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2013年9月 9日 (月)

幸福駅の解体が始まった

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 9月9日、保存され公園として整備されていた旧広尾線の幸福駅舎の解体が始まるという事で、様子を見に行く。
 
 
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 既に足場が組まれ、立ち入り禁止になっている幸福駅舎。まあ、駅舎というより待合室だった訳だが。
 
    
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 10時からの作業開始を前に、報道陣が続々と集まってきた。
 
 
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 10時。現場監督の号令で作業開始。まずホーム側の駅名票が取り外される。
 
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 続いて側面も取り外し。
 
 
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 最後に正面の取り外し。大勢の報道陣と、待合室を囲む足場に、たまたま居合わせた観光客はびっくりしていた。
 
 
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 正面看板の取り外し。
 
 
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 続いて建物の解体。部材を再利用するため、丁寧に下見板張りの板が取り外されていく。
 
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 外された板材。釘も含め、なるべく再利用すると言う。
 
 
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 外された駅名票(看板)。裏に何か書き込みが無いかと思って調べさせてもらったが、何も無かった。
 
 
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 解体に先立ち、中にびっしりと貼られた名刺などを剥がす作業が行われた。なかなか大変な作業で、けっきょく剥がれなかったものも多数あったようだ。
 
 
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 市では一年間は外した名刺などを保管し、希望があれば返却すると言う。
 
 
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 かつてボヤがあった時の跡らしい。そこだけ下見板の幅が異なる。
 
 
22_238
 
 保存されている2両のキハ22のうち、238は今後、内装を大幅にリニューアルして、セレモニーの会場として使えるようにすると言う。1965(昭和40)年の新製以後ずっと釧路機関区に配置され、最後まで広尾線で活躍した当地ゆかりの車輌なので、できれば原型で保存して欲しいなあと思うのだが、この場所の性質を考えると仕方ないのかな。
 
 
22_221
 
 もう1両のキハ22 221は、1963(昭和38)年の製造後、苗穂機関区へ配置され、その後苫小牧へ移転。広尾線廃止の1年前に釧路機関区所属になり、当地での活躍期間は短い。
 
 こうした車歴に関しても案内板に書いて欲しいところだが、居合わせた観光課の職員に聞くと、そうした予定は無いという。ここはあくまでも観光地で、鉄道資料を受け継ぐという発想の場所では無いんだなあとあらためて実感。少し寂しい感じがする。
 
 

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