端の男性)と、スタッフの皆さん。この地で林業に関わる、たくさんの会社や官庁の方によって林業講座は支えられているという事に、まず驚く。
 
 
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 最初は植林体験。苗木の移植方法について、レクチャーを受ける。
今回の苗木はクリーンラーチ。すなわち、北海道立林業試験場が開発したグイマツとカラマツを掛け合わせた品種で、二酸化炭素の固定能力が非常に高い品種だそうだ。
 ちなみにグイマツ、恥ずかしながら私はまだカラマツとの識別ができない。
 
 
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 あらかじめ指定された場所へ植林。もう、この講座は何年も続けられていて、かつての参加者が植えた苗が活着しており、毎年参加する事でその変化を感じる事もできる。
 もっとも、この講座の主眼は植林体験ではなく、「50年先を目標に木を育てる」という林業という産業の実際を、目と手で体験する事にあると言う。
 
 
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 では、重視されている体験は何かと言うと、こちら「枝打ち」。「トドマツの枝打ち体験記念」という、いかにも手作りな看板と共に説明に立つのは、釧路市立博物館の産業担当である石川孝織学芸員。炭鉱史の専門というイメージがあるが、「産業」の担当として、林業という、非常に長いスパンで将来を見据えて「木を育てる」産業の実際を多くの人に知ってもらいたいと企画しているものだそうだ。
 この区画の反対側には、まだ枝打ちがされていない林がある。代代の講座参加者によって枝打ちがされている林と、枝打ちをしていない林を比べて見る事ができる。
 
 
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 そして参加者は実際にヘルメットを被り、ノコを片手に林の中へ。プロの林業技術者のレクチャーを受けながら、「枝打ち」を体験する。単に枝打ちと言っても、下手な切り方をすると、樹皮を傷つけたり、節が抜けてしまったりと、のちのち製品にした時に質が低下してしまうのだそうである。
 したがって、参加者はレクチャーを受けながら真剣に下枝を落としていく。また、プロの人達によるチェーンソーによる伐採なども見学。真剣で鮮やかな仕事ぶりに感銘を受ける。
 
 
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 こちらは炎天下での下草刈りの様子を見学。下草刈りの必要性、方法、苦労などについて、所長から丁寧な説明がある。
 また、この場所ではエゾシカ対策ネットについても説明があった。その導入までの経緯、費用、管理の苦労など、現場の話に皆、真剣に耳を傾ける。
 
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 これは野ネズミに根元を囓られたカラマツ。林業にとってネズミの害がいかに深刻な影響を及ぼすのか、現在はネズミ対策としてどのような方法をとっているのかなどについても解説がある。
 
 
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 数十年に及ぶさまざまな苦労を経て成熟したカラマツの「登録林分」を見学。この林分で育ったカラマツは、特に「地産地材」すなわち、釧路の材木を使い釧路の業者さんによって建築される建物などに用いられるのだと言う。
 
 
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 この登録林分がとにかく美しい。
人工林の美しさというものは、確かにあるんだなあと実感した。
 
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その他にも各種体験や見学が。
これは道具を使って、木の高さを測る体験。
 
 
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 林道を歩きながら、さまざまな木の種類と、材としての利用についての解説を聞く見学。私達が日頃行なう、自然誌的な森林観察とはまた異なる面白さがある。
 写真はホオノキを観察しているところ。
 
 
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 単なる植林体験や見学に終わらず、「50年間同じ作業を繰り返す」仕事である林業という産業と向き合う講座。
 見学や体験が終わると、車座座談会と言って、林業関係者と参加者を10人くらいのグループに分けて、意見交換などをする場もあり、現場の苦労や参加者の思いなどを率直に交わす事ができて、これも意義深かった。
 
 林業講座、なかなか奥深い。隣町、音別で林業を営む人達と直にふれあい、またその現場を見せてもらえた事は、私にとって大きな経験になった。
 浦幌にも施業している林業会社があるので、同様の講座をやってみたいと思うが、逆に隣町である点を活かして、むしろ今後は浦幌からも参加者を募って、かたばみ興業さんの森を見に行くというのも良いかもしれない。代わりに浦幌では、他の産業の見学行事を企画して、お互いの町の参加者が往き来できるようになれば面白い。
 終わった後もいろいろと考える事ができ、意義深い1日だった。
 
 なお、この行事の参加者輸送バスは釧路市立博物館発、釧路市立博物館着だが、音別からの参加者の便をはかり、途中での乗降も可能だった。私は翌日から北海道教育大学旭川校での集中講義指導が入っているため、今夜中に旭川へ移動する必要があり、白糠駅入り口でバスを降りた。
 
