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2014年7月

2014年7月28日 (月)

千歳湯の跡へ立ち寄る

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 札幌へ行ったついでに北13条の千歳湯の跡地へ。
「春には工事を始める(から早く立ち退いてくれ)なんて言うけど本当かねえ」とおばさんが言っていたとおり、まだマンション建設など何も始まっておらず、バタバタ片付けて解体したのはなんだったのかと思う。
 
 ここに住んでいたんだなあと思うと、しばらく呆然と立ちすくんでしまう。シロザの大群落の横でヒルガオが咲いていた。
 
 

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2014年7月26日 (土)

広尾町から資料をいただく

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 一昨日、広尾町教育委員会へ出向いて、校舎解体に伴い廃棄される予定の品の中から、資料的価値のありそうなものを移管させていただいた。写真はシコロ付防火ヘルメット(正式な名前がわからないので、自分で調べる前にツイッターでつぶやいてみたら、現役の消防団の方から教えて頂いた。感謝。もちろん当方も改めて消防備品基準などを調べてみるが)。
 
 広尾町野塚の消防団が用いていた物らしい。消防団時代のものか、その前の警防団時代のものか、帽章などから検討してみたい。ちょうど昨年、野塚の警防団→消防団に居られた方の辞令などの寄贈を受けており、良い関係資料になる。
 
 
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 これも消防関係で「U式空気呼吸器」。
 
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 中はこんな感じ。このメーカーは今も消防用の呼吸器を作っているらしい。
 
 
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 下駄屋さんが販売用に持っていた下駄らしい。本体、鼻緒、冬用のカバーが別々になっていて、裏面に値札があった。昭和55年頃のものらしい。鼻緒が縄紐で綴じられているのが面白く、値札と共に、こうして売られていたんだなという記録になる。
 
 
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 ワラジ。当館に所蔵のワラジよりサイズが大きい。ワラジは地域により微妙に編み方が異なると聞いた事があり、既収蔵品と重複するかもしれないので処分は当方に任せて戴くという事にして、念のために2組頂いてきた。後ほど比較してみよう。
 
 これももともと販売用らしく、足を入れる部分に丸めた新聞紙が入っていた。日付は昭和54年の北海道新聞で、その当時までワラジ売っていたのかと、ちょっと驚いた。
 
 
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 こちらはレコード。箱の中に29枚あった。当館ではレコードコンサートが頻繁に実施されており、資料として登録収蔵しているものの他、消耗品としてストックを持っている。これらもストック用に頂いてきた。
 
 この他、紙モノとしては広尾町郷土研究会を創始された方が町の文化功労者として表彰されたときの表彰状があったので、人物関係資料になると思い頂く。全体に数は少なめで、モノも斬新なものは消防関係くらいだが、なにより声を掛けて戴いた事が嬉しい。
 
 今後も宜しくお願いしますという事で帯広へ戻り、軽洗浄と写真記録を済ませて、広尾町教育委員会へ受領資料一覧の書類を作ってその日はおしまい。シコロ付のヘルメットが洗浄難物で、いちど水に付けてゴシゴシやろうと思う。その他のものも含めて先に資料カード作って登録し、あとは10月の業者による燻蒸作業を経てから収蔵処理および来年の新着資料展行きだな。
 
 
 
 
 
 

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2014年7月25日 (金)

広尾町の「さつき食堂」

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 同僚の小林さんに「広尾町へ行ったら、さつき食堂へ寄ってみて下さい」と言われ、教育委員会へ資料調査に立ち寄った帰りに昼食を食べてきた。
 
「ガス屋さん本州の人かい?〔白い開襟シャツに青い作業ズボンだったせいか、ガス会社の人と思われたらしい〕訛りでわかるね」
 
「うちはラーメンだけだから。下に塩入っていて、上に醤油入っているからね。あたしが考えたんだ。まろやかで美味しいから」
 
「次来た時はこれもう食べたっていってね。そしたら醤油〔だけのやつ〕だすから」
 
「昭和31年に、元町の方で最初の店出したんだわ。その時は定食屋で、ハモ丼とか何でも作ってたんだ。あたしの作るものは美味いって大評判だったんだ」
 
「修行?どこにも見習いにも修行にも入ってないさ。全部自分で勉強したのさ」
 
「その頃はニチロの工場とか2つもあってさ、広尾も一万五千人いたんだわ。人が多くて賑やかだったね。〔なんの工場だって?〕ニチロだよニチロ。ガス屋さんニチロ知らんの?今の広尾は七千五百人くらいじゃないかな」
 
