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2015年7月

2015年7月24日 (金)

尺別往復を続けられる愉しみ

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 浦幌へ越してきて良かった事のひとつに、休日に一日中上厚内駅周辺でボーッとしたり、夕方からフラリと汽車に乗り込んで尺別往復したりとかが気軽にできることがある。これって、人にもよるが、相当な贅沢だと思う。

 という事で昨晩も浦幌19時26分発の2531D〜尺別20時28分発の2532Dで往復。2531Dが先に尺別へ着き、2532Dと交換するのである(ちなみに春のダイヤ改正までは直別で交換していた)。尺別は昨晩も濃い霧の中であった。

 

 
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 往路の2531Dは、浦幌で大量に下車があり、厚内で高校生が下車。しかし、その他にも旅行者がボックスの1/3ほど乗っていた。青春18きっぷの有効期間になった効果だろう。
 帰路の2532Dも私以外に1名が乗っていた。
 
 

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2015年7月23日 (木)

『環オホーツクの環境と歴史』第4号が発刊

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 『環オホーツクの環境と歴史』の第4号が発刊された。この雑誌、私が帯広へ移ってきてから創刊され、あれよあれよで4冊目だ。発行元のサッポロ堂書店店主である石原誠さんが常任離れした精力的な方で地方文化の発信に並々ならぬ情熱を抱いており、これに北大図書館秘蔵?の知識の塊である兎内勇津流さんが実務的なサポートをされているおかげでここまで続いてきたのだと言える。他の編集委員の先生方がまた実に個性的だ。
 
 今回の目次はこちら。私は雑草調査の予報という、なんとも情けない報告が1編あるのみで、微力ながらとは言うが本当に微々たる協力しかしていない事を露呈している。
 お求めは発行元のサッポロ堂書店もしくは道内だったらお近くの古書店で注文すれば購入が可能。めんどうだったら、このブログにコメントで欲しいと言って頂ければ取り次ぎます。
 
 
【誌 名】環オホーツクの環境と歴史
【巻 号】第4号
【編 集】環オホーツクの環境と歴史編集委員会編
【発 行】サッポロ堂書店 
      〒060-0809 札幌市北区北9条西4丁目1
      電話:011-746-2940/FAX:011-746-2942
【価 格】1500円(税別)
【発行日】2015年6月23日
【ISBN】 978-4-915881-27-5


【目 次】
アカトーリー・レムニョフ・兎内勇津流訳:19世紀のシベリアにおける大学問題
金森正也:幕末期の蝦夷地をめぐる藩権力と領民の動向ー秋田藩を事例として
田中水絵:ニコライ・ネフスキーが遺したもの その3ー手稿「椋鳥」
持田誠:北海道の路面間隙雑草ー国道38号線調査の予報として
原田公久枝:妙に真面目な私の日記2
遠藤宏・遠藤美津恵:アイヌ民族の近現代史に関する基本的問題点ー国連の「先住民族の権利宣言」を踏まえて
因幡勝雄・石原誠
アイヌ伝承話集成 続 道東部 第二章別海町 第三章標津町 第四章中標津町(稿)
菊池俊彦:【書評】平山裕人著『アイヌの歴史』日本の先住民族を理解するための160話
高橋周:【書評】田島佳也著『近世北海道漁業と海産物流通』
 
 

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2015年7月16日 (木)

夜学講座で空襲を振り返る

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 昨日7月15日は浦幌町の厚内で空襲があった日で、戦後70周年の今年は厚内空襲からも70周年という事になる。その節目の日となる昨日の夜、博物館で夜学講座「博物館の戦争資料」を開催した。
 
 タイトルから博物館所蔵の戦争資料の紹介をイメージされる方が多かったと思うが、それ自体は今月下旬から始まる「戦争の記憶」展でご紹介する予定。一方、今回の講座は、博物館は戦争資料をどう活かすべきか?という事をテーマとした。
 
 空襲や戦争で亡くなられた方に思いを馳せ1分間の黙祷を行った後、上のような国土地理院の地形図画像を何枚も用いて紙芝居的にめくり、時系列で厚内空襲の様子を振り返った。厚内空襲は15日の早朝、厚内駅に停車中の列車を攻撃対象として行われたもので、旧国鉄の資料などを用いて該当列車の到着から被害状況までをプロット。また、機関車攻撃からの流れ弾による被害、亡くなられた方の状況、編隊はどこからどこを通ってやってきて、やがてどこへ消えていったか?それらの時間などを、複数の証言資料から再現した。
 
 また、実際に厚内空襲に遭われた体験者の語り部を確保する事が、事実上今後は不可能な事を踏まえ、そうした時代にあって博物館はどのように戦争の記憶を伝えていくべきか?を参加者の方々と意見交換した。ここでは参加者の方々から貴重な助言をいくつも頂く事ができた。
 
 参加人数は少なかったが、この日にこうした夜学講座を開催できた意義はあったかなと考えている。
 
 

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2015年7月14日 (火)

夜学講座「博物館の戦争資料」の試み

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 7月14〜15日は、北海道にとっての空襲記念日である。70年前、北海道各地でこの間、空襲があった。
 浦幌町では15日早朝、国鉄根室本線厚内駅に停車中の列車が目標とされ、米軍機による銃撃を受けた。その結果、3人(一説によれば4人)の犠牲者が出たとされる。
 
 赴任したてで時間が無く、まだまだ戦争資料について深く掘り下げた訳ではないが、70年目の節目となる15日の夜に、夜学講座「博物館の戦争資料」を開催する事にした。これまでの証言・記録から厚内空襲の様子を振り返ると共に、語り部が失われていく中、どう70年前の記憶を伝えていくべきか、参加者と共に考える時間としたい。
 