 白糠から特急で新得へ。新得から快速狩勝で旭川へ移動。
 
 

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2015年8月26日 (水)

入間市博物館へ出張

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 なぜか私は今年、アイヌ文化振興・研究推進機構(アイヌ文化財団)の主催する通称「アイヌ工芸展」の企画委員に任ぜられている。なぜか、と言うのも変だが、アイヌ文化における植物利用という観点から、開催される企画展の一部分について分担しているものなのだが、全く門外漢の私は本当に一部分しかお手伝いできておらず、いつも申し訳ないなあと思っている。
 
 その申し訳ない事の最大のところが展示の設営で、お役に立てる事は本当に少ないのだが、今回、開催地となる埼玉県の入間市博物館へ作業の為の出張に出た。
 
 
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 入間市博物館は初めての訪問。なので本来ならば作業の合間に展示室とか収蔵庫とか見せて頂きたかったのだが、前後の会議などの日程の関係でわずか1日しか作業に関わる事ができず、そしてその作業日は休館日であった・・・。
 
 まあ、本務はあくまでも展示設営なので良いのだが、これまでも大体、標本調査で訪れる博物館の多くが収蔵庫しか入っていなくて展示を見ていない。入間市博物館も「行った事ある!展示みてないけど(ある意味で展示「室」は見たけど)」という博物館の仲間入りをしてしまった。
 
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 大がかりな展示は、いろいろと勉強になる事も多く、作業に加えさせて頂くのはとても嬉しいし光栄な事である。いまは非常に小さな町の博物館へ来てしまったので、外へ出かける事がこれまでよりも難しいが、今後もお手伝いできる事があれば出来る限り出かけて行って、得られた知見、技術、人のつながりの成果を、浦幌へ還元する事ができればと考えている。
 
 

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2015年8月22日 (土)

高校時代の生物部の顧問の先生

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 少し前の話になるが、8月13日、ものすごく懐かしい、そして大切なお客様がみえた。母校、神奈川県立新羽高等学校で生物部の顧問であった小島草平先生が、札幌で開催された会議の後、わざわざ浦幌へ立ち寄って下さったのである。お会いするのは、まさしく1991年3月卒業以来なので、24年ぶりとなるのか。あの頃はまだロシアもソ連だった。
 
 先生は生物の授業をされていたのだが、なんと私は当時、授業の生物は嫌いで、理科I以来、生物を選択していなかった(化学と倫理というメチャクチャな選択の仕方をしていた)。メンデルの法則とか減数分裂とかが、どうも面白くなかったのである(今は大事だともちろん理解している・・・つもり)。
 
 ところが、生物の観察は大好きで、生物部に掛け持ち入部させて頂いて以来、ほぼ毎日(文字通り可能な限り日曜日や夏休みも)生物室通いを続けていた。机を使わせて頂いたり、顕微鏡など施設も自由に使わせて頂いたりと、生物準備室を勝手気ままに使いまくっていたのが、紛れもなく私が生物の学芸員を志す原点である。
 
 先生は私が大学へ進学せずに高校を出て就職する事をとても残念がっていて、いつか学ぶ気が起きたらぜひ大学へ行くこと、生命科学よりも生き物そのものに興味があるのならば、理学部ではなく農学部が良い事などをアドバイス頂いていた。「そんな気が起きるはずがない」と思っていたのが、2年後に本当に農学部(酪農学部だったが)へ進学する事になり、さらには大学院まで行って、結局生物相手の研究をする仕事をする事になる。
 
 考えてみれば、私は先生のもとで生物部員をしていた頃と、やっている事が全く変わっていない。あの頃は植物プランクトンが好きで、ひたすら毎日水をすくっては生物顕微鏡を覗いていたが、今は植物採集をしては双眼実体顕微鏡をのぞいている。顕微鏡の種類と扱う植物の大きさがでかくなった違いはあるが、24年前と毎日やっている事はおんなじである。
 
 変わっていないと言えば、先生はいつまでも先生なんだな、という感じもそのままであった。24年の歳月を経て、浦幌の小さな飲み屋で酒を酌み交わし、たまたま居合わせた前館長や知り合いの町の人も交えて談笑する時でも、やはり先生を前にすると24年前と同じ緊張感がある。だが、それが良いのだと思う。
 
 残念ながら翌日の汽車のダイヤの関係で妻のいる釧路市立博物館へ立ち寄って頂く事はできなかったが、むしろ次の機会を頂いた気がする(先生は帯広から普通列車で浦幌入りされ、翌日また普通列車で釧路へ出られて飛行機で東京へ戻られた。転居案内ハガキにぜひ浦幌へは鉄道で、と書いたが、本当に実践されたのは先生が初めてである)。
 今は東京の盲学校の副校長先生をなさっている小島先生。いつまでもお元気で。またお会い出来る日を楽しみにしております。
 
