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2014年4月10日 (木)

「忠類ちがい」の写真が標津町へ

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 十勝の人は忠類と聞くと、今は幕別町と合併した旧忠類村の事を頭に浮かべる。しかし、忠類は標津町にもあり、あちらには殖民軌道忠類線が走っていた事がある。裏書きによれば昭和9年12月18日の撮影。「北海道廳殖民軌道忠類線建設地盤工事」と裏書きされ、組頭や代表者の名前なども記されている。
 

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 そんな「忠類違い」で帯広の私の手元へやってきてしまった殖民軌道忠類線の建設工事の際に撮られた記念写真3枚。せっかくなのでスキャンの上、オリジナル資料は標津町か中標津町の博物館へ納めようと、先方の学芸員さんと協議していた。その結果、標津町ポー川史跡自然公園の歴史民俗資料館へ収蔵される事になった。先方の小野学芸員によると、ちょうどこの夏に古写真の企画展示をする予定で、さっそく今回の写真も加わる予定。昨日発送し、今日無事に届いたとの連絡を頂いた。
 
 
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 一方、中標津町郷土館にも同様の写真で撮影年代の異なる表記がある写真が収蔵されている事を、同館の山宮学芸員から教えて頂いた。おそらく殖民軌道忠類線の写真と、国鉄標津線の前身となる標津軌道の写真が混ざっているのかもしれない。たいへん興味深いので、いちど標津へお邪魔し、両町の軌道関係資料を拝見した上で、資料調査結果をどこかへ書きたいと思う。

 
 標津の小野学芸員、中標津の山宮学芸員、ありがとうございました。今後も資料を軸にいろいろ連携できたらと思います。
 
 

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