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2013年6月

2013年6月26日 (水)

水田の傍らでヤナギトラノオが群生

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 25日火曜日、士別市立多寄中学校で特別授業の為、朝、多寄地区へ向かった。十勝から上川へ来ると、やはり水田へ目が行ってしまう。
 
 
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 水田の脇の農道は、早朝から農家の方が草刈りをしたらしい。のぞいてみると、ヤナギトラノオが群生。瑞々しい緑と黄金色の花序が爽快だ。
 
 

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2013年6月25日 (火)

東大雪を通って上川往復

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北海道ただいま良い季節です。本州の方はぜひ北へどうぞ。

 
 
 

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2013年6月17日 (月)

ウマノアシガタと怪鳥の声と小さな駅の幕別

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 道ばたにアヤメが咲いている。
 
 十勝の歴史ここに始まると息巻く豊頃町に、十勝ワイン50年でいよいよ盛り上がる池田町。それに比べていまひとつ地味な町、幕別。だがこの町も、意外に面白い。
 アヤメ咲くそんな幕別を散策する。
 
 
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 幕別台地の一角にある肉牛放牧地。こうした草地の際には側溝があり、その付近は結構湿っていて、意外にも野生の湿生植物がよく生えている。
 
 
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 オーチャードグラスとミヤコザサに挟まれた感じで「アヤメ帯」が形成されていた。
 
 
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 防風林ではスズランが満開。在来種のスズランは花茎が葉より低い事が多く、パッと見た感じでは満開さがわかりづらいが、結構咲いている。
 
 
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 スズランは道路にもはみ出していて、トラクターなどに無造作に踏み付けられていた。一見、無残だが、これ良い光景だなあと思う。もともとスズランは十勝にたくさん生えていて、根系で増えるし有毒なので家畜中毒の原因にもなるし、農家には農牧地雑草でもあった。道ばたの防風林に普通に生えていて、トラクターに普通に踏み付けられているスズラン。これこそ、特別な存在ではなく、人々の暮らしに溶け込んでいる野草の、自然な姿とも言えるのではないか?
 
 
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 浦幌・豊頃方面へ行く時などにときどき立ち寄る国道沿いのドライブイン八重洲。昼食をとっていたら目に飛び込んできたのが・・・
 
 
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 ウマノアシガタ。ハイキンポウゲか?あるいは栽培種かとも思ったが、食事を終えて確認するとウマノアシガタだ。驚いてお店の方に聞くと、昔から生えている雑草とのこと。さらに驚いたのは、なんでも親戚に植物好きがいるらしく、「この黄色い花は最近少なくなっているから刈らないように」と言われ、草刈りでも残すようにしているのだと言う。やはり好きな人の見ているものは同じなんだな。
 
 忠実にその言葉を守っているところ恐縮だが、身分を明かした上で標本用に採集させて欲しいと言うと、好きなだけ持って行ってくれと言う。ありがたいお言葉だが、そうは言っても数も限られているし、1本だけ地際から切らせてもらった。
 
 そうそう、ドライブイン八重洲。料理もとても美味しいですので、ぜひお立ち寄り下さい。豚肉スタミナ定食が定評ありますが、私はここのハンバーグカレーが好きです。
 
 
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 幕別町図書館へ立ち寄る。ここは火曜休館だから今日は開いているかと思ったのだが、あいにく今週は蔵書点検週間で閉まっていた。
 
 
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 自動車だけ置かせてもらい、向かいの新田の森へ行く。森の外にお地蔵様が祀ってある。なんでも、かつて新田ベニヤの社員が川を渡ろうとして船が転覆し、亡くなった事があった。その後も何名か渡船時に事故で亡くなったことがあり、新田の社員や有志で地蔵を作ったのだと言う。以前はお寺にあったそうだが、ここへ移されたとのこと。
 
 
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 新田の森ではコケイランが満開。
 
 
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 それ以上に満開なのがこれ。これ・・・なんだっけ?と考えているうちに、頭上でグアーッ、ギャーッと物凄い声がする。
 
