11月16日から開催されてきた
道立帯広美術館での企画展「ベル・エポックのポスター展」が明日で終了する。同じ緑ヶ丘公園にありながら、動物園などに比べると日頃あまり接点の無い美術館だが、今回は自身の勉強と興味もあって、連続3回のミュージアムカレッジを受講した他、企画展示室へも都合5回ほど足を運ばせてもらった。今回は帯広美術館のコレクション展ということもあり、いつもよりやや地味な展覧会だったが、私としては興味を惹かれる作品があった。
20世紀初頭ヨーロッパの鉄道ポスターと言えば、カッサンドルが有名だ。日本では沢木耕太郎さんの『深夜特急』の装丁に採用されていて有名なカッサンドル。今回も有名な「フランス北部鉄道」や「北極星号」が展示されている。私も好きなポスターなのだが、今回気になったのはこれではない。
カッサンドルと並んで展示されていた、アーウェ・ラスムッセンの「D.S.B.デンマーク国有鉄道」のポスターから目が離れなくなったのである。
帯広美術館に所蔵されているものと同じラスムッセンの「D.S.B.デンマーク国有鉄道」
ⒸAage Rasmussen (1913-1975)
構図は明らかにカッサンドルを意識しているものなのだが、少し違うのは列車や線路に写実性が残っている点。キャプションにもこう書かれていた。
ポスターの内容を印象づけるべく、厳選された要素、余白を生かした簡素な構成、骨太の文字など、この作品はカッサンドルが打ち出したスタイルから多大な影響を受けている。しかしながら、列車やレールのイラストは写実的な部分を残しており、表現上の冗長さをやや感じさせる。
だが、私の感想は若干異なる。ポイントは線路の枕木の描き方だ。そこには明らかにレール締結装置とPC枕木の一種である短枕木が描き込まれている。全体のデザインは厳選された簡素なものなのに、線路を、それもレール締結装置と短枕木をわざわざ描き込んでいるのは、デザイン上の技術の問題ではなく、意図的なのではないか?と感じたのだ。
もし、レール締結装置と短枕木を、むしろ強調して描いたのだとすれば。画面上部にある時速140kmを指す速度計と共に、このポスターはカッサンドルのような抽象的なスピード感を描いたものではなく、「線路改良による高速化」を具体的に訴えたポスターなのではないか?
ポスターの描かれている年代は1937年である。そこで、ポスターの題材であるD.S.B.すなわちデンマーク国有鉄道の1937年前後に関する資料を集めようと、帯広市図書館のS司書さんにお願いして、いろいろと文献を集めてもらった。これはなかなか難しい要求なのだが、そこはさすがSさんで、いろいろと有益な資料を集めてくれた。ほんと帯広市図書館の司書さん達のレファレンス能力は高いと思う。これが皆さん正規職員ではなく嘱託職員だというのだから、市の人事行政にはほんと腹が立つ。
また、WEBでも情報を収集していたところ、デンマークの鉄道博物館が、ラスムッセンの別のポスターを掲載していた。それは下記のようなものである。
ちなみに今、同館ではこのポスターに描かれている「赤い高速列車」の企画展を開催中らしい。数年前に復元され、動態保存されているのだそうだ。ⒸAage Rasmussen(1913-75) / ⒸThe Danish Railway Museum
同じ1937年の作品。うーん、これは。帯広美術館の所蔵作品によく似ているが、まず速度計の値が違う。帯広美術館のポスターは140km/h。上のポスターは120km/hである。
描かれている車両も異なる。上のポスターは明らかに1935年に登場し「赤い高速列車」と呼ばれたディーゼルカーで、恐らく車種はMB407-417のタイプではないかと思う。一方、帯広美術館所蔵のポスターの車種は、今のところはっきりしない。ブルドックスタイルと呼ばれる前頭部の形状や連結器の形から、似た車種はいくつか出てくるのだが、描かれている年代と合わないのである。これはもう少し調査が必要。
そして最大の違いは線路である。上のポスターは普通の枕木ではないか。PCの短枕木にレール締結装置を描いた帯広美術館所蔵のポスターとは全く異なる。さらによく見ると、上のポスターはディーゼル急行とすれ違っている列車は明らかに煙りを残しており、蒸気機関車牽引列車と思われるが、帯広美術館所蔵のポスターには煙は無く、代わりにスピード感を表す直線が描かれている。
そこで私の出した結論。この2枚のポスターは対比ポスターで、当時は2枚並べて掲出されていたのではないか?すなわち「デンマーク国鉄も最高時速120km/hの時代から140km/hの時代に入りました」というイメージポスターなのではないだろうか?
まあ、単なる思いつきだが、ラスムッセンは意図的に線路を写実的に描いている、と言うのはあながち外れてはいないのでは?と思う。
これも何かの縁。ひとつ帯広美術館の学芸員さんに、私の戯れ言を聞いてもらい、出来ればもう少し深くこの作品に関する考察を進めてみたいと思っている。
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