 当日は今月下旬から始まる「戦争の記憶」展の紹介や展示資料の一部解説、今春発行の紀要に全文を掲載した「昭和二十年度浦幌村教育研究会記録」についても紹介する予定。
 
 時間、場所などについては、上記のポスターか下記のリンクを参照。
 
 

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2015年7月12日 (日)

豊北海岸自然観察会でオカヒジキ

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 今日は月に一度の豊北海岸植物観察会。いわゆる原生花園と海浜の植物を月に1回観察して歩き、フェノロジーを記録していこうというもの。
 
 
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 で、今日の観察会でひとつのトピックがこれ。
 
 
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 なんてことは無いオカヒジキである。
ちょうど開花しており、かなり目立たない花なので、初めての人には驚きだったらしく、それはそれで意義のある事だ。だが、実は私にとって「おお!」というのは、そもそもここにオカヒジキがあるという事、それも今年はけっこうな数のオカヒジキが見られる事である。
 
 というのも、2011年の東日本大震災の翌年だったと思うが、この海岸で北海道大学の大学院生と共に植生調査をした事があった。そのとき、オカヒジキが全く出現しなかったのである。オカヒジキが無いなんて事があるのかなあと不思議だったのだが、その翌年も見かけなかった。
 
 そこで考えたひとつの仮説が、漂着物処理のための海岸への重機乗り入れの影響である。当時、海岸には漂着物がものすごく大量に打ち上がり、その処理のために大型機械が頻繁に出入りしていた。これは海浜植生にそれなりの影響を及ぼすだろうなあとは思っていたのだが、この影響で一時的にオカヒジキが姿を消していたのかも知れない。
 
 一方、今年は海岸の第一砂丘列の海側直下、砂丘部の一番砂丘列側の部分に少なくないオカヒジキが見られた。という事は、いちど消えたオカヒジキが種子の漂着などによって戻ってきた、と考えられないだろうか?
 いずれにしろ、私が豊北の海岸を歩き始めたのは2011年頃からだったので、この海岸にオカヒジキが点々とする姿を見るのは今年が初めてである。こうした記録を作るにも、月1回のこの観察会は大事な場となるのは言うまでもない。
 
 

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2015年7月 8日 (水)

おかげさまで結婚一年

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 早いもので、おかげさまで7日で結婚一年となりました。
 多くの皆様方にお支えいただき、浦幌と釧路と離れて暮らしつつも、なんとか幸せに過ごさせて頂いております。お互いに仕事も順調です。
 この場をお借り致しまして、日頃からお世話になっている皆様に、厚く御礼を申し上げます。また、引き続き御指導の程をよろしくお願い申し上げます。
 
 

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2015年7月 6日 (月)

有島記念館で植物観察会

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 もう毎年恒例となっている、ニセコ町有島記念館での出張講座。今年は、エンレイソウ研究で有名な自然環境研究室主宰、鮫島惇一郎氏の植物画展の関連講座として、有島武郎ゆかりの「有島潅漑溝」という水路周辺での植物観察会を開催した。
 
 
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 昨年は殖民軌道跡地の観察会だったが、今年は有島武郎ゆかりの近代化産業遺産という事で、有島研究者の梅田滋氏による解説を並行して実施。写真左から2番目が梅田さん。有島潅漑溝をはじめ、有島武郎ゆかりの地域史を研究され、こうした行事で解説なども担当されている、有島記念館ではお馴染みの方だ。
 左から3番目は、企画者である有島記念館の伊藤大介学芸員。右の黄色い服の方は自然ガイドの田中富美江さんで、7月18日には同じ鮫島植物画展の関連事業として、記念館周辺の野草で草木染めを指導される。
 有島武郎が農場解放宣言をした場所として知られる神社の前にて。
 
 
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 有島記念館は、館種でいうと文学館で、全国文学館協議会(全文協)にも加盟している。一方、ニセコ町における唯一の博物館施設でもあり、近年では伊藤学芸員の熱心な取り組みにより、有島武郎の文学館という性格に加え、ニセコ町の地域博物館としても位置づけを確立しつつある。
 その一環である取り組みが、こうした産業遺産や自然史系事業だ。どちらも従来では考えられなかった取り組みで、地域資料の保存と活用拠点である博物館を目指す重要な取り組みである。
 とは言え、学芸員ひとりの小さな博物館が単独で事業を開催、それも継続する事には大きな困難が伴う。こうした連携を通じて、お互いの博物館にとって大きな力を与え合う事ができるのが学芸員ネットワークの強みだ。今後も微力ながら力を注いでいきたいと思うと同時に、ぜひ時間は浦幌町立博物館で有島記念館との共同事業を実施したいと考えている。
 
 
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 ところで、ニセコ町と言えば「山線」である。函館本線の長万部〜倶知安〜札幌間の区間の通称だ。北海道新幹線がこのルートと併走する事から、開業後のその去就が注目される区間である。
 私は並行在来線の分離には断固反対の立場だ。この区間は有珠山が噴火した際の迂回路としても力を発揮した区間である。新幹線では在来線の代替にはならないのである。今後の人口減少や高齢化を考えた場合、在来線、それも山線のようなバイパスとなる本線の維持は重要・不可欠である。
 そのためにも山線の活性化に結びつくような事業を、沿線の博物館をはじめとするさまざまな組織は考えて欲しいと願っている。
 
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 鮫島惇一郎植物画展「北ぐにの花絵本」は、有島記念館で8月16日まで開催。
くさしくは同館ホームページにて。
 7月18日には草木染め体験、8月8日には美術講座「透明水彩で花を描こう!」も開催されるので、ぜひお出かけを。そしてお出かけには「山線」の御利用を!
 
 

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