「缶詰工場の人相手に飲み屋さんもいっぱいあってね。夜になると、飲み屋で働くお姉さん達がよく食べに来てくれたわ。ほんと賑やかだったね。」
 
「お通夜とかには店閉めてね。お寺用に〔料理を〕作るんだわ。〔仕出し?〕仕出しじゃないよ。その場へ行って台所を仕切るのさ。」
 
「大人数をさばくからね。そりゃ大変さ。でもあたしの料理は評判だったからね。前の店の時はずっとやってた。お寺さん喜んでね。お東さん、お西さん、広縁寺さん、禅林寺さん…〔以下、町内のお寺の名が続く〕みんな呼ばれたよ、ほんと」
 
「いまはもうね、あんまりお通夜行かないんだ。人多くなると、〔今の〕料理仕切る人も大変だろうと思ってね。あたしはわかるからさ」
 
「仕出しも作ったよ。売ってる仕出しはさ、醤油とかソースとか別に入ってるしょ。あたしのは料理の味つけといて、そういうのかけなくて良いやつにした」
 
「必ず9品付ける事にしてたんだ。今のメンマだってチャーシューだって、夜にきちんと自分で味つけてるんだ。だからうまいんだよ」
 
「昭和55年に今の場所に移ったんだ。そしてラーメンに絞ったんだ」
 
「主人がさ、子どもいる訳でも無いし、そんなに金儲けする必要ないんだから、安く出してあげなって言ってね。それで、最初の価格を据え置いてやってく事にしたの。その時に〔町の〕食堂組合からも抜けたんだわ」
 
「ラーメンだけにしたら、みんな残念がってくれてね。お寺さんの若さん〔現在のお坊様〕なんか、いまだにがっかりしてるよ」
 
「消費税3%の時に360円。これ以後、5%になっても8%になってもずっと変わっていないよ」
 
「だけど今年さ、8%になっても豚肉は値上げしないって最初言っていたのさ。だから値段もそのままにしたんだけど、その後に税金とは関係ないところで豚肉が値上がりしてしまって。10円も上がったんだ。だから大盛りは肉3枚付けていたんだけど、今は2枚にさせてもらった。まあ、あたしらも大変だけど肉屋さんはもっと大変だ」
 
「あたしは跡とり作らないんだ。味を落としたくないのさ。偉い料理人の先生も、テレビやったって本書いたって、それ見て作ってもそりゃ私達が作ったような訳にはいかないって言ってるしょ。教えてすぐどうなるってもんでもないしさ。だから、この店はあたしが死んだら終わりだよ」
 
「最近の広尾は若い人ばかり死ぬ。昨日も50代の人、今日も60代の人のお通夜あるよ。あたらしらみたいな80代は、粗末なもんから食ってきて体も鍛えてるからさ。若い人は変なもん〔合成着色料とか〕いっぱい入ってるもの食べてきてるから、体もたないのかなあ」 
 
 
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 昭和6(1931)年5月25日生まれの83歳。5月生まれで店も5月に開けたから「さつき食堂」なのだと言う。生まれは岩内との事。船を持っていた御主人は既に10年以上前に亡くなり、一人で店を切り盛りしている。
 
 ラーメン普通盛り360円、大盛り460円。味は醤油と塩それに両者のミックスの3種類のみ。広尾町の盛衰と共に歩んできたラーメン屋「さつき食堂」は、今日も11時30分から20時まで、国道から外れた坂道の途中で店を開けている。いつか再び、じっくり話を聞きに行き、地域の歴史証言として活字に記録したいと思う。
 
 

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2014年7月24日 (木)

収蔵作品展の撤収

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 収蔵作品展「描かれし花たち」は、あと少しで1500名という来館者数で日曜日に終了。今回、新聞に載ったのが終了間際だったので、最終日寸前に一気に来場者数が増えた。というより、終わったのを知らず、昨日の撤収作業中に見に来られた方もいた。報道って大事だと思うが、いかんせん私達で載せてくれる日を決められる訳ではないので歯がゆい限り。
 
 1日かけて淡々と撤収。次この会場は、8月7日からの特別展「十勝に映画館がたくさんあった頃」で用いられる。
 
 今日はこれから広尾町教育委員会へ、学校などに保存されていた廃棄予定資料を見に行く。事前に写真入りのメールで御連絡を頂いていた。見た感じ、うちで直接受け入れられるものは少なそうだが、それでも何かあるかもしれない。現地調査させて下さるのがありがたいのである。
 
 十勝の他の町村さんもお待ちしています。
 
 

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2014年7月22日 (火)

列車が並ぶ瞬間を眺める

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 根室本線を普通列車で移動すると、行き合いや通過列車の待避で、駅や信号所へ長めに停車する事が多い。先日、釧路臨港鉄道の会11周年で運行した団体列車「ぬさまい」は、往路に信号場や帯広貨物駅を含む全駅へ停車したので、なおさらである。
 そうした時は一度列車から降りて、乗っている列車とすれ違う列車が並ぶ瞬間を眺めるのが楽しい。
 