 
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 ゴアーッ、グギャーッというものすごい声。ここはジュラシックパークか?と思わせるような(プテラノドンの声はきっとこんななんだろうなという声)怪鳥としか思えぬ声の主はアオサギ。この森はアオサギのコロニーらしい。頭上にいくつも巣がかかり、アオサギが出たり入ったりしている。巣から顔を出している幼鳥も見える。それにしてもすごい声だ。
 
 
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 せっかくなので幕別駅へ立ち寄る。残念ながら硬券入場券は置いておらず券売機なのだが、1枚買ってホームへ出る。
 
 
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 特急が停車しないせいか、ステップに合わせた低い旧式のホームが残る。ホーム長が長いのは、昔の名残と、待避する貨物列車の為だろう。
 
 
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 帯広方面から幕別駅へ進入する下り普通列車2429D。実はこの列車こそ、今朝9時37分に滝川を発ち、今夕17時39分に釧路へ着くはずの、日本で一番長距離を走る定期普通列車である。
 
 
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 やがて池田方から上り特急スーパーおおぞら10号(列車番号4010D)が通過する。本線3番線が直線スルー構造なので、左側通行の原則から外れて、こうした待避形態なのだろう。むしろ下り2429Dが2番線を使わない理由が不明だが、いつもは貨物列車の待避があるのかもしれない。
 
 
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 ホームから新田の森を見る。先程のアオサギ達の声が、プテラノドンよろしくギャーギャーとここまで聞こえる。駅に面してパークゴルフ場がある。
 
 
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 そう、幕別町はパークゴルフ発祥の地として知られている。駅前には、パークゴルフを楽しむ家族らしき像が建っている。
 
 
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 帯広と一体化した市街地の札内地区。行政の中心地ながら昔の街並みを残す幕別地区。合併した旧忠類村地区。南北に細長い幕別町は、自然も歴史も多様で面白い。
 
 駅前のアパートに「空き室あり」と張り紙が出ていた。家賃が安いようだったら、引っ越して汽車通勤しようか?と考えてしまう。
 
 
 
 
 
 

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2013年6月16日 (日)

士別へ日帰り

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 パラタク+中学校での授業の下見で、士別市立博物館へ日帰り。昨年と異なり、三国峠を越えて行く。早朝の4時半に帯広を出発。2時間たらずで層雲峡へ出た。は、はやいぞ。早朝とは言え、自分で自分にびっくりしている。
 
 
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 こちらは峠越え前にトイレへ立ち寄った三国峠の休憩所にて。出発時点の帯広市内は、ものすごい濃霧だった。だが、音更から士幌へ入るあたりでサーッと霧が晴れ、ぐんぐん晴れていく。朝の澄んだ空気と、エンジン音以外はウグイスの鳴き声くらいしかしない静けさが気持ち良い。
 
 
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 あれよあれよと、なんと3時間半で着いてしまった。富良野経由で行った昨年は5時間くらいかかったのだが・・・。早朝に出たからスイスイ進んだとは言え、こんなに近いのか?と驚愕である。
 
 水田の無い十勝から上川へ来ると、やはり水田に興味が行く。久しぶりの水田で、思わず水草(水田雑草)を探してしまうが、この水田はきれいで雑草は無かった。
 
 

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 士別にはカトリック教会がある。あまりにも早く着いたので、日曜日だし、聖堂へ入れさせていただき、少し祈ってから行こうと思ったのだが・・・。写真はカトリック士別幼稚園。地図を見ても住所を確かめてもここのはずなのだが、幼稚園の建物しか見当たらない。
 ちょうど通りかかった街の方に、「この幼稚園を運営している教会はどこですか?」と尋ねると「この中にありますよ」と教えてくれる。だが、建物をグルリと一周しても、教会の看板も入口も見当たらない。幼稚園と共通玄関なのかな?と思い、玄関のガラス戸に手をかけても開かない。
 呆然と見上げていても始まらないので、聖堂訪問はあきらめた。これでは初めて教会を尋ねてみようと思う人は、みんなわからないんじゃないかなあ。せめて幼稚園の入口に案内を出せば良いのに。それとも、地元の方が知らなかっただけで他に聖堂が移ったのだろうか?いずれにしても不思議だ。 
 
