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2013年9月 5日 (木)

旭川からの帰り道で鉄道を考える

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 旭川での集中講義を終え、夕方の汽車で帯広へ帰る。たまたま学生の中に帯広出身者がいたが、いつも帰省は都市間バス(ノースライナー旭川〜帯広)を利用し、汽車には乗らないという。ちなみにバスは旭川〜帯広で3150円。鉄道だと3570円。一方、バスは往復だと6000円に対し、鉄道だと「旭川・帯広往復割引切符」があり5600円でバスより安いのだが、有効期間が4日間というのがネックなのかもしれない。
 
 
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 旭川駅の東改札口。
 
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 本当は17時46分発の富良野行きに乗れば、乗り換えは1回で済む。しかし、その前に美瑛行きの区間列車がある事から、せっかくなのでこれに乗る事にする。少しでも明るいうちに富良野線に乗れるし、美瑛で途中下車する事もできる。
 
 
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 放送にも電光掲示にもどこにも表記が無く誰もそう呼んでいないが、この区間列車には「マイタウン列車しろがね」の愛称が付けられていた。そして実際、車内は高校生や買い物・病院帰りらしい人、旅行者でけっこう混んでいて、立ち客も数名存在した。私は美瑛まで立っていて車内を観察していたが、けっこう途中駅での乗降もある。愛称どおり、マイタウン列車すなわち生活列車としての雰囲気が濃厚で、鉄道が地域の足として根付いている事が感じられる。
 
 
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 美瑛着。途中まででかなり降りたが、ここまでもけっこう乗車があった。美瑛までは完全に旭川経済圏である事がわかる。
 
 
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 1951(昭和26)年に建てられた、安山岩質の美瑛軟石を建築材とする美瑛駅舎。
 
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 出札窓口に改札兼務の駅員がつく他、自動券売機も1機設置されていた。待合室は出札前の他にもうひと区画がある。列車が近づくと、方面別の乗り場表示を点灯して改札中を示す。
 
 が、それも18時30分まで。それ以後は窓口が閉められる。私はこの、せっかくの有人駅なのに始発から終発まで駅員が完全に配置されず、途中で無人になってしまうというシステムが良くないのではないか?と思っている。
 
 有人駅と無人駅では、利用者の駅に対する安心感が全く異なる。冬は当然、駅員のいる時間しかストーブも点灯されないし、掃除や不審者の警戒や、その他、駅員の存在は駅を公共空間として保っていく上で細かい面を見れば存在感が大きい。
 
 また、ワンマン列車の場合、有人駅では全てのドアが開くが、無人駅では2両以上の連結でも先頭の運転士脇のドア1カ所しか開閉しない。料金収受がある為だが、そうした不便も利用者に強いる事になる。
 
 さまざまな事故や不祥事で鉄道への信頼感が揺らいでいる今こそ、有人駅の営業時間のあり方を根本的に見直し、駅から地域との信頼関係を構築しなおしていく必要があるのではないか?と思っている。極端な話、こうした点も人々が駅や鉄道を離れてバスへと気持ちが移っていく原因のひとつだと思う。
 
 
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 美瑛で次列車へ乗り継ぎ、18時58分に富良野へ到着する。全てのドアが開くと思ったら、ここでも先頭のドアしか開かない。既に富良野駅は18時に窓口営業を終了しているからである。反対に、この車輌の折り返し運用である19時07分発の旭川行に乗る大勢の人達が、最後尾のドア前で待機しているのが見える。ワンマン運転の場合、こうした事が起こる。
 富良野規模の駅で営業時間を制限するのは、あまりにも硬直的な運用である気がしてならないのだが・・・。
 
 
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 さて、19時10分発の池田行快速狩勝に乗り換える。奥が今乗ってきた富良野線のキハ130系。手前が快速狩勝のキハ40系。
 
 
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 跨線橋から狩勝を見たところ。ここでも結構な高校生が狩勝へ乗り込んでいた。
 
 
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 ちなみにこの列車、急行時代からの伝統ある「狩勝」の名称を引き継いだ快速列車で、乗降扉脇には昔ながらの列車名表示板が誇らしげに下げられている。だが、車内放送では「快速ワンマン列車です」としか言わない。 
 
 
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 そう思ったら先頭の方向幕が「快速ワンマン」だった。快速ワンマンって、呼称としてちょっと残念な気がするが・・・。狩勝の名をもっと使って欲しいなと思う。
 