 
 なお、番外編はこれ。
 
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 札幌市電の西4丁目。ワンマン化以後、市電の終点は単線になっているケースが多い(進行方向左前方の出入口でしか料金収受ができないため)。あとの電車が到着すると、手前で停車して降車扱いをし、その間に先の電車が出発する。
 
 市電環状化工事が完了すると、西4丁目電停は移設された上で複線化されるから、こうした光景が見られるのもあとわずか。市電の場合、乗らなくても十字街を通る度にこの地点で立ち止まり、電車が並ぶ瞬間を眺めてしまうのが常である。
 
 

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2014年7月18日 (金)

収蔵作品展を植物学的に楽しむ2

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 今回の収蔵作品展は花。その中で唯一、花と共に人物が大きく描かれている絵があります。吉村きく作「あじさい」です。
 
 雨の日のあじさいの前で傘を持って佇む女性が印象的な、静かな絵です。背景には多数のアジサイが咲いています。雨の日はアジサイがとても似合いますね。
 
 アジサイは永年、植物分類学的にはユキノシタ科というグループに含まれていました。しかし、近年の分子生物学的な研究(DNAを解析して植物の類縁関係を明らかにする研究)の結果、ユキノシタ科のグループとは近縁ではない事がわかりました。現在ではアジサイ科という独立のグループを形成しています。
 
 
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 大きなボール状の花が印象的なアジサイ。4枚1組の青や白の花びらが目に付きますが、実はこの花びらに見える部分は花ではありません。これは「装飾花」と呼ばれる葉の一部で、元来は本物の花を蕾の時期に包んでいるための器官です。いわゆるアジサイは、この装飾花(がく=葉)が花弁状に大きく発達したものなのです。
 
 では、アジサイの本物の花はどこでしょうか?絵を見るとわかるとおり、どこにも雄しべや雌しべが描かれていません。アジサイは、人間が目で見て楽しめるよう、元来の花を少なく装飾花(がく=葉)を多く、という品種改良によって誕生した、人工の植物なのです。そのため、本物の花はとても少ないのが普通です。
 
 
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 では、アジサイを品種改良する元となった植物はなんでしょうか?それがこの植物です。作品は小林満枝の「額紫陽花(がくあじさい)」です。植物名はガクアジサイと言い、日本に野生する植物ですが、園芸用に流通もしています。「アジサイ」と共に日本人に馴染み深い初夏の花と言えるでしょう。
 
 
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 「額紫陽花」の花の部分を拡大してみました。「アジサイ」と異なり、花序の外側に4枚葉の装飾花が並び、中心部には5枚の花弁を持つ小さい花が描かれているのがわかるでしょう。中心部には黄色い花粉を付けた雄しべも、しっかりと多数描き込まれています。ガクアジサイの雄花です。
 
 自然界では、ガクアジサイは昆虫の媒介によって受粉します。より多くの昆虫に花を訪れてもらう事が必要です。そのため、本来の小さな花の周辺に大きく目立つ装飾花を付ける事によって、昆虫に見つけてもらいやすいよう進化してきたものと思われます。
 
 ところが、日本人は逆にこの目立つ装飾花の方を重視し、本来の花を差し置いて、装飾花ばかりのアジサイを作る事に努めてきました。その歴史は古く、やがて日本から中国へ渡り、ヨーロッパへも広まりました。18世紀に神奈川県の箱根へ滞在したスウェーデンの植物学者カール・ツンベルグや、幕末に来日したオランダ人医師フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトによって、アジサイの学名も決められました。
 
 現在、装飾花ばかりのアジサイを「ホンアジサイ」、本来の花のあるアジサイは「ガクアジサイ」と呼ばれています。本来のアジサイは「ガクアジサイ」の方なのに、なんだか紛らわしいですね。あらためて収蔵作品展で「アジサイ」「ガクアジアイ」を見比べ、花のつくりの違いをよく観察してみましょう。
 
 

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2014年7月16日 (水)

収蔵作品展を植物学的に楽しむ1

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 帯広百年記念館では収蔵作品展「描かれし花たち」を開催中。小林満枝氏をはじめとする当館所蔵の画家達が描いた花々が、特別展示室を埋めています。
 
 美術作品の展示なので、単純に絵の美しさ・技巧から感じる面白さを感じて戴ければ良いのですが、今回、花に関する絵がこれだけ一堂に集まっていると、別な観点すなわち植物学的な側面から鑑賞する事もひとつの楽しみ方です。作家は「花」を「植物」という生き物として、どのように描き混んでいるのでしょうか?
 