 
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 教会がだめだったので駅へ行ってみる。ちょうど8時11分の普通列車が着いたところ。待合室から構内を眺めていると、ステップの段差解消の為にかさあげされたホームの端に、旧ホームの石垣組みが見える。このホーム構造はどんどん減っているので、士別市立博物館で写真や図面を保存しておく事を勧めておこうと思う。
 
 
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 駅で見つけたもうひとつの文化財級備品「伝言板」。
 おお!これは懐かしい。むかし地元の綱島駅にも伝言板があり、中学生の時に友人との待ち合わせで使った事がある。携帯電話が普及して「役割を終えた」と撤去された駅が多いのだが、今でも現役なのかなあ。だが、チョークが無かった。
 これもやがて撤去されるかもしれない。そうしたら、ぜひ士別市立博物館で資料として残して欲しい。
 
 

 

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2013年6月15日 (土)

ぶらり帯広を開催

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 今日は歴史・民族・自然史の学芸員と町歩きをしながら、地域の歴史や自然を知る「ぶらり帯広」。街中でいろいろな分野の話をする行事は楽しい。雨だったのが残念。 写真はカトリック帯広教会。聖堂と帯広のキリスト教史はもちろん私の担当。

 
 
Photo_2    帯広墓地の依田勉三のお墓。帯広墓地には、十勝にゆかりのさまざまな方が眠っている。
 そしてお墓には、維管束植物の他、藻類や地衣類などさまざまな生きものも暮らしている・・・という話をした。
 
 
 
 
 
 

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2013年6月13日 (木)

トチノキが満開

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 緑ヶ丘公園ではトチノキが満開を迎えている。
 
 

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 標本用に採集したトチノキの花序。でかいから、正直なところめんどう。

 

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 それと、花が落ちやすい。考えた末、2つある花序のうちの1つは、小花をなるべく落として標本に。

 

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 トチノキは雄花と両性花がある。これは雄花。圧倒的に雄花の方が多く、散りやすいのも雄花である。華やかな花弁の中から7本の雄ずいが伸びている。

 

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 両性花は少ない。探した結果、まだ元気な両性花を見つける事はできなかった。その代わり、花序の下の方で2つ、既に花季を終え、子房の膨らみ始めた両性花を発見。

 木の花を観察する機会は少ないので、できればいろいろと教材化もしたいところ。

 

 

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2013年6月 9日 (日)

斜交線(火防線)でみつけた跨線橋の絵

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 こんどの土曜日(15日)には、「ぶらり帯広」が開催される。歴史、民族、自然史の学芸員と共に町を歩きながら、ふだん何気なく通り過ぎている景色の中に隠れている、街中のおもしろい事を発見して行こうというもの。
 今年は帯広駅東部地区で、駅北東の大通から伸びる火防線がスタート。帯広墓地までぶらぶらと歩く。そこで最近、下見で火防線の植物を見て回っている。今日はフジが咲いていた。
 
 
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 ズミも満開。近くにはエゾノコリンゴも植えられている。けっこう様々な植物が植わっており、興味深い。が、園芸樹木の中には私にはわからないものも結構ある。園芸種って、好きな人には野生植物以上の面白さがあるみたいなんだけど、どうも私は苦手。図鑑片手にあれこれ調べるが、どうしてもわからないものが3つくらい残っている。当日までにわかるかなー。
 
 
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 さて、今は遊歩道となっている火防線。この一角に公衆トイレがある。このトイレの壁に大きく描かれているのが・・・。
 
 
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 大通跨線橋。かつて開かずの踏切だった大通踏切を解消し、帯広駅構内東部を横断していた陸橋の絵である。誰が描いたんだろう?
 
