« 緑ヶ丘公園の秋の植物かんさつ | トップページ | SLとかち号と競馬場軌道 »

2012年8月29日 (水)

新得でバッタ塚を見る

2012_12_2

 このポッコリとしたもの。明治時代に作られたバッタ塚だ。昨日、新得町の文化財審議会の現地調査に参考人として呼ばれて見てきた(私の担当はバッタ塚ではなく、別の場所にあるヒカリゴケ)。


2012_09_2
 草刈りをされ、看板も付いているバッタ塚。

 札幌の手稲山口にもバッタ塚があるが、あちらは畑の畝のように細長いもの。これに対して新得のバッタ塚は、まさに「塚」と言った感じ。草刈りをしてきれいに保存しているものもあるが、「昔はもっとあったはず」と周囲に林内を探すと、うっすらと残っている塚をあちこちから発見!「こんなにあるのか・・・」と、保存を担当する社会教育係の人たちは、ちょっと戸惑い気味・・・。

 明治13(1880)年に石狩地方を襲ったトノサマバッタの大群は、十勝が発生源だった。その発生源を突き止める過程で「十勝」の存在が中央に知られるようになり、開発のきっかけになったと言われている。十勝へお来しの際には、一見の価値がある文化財だ。いや、今回の審議会で町の指定文化財にする方向で話を進めているところ。


2012_14_2
 周囲の植林地の中にひっそりと残るバッタ塚。木が生えてきている。周りのクマイザサの原を探すと、すっかりササに埋もれたバッタ塚が、あちこちから見つかった。
 

|

« 緑ヶ丘公園の秋の植物かんさつ | トップページ | SLとかち号と競馬場軌道 »

十勝」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/572033/55531883

この記事へのトラックバック一覧です: 新得でバッタ塚を見る:

« 緑ヶ丘公園の秋の植物かんさつ | トップページ | SLとかち号と競馬場軌道 »