 
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 これは小林満枝氏の「いのち降る」という作品です。
非常に大きな絵で、特別展示室のいちばん奥に飾られている、惹き付けられる絵です。2個体のオオウバユリが描かれていますが、一方で回想的に花が終わって立ち枯れた姿が描き込まれています。2個体の花を囲むように直立している茶色いものがそれです。
 
 実は1階のリウカに、これと同じ実物の立ち枯れオオウバユリを展示しているのですが、「これ森でよく見るんですけど何ですか?」とよく聞かれます。花の時期とは全く異なる様相に、驚かれる方が多いようです。花が終わり、果実が終わった後の姿を描く事で、この絵はオオウバユリの一年の変化を表しているとも言えます。
 
 
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 左側の個体の花付近を拡大したものです。よく見ると、この個体の花はまだ開きかけ、つまり蕾がふくらんできた状態です。
 
 さらによく見ると、細かいタネが無数に舞っている様子が描き込まれています。オオウバユリの種子はこのように平たい円盤形をしていて、真ん中の種子を取り囲むように翼が付いています。
 
 オオウバユリは、花が終わると緑色に大きな子房を膨らませます。やがて秋深まってくると、今度は絵の右上に描かれているように立ち枯れて乾燥し茶色くなります(朔果の形成)。そして膨らんだ子房がパカッと割れて、中から無数の種子が風に煽られて飛びだしていき、親元を離れて散布されていきます。生態学ではこれを種子の「風散布」と言います。
 
 「いのち降る」は、まさしくこの瞬間を描いたものです。開花まで10年はかかると言われるオオウバユリは、いちど結実すると生涯を終えます。最後の時に、次の世代の新しい「いのち」を風にまかせて一斉に降らせる景観を描いた様は圧巻で、この絵が観る者を圧倒させる大きな力になっているのです。
 
 

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2014年7月15日 (火)

十勝での空襲

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 1945(昭和20)年7月14-15日、帯広空襲がありました。現在の帯広市総合体育館の一角に、帯広空襲を語る会による碑が建てられています。被害者の数も、語る会の継続的な調査によって、当初の公表数より増加したそうです。
 
 
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 一方、利別川沿いの本別町での空襲(本別空襲)は同年7月15日。全焼家屋が300戸近い、十勝最大の空襲です。本別町歴史民俗資料館には、空襲の火の手から逃れる為本別沢へ飛び込んだ方がむしりとった草花が手記と共に残され、記憶を今に伝えています。
 
 その他、池田町、音更町、豊頃町、浦幌町、大樹町、広尾町などで、同じような空襲があった事が伝えられています。広尾町では、国民学校の生徒が機銃掃射を受けて亡くなっています。
 
 風化しつつある戦争の記憶を資料や証言と共に後世へ伝えていく事も、博物館の大切な役割です。
 
 

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2014年7月 4日 (金)

収蔵作品展「描かれし花たち」開催中

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 帯広百年記念館では、収蔵作品展「描かれし花たち」を開催中です。入場無料。21日まで。
 
 

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2014年7月 1日 (火)

『博物館展示と地域社会:民俗文化史からのまなざし』を読む

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 今日は休みだったので、岩田書院から出たばかりの『博物館展示と地域社会:民俗文化史からのまなざし』をゆっくりと読む。著者は現在、東京家政学院大学教授の西海賢二さん。「歴史学」と「民俗学」の2つ博士号を持っておられるそうだ。
 
 本書は著者が『地方史研究』などに書かれた小論の中から、地域と博物館をテーマとしたものをまとめたもの。したがって、全19章のひとつひとつは短く簡潔にまとめられており、私のような民俗学の門外漢でもスムーズに読み進める事ができた。
 
 地域にこだわり、資料・史料を地域の生活者の歴史の中から分析・考察した結果を博物館で展示にする。私達のような地域博物館の活動の原点であるが、案外これは難しいものである。
 
 とかくモノ陳列で終わってしまいがちな地域博物館展示だが、本書には緻密な調査研究の成果の上に、地味なテーマながら深く考察された展示の実例が数々とりあげられている。中央学界からではなく地域の人間が丹念に地元の風習・民俗そして民具を比較・調査する事で明らかとなる史実がある。その最前線で日々地域社会やモノと向き合うのが学芸員のあるべき姿である事を再認識した。
 
 いろいろと興味深い話が多かったのだが、そのなかでも10章の「地域の文化をどうつくるか:常民文化研究会の活動から」で感銘を受けた。ここでは、著者が取り組んでいる民俗のスライド巡回が紹介されている。
 
 年中行事、祭り、民家、民具、民間信仰、生産・生業などのスライドが、なんと約15万枚。これを活用して、研究会員宅から老人会、大学民俗研究会などを巡って、毎年スライド上映会や座談会を開催する事300回。こうした地道な取り組みの中で地域との繋がりが深まり、地域と共に学び、新たな発見や資料の発掘に結びつくのだろう。
 
 自身の学芸活動のあり方を考えさせられる一章だった。
 
 
 
 

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