 
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 キハ183系500番台の「おおぞら」と思われる列車が描かれている。ヘッドマーク部分が青いところとかもそれっぽい。裾まわりのカラーリングが実車に近いと思う。
 
 
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 跨線橋の上には、帯広機関区の機関庫が描かれている。その横の引き込み線。これ、ひょっとして十勝鉄道?いやいや年代が合わないか。やはり帯広機関区の構内引き込み線なのかなあ。ただ、場所的にはここら辺にかつて、十勝鉄道の「帯広大通」駅があった。こうした話をしながら「ぶらり帯広」楽しんでいきましょう。
 
 
 

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2013年6月 8日 (土)

今年もハイコウリンタンポポ咲く

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 今年もハイコウリンタンポポの花が咲いた。特に、八千代線沿いの芝生は、昨年度よりも増えている気がする。
 
 
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 十勝池側の芝生では、コウリンタンポポも開き始めた。キバナコウリンタンポポも生えており、まさにHieracium天国な状態である。
 
 昨年は石川県自然史資料館、富山県中央植物園の学芸員とも連絡をとりあい、情報交換をした。この春、それぞれの館から調査報告の載った紀要が送られてきた。分布情報の把握と共に、今年は結実率や根系の様子など、生態面でのデータをとる予定。
 
 

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2013年6月 7日 (金)

浦幌、豊頃、池田を調べて回る

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 今日は休み。先日、豊頃町の教育委員会からトヨコロスミレに関する問い合わせがあり、ちょうど開花している頃なので海岸へ行く。シロスミレViola patrinii DC. ex Ging.の純白品種なのだが、品種学名にtoyokoroensisと豊頃の名が入っている。ちなみに、ウラホロイチゲの学名はAnemone amurensis (Korsh.) Kom.で、学名には浦幌がはいっていない。
 
 町の名が学名になっている。そうした意味で、たとえ品種と言えども豊頃町教委が町の花として認識しておく事には意義があるだろうと思い、生花と標本を届けると約束していた。
 
 
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 来てみると海岸は濃い霧に包まれていた。午後にも立ち寄ったが、この日は一日中、霧だったみたいである。帯広や浦幌市街は暑かったのだが、海岸は霧のせいか、意外に寒い。
 
 
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 スゲの季節かと期待して来たのだが、まだ少し早かった。同定に良い季節を迎えていたスゲはコウボウムギだけ。ムギと名乗っているがイネ科ではなく、カヤツリグサ科のスゲ類である。
 
 
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 一方、満開だったのはコウボウ。実に紛らわしいのだが、こちらはイネ科である。スミレを覆うように生えていて、黄白色の葯を下げていた。「コウボウ」がイネ科で「コウボウムギ」がカヤツリグサ科。和名の変なところである。
 
 コウボウの足下にはスミレが満開。たまたま手近にあった個体の花を開くと、スミレの特徴のひとつである、側弁基部の毛が無い。あれ?と思い、いがりまさしさんの『日本のスミレ』図鑑を開くと、毛のタイプを品種「ワカシュウスミレ」と呼ぶのだそうである。ワカシュウは若衆。まだ毛も生えない若輩者の意味だろうとの事。
 
 
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 イネ科もコウボウ以外はまだな感じ。だいたいコウボウって春はやくに咲くと思っていたので、今コウボウと云う事は、他はまだだろう。オオウシノケグサの草原も、まだ昨年の枯れ草が目立つ。
 
 
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 一方、元気だったのがイグサ科のスズメノヤリ。既に果実を付けて凜と株立ちしていた。Luzula って早いんだな。
 
 
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 エゾオオバコも満開。海岸生のオオバコで、車が通るような所にびっしりと群生し、一斉に花穂を上げていた。
 
 
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 標本を作る場所を借りに、浦幌町立博物館へ立ち寄る。すると館長の佐藤さんから、ちょうど「変わったエンレイソウがある」との質問があったので見て欲しいとの事。すぐ近くの山だったので、町の方と直接行ってみたところ、雑種のシラオイエンレイソウだった。
 