 

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2015年8月20日 (木)

みつかった標本から思ったこと

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 今年の初夏、釧路の方から、当館に阿部宏氏の採集したチョウの標本があるはずだが、という御連絡を頂いた。さっそく探したのだがみつからず、日頃から館の活動にご協力いただいているM氏に御相談したところ、旧館である『浦幌町郷土資料館報告』に阿部標本についてまとめた事があるとのこと。さっそく該当号を見てみると、確かにリストが記録されている。
 ただ、その後のお話で、十勝沖地震の際に多くの標本が失われたという事があったとも教えて下さり、さらには「それでも残った標本を整理し、養老孟司氏が来館した際に自分の標本と共に見せている〔養老氏はチョウの研究家で知られる〕という情報も頂いた。という事は、どこか近くに残っていると思われるが、残念ながら館内からはまだ見つかっていない。
 そのうち怒濤の夏休みこども博物館シーズンへ突入したために標本探しを中断していたが、その一方でM氏が探索を続けて下さり、なんと1箱がみつかった。さっそく釧路の方へも御連絡をした。
 
 ここでの教訓はふたつ。ひとつは、標本は永久に保存するのが博物館の使命だが、確かに大地震などがあると保存体制が一気に崩壊し、以前の情報を継承しにくくなること。自分も参加した東日本大震災での標本レスキューでもいろいろと交わされていた話ではあるが、あらためてこうした事が起こるんだなあということ。
 それを念頭に置いた標本の所在確認の方法を考えておかないと「あるはずなのに見つからない」状態が今後も続く事になってしまう。膨大な収蔵資料の多くは、直接その資料名指しで問い合わせが来る事は小規模館ではきわめて少ないので、こうした機会を大切に出来るよう、資料の所在情報を徹底して管理する必要がある。
 
 もうひとつは、M氏の郷土資料館報告への執筆のように、収蔵資料について目録なり紀要なりで活字の記録を残しておく事の重要性。その標本の受入の経緯や、標本の特性など、受入カードだけではわからない情報が詰まっているし、万一標本そのものが見つからなくても、この情報を問い合わせた方にお伝えする事はできる。
 これは、いま取り組んでいる紀要の雑誌記事索引採録の話とも関係するが、やはり市町村館の紀要に載せられた情報をオープンにする事で、資料活用の機会は無限に広がるという事だ。心して取り組んでいかなければならないなあと、あらためて実感した貴重な機会であった。
 
 

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2015年8月 3日 (月)

本別で原爆展・空襲展をみる

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 少し前の話になるが、7月、本別町歴史民俗資料館で開催中の原爆展と、本別空襲の展示を見学に行く行事を開催した。今年から始めた「えんそく博物館」の第1回目として開催。夏休みでもあり、子供達が来てくれたらという期待は見事に裏切られ、年配の方ばかりの参加になってしまった。しかし、結果としてはこれで良かったと思う。
 
 
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 今年は戦後70年という事で、各地でさまざまな催しが開催されている。本別町歴史民俗資料館では、毎年7月15日の本別空襲の日に併せて特別展を開催しているが、今年は特に予算規模を拡大して、広島の平和記念資料館から原爆に関する資料を借用して展示を組んでいる。やはり見応えのある内容で、参加された方も熱心に観覧されていた。
 
 
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 本別空襲の史跡として、旧銀河線の本別川鉄橋がある。このレンガ橋台に機銃掃射の痕があるのだ。町では史跡として廃線後も鉄橋と橋台を保存し、文化財標識(看板)も設置している。レンガ構造物という近代化遺産と、本別空襲の記憶という現代史としての、2つの意味を併せ持った貴重な史跡であり、積極的に保存へ取り組んでいる町の姿勢に敬意を表したい。
 
 
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 最後に、本別空襲の際に生徒を防空壕へ誘導しているさなか殉職された先生の慰霊碑が、本別高校の校内にあるので見学した。
 年代が近い方々が参加した事で、戦争に関する話、空襲の話など、資料を見たり解説を聞きながらお互いに話し合われている様子が見えた。口々に「展示も見応えがあり、参加して良かった。また、こうやっていろいろな所へ出かけたい」と仰って頂き、企画者としては嬉しい限りであった。
 
 今回の見学会には、本別町歴史民俗資料館の田野美妃館長(写真左端)や資料館友の会の方々に大変お世話になった。今後もこうした活動を通じて、隣町の博物館・資料館同士の交流を深めていきたい。
 
 

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