 
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 東鹿超で行き合い列車の僅かな遅れがあったが、ほぼ順調に狩勝峠手前の落合に到着。ここで数分停車するのは、この先のトンネル内で石勝線と分岐する「下落合信号所」の関係だと思う。
 
 乗客の流動は、山部、下金山、幾寅でけっこうな降車があった。高校生の利用が、わずか1名ではあったが落合まであったのは少し意外だった。落合発車時点での乗車客は、私の他に旅行者らしき2人連れと山女らしい大きなザックを持つ女性の4人。日常利用者と思われる人は居らず、狩勝峠が生活圏を上川と十勝とに隔てる文字通りの峠である事を実感する。
 
 もうひとつ実感したのは幾寅で、予想外に下車客が多かった。幾寅は南富良野町の中心地で、やはりこの町の人達にとっては重要な生活路線であり、また経済圏が隣接する富良野で、十勝の交流が無い事もあらためて実感できた(なお、別に聞いた話では、夏にプール学習の子供達が峠を越えて新得へ来る事はあるとのこと)。
 
 
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 狩勝峠を越え、新得着。ここで私以外の旅客は全て降りた。山女風はトムラウシへでも出かけるのだろうか?旅行者2人連れは後から来た上り特急列車に乗り換えたので、トマムで一泊するのかもしれない。
 
 ここで30分近く停車。行き合いの滝川行普通列車の他、下記の2本、つまり合計3本の列車を待避するのである。この快速狩勝は、この先帯広までは十勝清水、芽室しか停まらない。つまり特急スーパーとかち並みの通過列車なのだが、いかんせん、富良野を出て以来、行き合いなどで停車する時間が少し長い。そのため、実は旭川〜帯広までの所要時間は、別に普通列車を乗り継いだ方が20分近く早いなどの矛盾が生じている。
 
 もっとも、こうして停車時間が長いと、ホームを歩いたり改札を出てみたり、特に急ぐ訳でも無い身には体を伸ばせる良い時間なのだが、単純に所要時間を考えると、敬遠される理由にはなるのかもしれない。
 
 
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 上り特急スーパーおおぞら14号を待避。
 
 
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 上り貨物列車とも交換。この先、十勝清水でも貨物との交換があり、さらに途中の帯広貨物駅では出発線で待機する貨物列車と、構内で入れ替え中のDF200の姿が見えたから、夜の根室本線はやはり貨物列車が主役のようである。収穫の秋を迎え、十勝発の貨物が最も賑わいを見せる時期に入った。
 
 
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 22時06分、帯広へ到着。列車はこのまま池田まで行く。仕事帰り、学校帰り、呑み帰りらしき数名の乗車があり、再び生活列車の雰囲気を帯びてきていた。
 
 冒頭の話だが、なぜ学生が汽車から離れていくのか?その理由は運賃の他にもあるのではないか?というのが、今回少しわかった気がする。運賃がバスよりも高く、所要時間もバスなら3時間15分〜3時間30分なのに対し、鉄道は最短でも4時間6分、そして基本的には富良野で乗り換えなければならない。富良野線はけっこう利用者が多く、座れないかも知れない。
 こうなると、現代の学生は汽車には乗らない。都市間バスが好条件で走っている以上、乗る理由がみつからないのだろう。せめて旭川〜帯広の直通列車を増やせば良いと思うのだが、そうした実験的な事をする余裕は今の鉄道には無いのかもしれない。
 
 

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コメント

美瑛の駅、なかなかの趣ですね。昔の同僚(先輩)のお父様が美瑛の駅長を務めていらしたのを思い出しました。その方は、その前は、いまは無き湧網線の計呂地駅長でした。

旭川も帯広も、国鉄最後の時期に訪れたきりで、新しい気動車には乗ったことがありません。
札幌の都市圏輸送はともかく、地方の都市圏輸送や、都市圏間の特急以外の列車の実態もよく知りません。

峠越えの普通列車がほとんどない石北本線と違って、根室本線は峠越えがまだ結構あるんですね。
急行「狩勝」には、34年前に下りの寝台車に乗りました。したがって、昼間の狩勝峠を越えたことはありません。

JR北海道は大きな試練の只中ですが、こういう地道な営業に力を注げる環境になるといいですね。

投稿: かわて | 2013年9月 6日 (金) 22時27分

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