 
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 これがシラオイの両親であるミヤマエンレイソウ(左)とオオバナノエンレイソウ(右)。ミヤマは花が終わりかけで、花弁が赤くなってきていた。シラオイもミヤマと花季が同調しているのか、やはり花弁も赤味を帯びてきていた。オオバナノエンレイソウはまだしばらく開花期の様子で、純白の花弁を付けて立っている。
 
 
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 お昼を食べて博物館へ戻ると、図書館の方からレファレンスの結果が提供された。浦幌町立博物館は図書館と博物館(と教育委員会の事務局)が同居している。館長はどちらも佐藤さんで、学芸業務をこなしている。
 
 一方、図書館には栗本さんと三上さんという腕利きの司書さんが居られ、先日お願いしていた浦幌炭礦に関するレファレンスの回答を用意して待っていてくれた。道立図書館や帯広図書館へも照会して下さり、かなり細かな情報を提供していただく。
 
 各地の町村を見ていると、特に学芸員不在の町村では、町の図書館が地域研究の拠点になっている。その場合、やはり箱が立派でも優秀な司書がいるかどうかで、図書館活動の成否は左右される。幸い、いままで出会ってきた町村の図書館には、こうした司書の方が多く、とても頼もしいと思う。学芸員ももっと頑張らなければなあ。
 
 
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 帰りに豊頃町図書館へ寄り、教育委員会の鏑木さんへトヨコロスミレを届ける。いきなり鉢植えを持参したのでびっくりされていた。申し訳ない。ご自分でも昨日の晩に撮ってきたのだが、これがそうなのかが分からなかったと言うので、写真を見せて貰う。
 
 また、ちょうど先日、町の方から、十勝川の河川改修で使っていたエキスカや工事軌道の機関車の写真をもらったので見てみないか?と言われ、貴重な写真を3枚拝見する。ちょうどエキスカベータと工事軌道の写真を探していたので、実に良い資料だ。写真は十勝川改修の工事軌道の機関車で知られる「い」号。細かな情報がわかったらお知らせするとお話して辞する。
 
 浦幌でも豊頃でも、自然史と鉄道史の話が行ったり来たりして、ときどき頭が混乱するが、それも面白い。
 
 
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 先日の下見で確認していた、謎の斑入スミレを見るために池田町の清見ヶ丘へ立ち寄る。吉屋信子文学碑にへばりついていて、花は終わりかけ。ようやく1個体、まだなんとか同定できそうな花を採集して帰る。
 
 
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 帰りは清見ヶ丘温泉へ寄る。ちょうど金曜日は100円引きで320円だった。2010年頃、泉質がガラリと変わり、また戻った事で知られる清見ヶ丘温泉。ここしばらく、また泉質に変化が出ているらしい。今度はしばらく様子を見るとのこと。
 
 十勝は銭湯感覚で入れる温泉が随所にあって、フィールドへ出ると帰りに寄るのが楽しい。
 
 

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2013年6月 6日 (木)

日本で二番目に美味しいラーメン・丼物

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 幕別町忠類で。ほんとかこれ。でも惹かれるものがある。
 
 
 

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2013年6月 5日 (水)

エゾノタチツボスミレ3色

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 帯広市緑ヶ丘公園では、エゾノタチツボスミレが満開。ここには、青花、青と白が交ざった花、白花と、大別して3色のエゾノタチツボスミレが見られる。場所を変えてまとまっているのが興味深い。
 
 
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 アカネスミレもまだまだ咲いている。道沿いの芝生に埋もれるように潜んでいる。
 
 
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 ツボスミレも盛んに花を開いている。これが咲くと夏の実感が沸く。
 
 
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 傍らではフデリンドウも咲いている。折しも雨が降ってきたせいか、花がみんな萎んできてしまった。
 
 
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 オオヤマフスマも林床に点々と白い花を見せている。
 
 
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 枯れ葉に紫色の小さな花の色が映えるカキドオシ。
 
 
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 黄色い花を点々と咲かすミツバツチグリ。
 
 
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 樹木ではクロビイタヤが満開。
 
 
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 これは植栽逸失なのだろうが、林内にはメギもある。
 
 
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 孤高のササバギンランが、歩道沿いに忽然と立っていた。まだ蕾。薄い雨の中、初夏がゆっくりと過ぎていく。
 
 
 
 

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2013年6月 4日 (火)

ついにS-Netでの標本情報の公開が始まった

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 当館の植物標本情報が、ついにWeb上から検索できるようになった。国立科学博物館のS-Net(サイエンスミュージアムネット)に登載されたのである。第一弾は2506点。さっそく検索してみよう。
 
 まずは国立科学博物館のホームページを開く。中段のメニューから「研究と標本・資料」を選択してカーソルを合わせると、「標本・資料データベース」の項目が出るのでクリックする。
 
 
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 標本・資料データベースのページ。ここから中段の「サイエンス・ミュージアムネット」を選択してクリック。
 
 
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 サイエンス・ミュージアムネット、いわゆるS-Netのトップページ。今度は、ここから「自然史標本情報検索」のページを選択するのだが、簡易検索はこの段階でも始められる。ここでは当館の収蔵標本をリストで出すために「詳細ページへ」をクリックする。
 
 
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 検索の詳細ページ。いろいろな方法で検索が可能。ここでは最下段の「所蔵博物館」の空欄に「帯広百年記念館」と入れてみる。入力したら「検索」をクリック。
 
 
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 すると、帯広百年記念館で所蔵している標本のリストが出てくる。学名が青地で表示されており、それらをクリックすると詳細情報が見られる仕組み。初年度という事でまだ2506件しか登録されていないが、今後少しずつ増やしていく予定。試しにここでCarpinus cordata(サワシバ)のひとつをクリックしてみる。
 
 
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 最終的な標本情報画面。中札内村で採集されたサワシバの採集情報が閲覧できる。ただし、ラベルに書かれている事の一部のみ。さまざまな事情から、全ての情報を公開してはいない。これ以上の詳細情報は、実際に来館して標本を閲覧してもらう必要があるが、そもそもデータベースの目的は「探しに行くべき目的の標本を探すこと」にあるので、これで十分である。
 
 さあ、次はこの標本が有効に活用されるための収蔵庫整備(標本棚の設置)や、利用規則づくりだ。今日も市内の大山緑地を調査している帯広畜産大学生に、標本の使い方を指導、今後は自由に調べに来るはずだ。こうして標本が学習・研究に積極的に利用されるように環境を整備する事が、私のもっともベースとなる仕事である。
 
 

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2013年6月 3日 (月)

図書館主催のバス見学会の下見で浦幌へ

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 9月に図書館主催で行うバス見学会「ふるさと探訪」。今年は私が講師で鉄道史関係の土地などを巡る。十勝太の鉄道予定地、浦幌炭礦鉄道の駅予定地、上厚内の木造駅舎などなど。今日は担当の図書館職員おふたりと下見に行った。
 
 図書館主催という事で、十勝ゆかりの作家の文学碑にも立ち寄る。写真は池田町清見ヶ丘に建つ吉屋信子の文学碑の位置と碑文を確認する、帯広市の腕利き図書館員2人。両人ともなかなか個性的で楽しい。
 
 小説家吉屋信子は、1920(大正9)年に大阪朝日新聞の連載でデビュー作となる「地の果てまで」を、池田町在住の兄のもとへ滞在した1917(大正6)年夏の3ヶ月間で書き上げたのだという。
 
 
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 こちらは幕別町の若山牧水歌碑。場所がわからなくて散々探した。
 
 歌人、若山牧水は、1926(大正15)年10月に、妻を伴って幕別温泉を訪れたのだという。そのときの温泉は日新坂を下った丘の下の途別川沿いにあり、黒田温泉という名だった。途別川には「吐月橋」という橋が今も架かっているが、この橋の名付け親が若山牧水だと言われる。
 牧水は黒田温泉を気に入り、再訪を語っていたらしいが、幕別を去って2年後の1928(昭和3)年9月に他界。再訪は叶わなかった。
 
 
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 明治36(1903)年にこの地へ入ったと言われる、厚内の旧斎藤牧場事務所。いまは近づく事ができないので、厚内駅の跨線橋から眺める。浦幌町指定文化財。
 
 
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 厚内駅舎。無人化、簡易委託解除から数年が経ち、右側の小さな待合室スペースしか使われていない。ちょっともったいない。
 
 
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 こちらは浦幌町常室の、浦幌炭礦鉄道中浦幌駅の建設予定地だった場所。この奥に浦幌炭礦跡があるのだが、冬に土砂崩れがあり、現在も通行止めで途中までしか行けない。
 
 あとは本番の9月、天気が晴れる事を願うばかり。
 
 

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2013年6月 2日 (日)

夜明けの図書館第2巻が発売

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 図書館の世界で司書達に話題となっている漫画がある。それが埜納(ののう)タオさん原作の『夜明けの図書館』5月に待望の第2巻が刊行された
 
 新米の司書さんが、さまざまなレファレンスに対応するという、図書館マンガというかレファレンス漫画である。これは珍しい。ほのぼのとしたストーリーや、地域図書館の原点のような活動ぶりが楽しい。図書館職員やコアな図書館ファンにはお薦めの作品。なにせカレントウェアネスまでも採り上げている。
 
 
 こうなると地域博物館舞台の学芸員マンガも欲しいところ。誰か描いて下さい。
 
 それにしても、念願かなって司書へ就職し、日々、生き生きと図書館で働く主人公が羨ましい。
 
 
 
 

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2013年6月 1日 (土)

シロバナアメリカスミレサイシンを確認

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 「アメリカスミレサイシンではないかと思うのだが、確信の持てないスミレが生えている」との連絡を市民の方から頂き、行ってみた。すると、交差点脇の駐車場と歩道の間に、真っ白いスミレが群生。
 
 
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 ゴツイ根。側弁基部にわさわさ生える毛。そして大きな花と葉。アメリカスミレサイシン Viola sororia Wild.  っぽいが、アメリカスミレサイシンって青花じゃなかったっけ?
 持ち帰ってよく調べてみると、シロバナアメリカスミレサイシンという品種があるのだそうだ。
 
 
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 しばらく観察したり写真を撮ったりした後、とりあえず1株とり、駐車場を管理するホテル宮崎さんへ持って行って、お話を伺う。
 
「そうなの、すごく沢山はえていて真っ白でしょう。でもうちで植えたんじゃないの。ずいぶん増えてるから除草剤まこうかと思ってたんだけど、なんかきれいだからそのままにしてるの。どんどん持っていって良いよ。」
 
 ありがたく数株を採集。標本とする。芽生えもたくさんあったので、この外来スミレ、まだまだ増えるのかも知れない。そして青花のアメリカスミレサイシンも、どこかにあるのかも。
 
 
 

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幕別の武山土平と武山市街を知る

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 幕別を出た根室本線が、利別・池田へと向かう為にグーッとカーブして十勝川を渡る。その十勝川鉄橋のほど近く、畑の一角のようなところに武山土平の墓があった。
 
 
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 昨日、幕別町ふるさと館へ資料調査へ行った帰りに、この武山市街跡へ立ち寄った。恥ずかしながら、この話はこの時まで全く知らず、同行した大和田君(歴史担当学芸調査員)に詳細を教わった。明治31(1898)年、十勝川の洪水で家を追われた人々に、武山は自分の土地を分譲。その数なんと50戸に及び、道路沿いに形成された町並を人々は「武山市街」と呼んだのだと言う。
 
 
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 せっかく形成された武山市街だが、明治38(1905)年に開業した釧路線(根室本線)は、ずっと猿別よりに「止若駅」(後の幕別駅)を設置。やがて市街はそちらへ移り、武山地区は寂れていった。
 
 お墓によると、武山土平は土地を分譲した3年後の明治34(1901)年に亡くなっているらしい。まだ釧路線が浦幌までも到達していなかった時代で、後の衰退を知る事なく世を去ったのは、まだ慰めかもしれない。
 
 

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