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2012年7月

2012年7月27日 (金)

帯広貨物駅へ打ち合わせに行く

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 10月に開催される帯広百年記念館の郷土バス見学会。今年のテーマは鉄道で、私が担当する。現在、準備中だが、見学コースの中に帯広貨物駅を入れる予定で、昨日、駅長さんのもとへ打ち合わせに行った。構内を少しだけ見せて頂き、荷役の様子を見学した。
 日通さんのトラックからフォークリフトでコンテナを取り下ろしているところ。背後にこれから積み込むコキ50000形コンテナ貨車が見える。


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 コンテナを持ち上げると前が見えないので、フォークリフトの運転はバック走行が基本なのだと言う。見事なハンドルさばきで次々とトラックからコンテナを下ろし、貨車の所定の位置へ積み替えていく。


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 コンテナ車にどのようにコンテナを積むかは、貨車への重さのバランスなども考慮し、コンピュータで指定している。まさに「指定席券」が発行されるようなものである。迷わずテキパキと積み込んでいく。


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 かつての全国各駅から全国各駅への輸送体系から、拠点駅間直行運転が基本となった現在の貨物列車。実際に貨物列車が停車する駅は本当に少なくなった。帯広貨物駅駅舎の脇に設置されている駅名表は、貨物列車単位のもの。帯広の東は釧路、西は札幌。間に全く駅が無いのが、少し寂しい気がする。

 郷土バス見学会は10月7日。詳細は今後、広報おびひろなどでお知らせの予定。今回、貨物駅はちょっとだけしか見学できないが、鉄道を軸に帯広市近郊を数カ所巡る計画を立案中である。


 

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2012年7月21日 (土)

本別空襲の記憶を伝える押し葉

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 1945(昭和20)年7月15日、当初帯広市を爆撃目標としていた米軍機は、天候の関係で目標を発見できず、雲間から確認された本別町を空襲する。

 この時、燃えさかる街の中を本別沢へ飛び込んだ1人の町民が、川沿いの植物に無意識にしがみついた。その時の記憶を風化させないためだろうか、しがみついた植物の葉を本に挟み込み、なんと今日まで保存されていた。その植物が今、本別町歴史民俗資料館で開催中の「太平洋戦争と本別の人々」展で公開されている。

 パラタクソノミスト養成講座で、いわゆる押し花と標本の違い、などをよく講義している。しかし一方で、人々は記憶や思いを押し花にして残すという、美しくはかない文化を継承しており、時として標本以上に当時の記録としての重みを発揮する場合がある事は事実だろう(もちろん植物学的な評価とは別ものだが)。

 秋に本別町で開催する移動展「博物館はなぜ標本を集めるのか?」では、北方守備隊の兵士として得撫島に配置された1人の兵士が製作した「押し花帳」(北海道大学総合博物館所蔵)と共に、この「本別空襲の押し葉」も並べ、人々の記憶と押し花に関するコーナーとして展示したい。

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2012年7月18日 (水)

「フラスモ」か「フラスコモ」か?

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 北海道大学総合博物館で始まった「藻類は人類の未来を救う」展。コンブなどの海藻に限らず、食品から医薬品までさまざまな分野に素材を提供している「藻類」の世界の一端が紹介されている。


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 会場の入口では、なんと生きたマリモが展示されている。はるばる阿寒湖から運ばれてきたのだ。もちろん、展示が終わったら阿寒湖へ帰る。いわば出張中のマリモである。


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 さて、この企画展で私が興味を持ったのが、車軸藻類のNitellaだ(写真右の標本。左はカタシャジクモ)。車軸藻類は、一般的な淡水藻類よりも体が大きく、私たち維管束植物の研究者も水草フロラなどを調査する際には、調査対象として採集する。その際に感じていたのがNitellaの和名で、「フラスモ」「フラスコモ」の2種類の和名が存在するのである。

 私たち維管束植物の研究者は、一般に「フラスコモ」を用いる。環境省のレッドリストも「フラスコモ」と書かれている。ところが、藻類研究者の文献では「フラスモ」が多い。そもそも和名の初記載文では、どうも「フラスモ」と書かれているらしいのである。その事を今回初めて知った。

 じゃあ、「フラスモ」の「フラス」って何?というのが次の疑問である。すっかり定着してしまった「フラスコモ」に対し、正しいはずの「フラスモ」が普及しないのは恐らくその疑問のためである。藻類、奥が深い。
 
北海道大学総合博物館 http://www.museum.hokudai.ac.jp/news/article/142/ 
 
 

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2012年7月17日 (火)

帯広中心部で「まちなか写真展」

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 帯広市開基130年・市政80年記念写真展「まちなか写真展」が始まった。帯広百年記念館で収集した昔の帯広市街地の写真を、図書館・帯広駅をスタートに、駅前通、藤丸百貨店、広小路商店街、大通り商店街に点々と展示。駅構内や店頭などに、いろいろな写真が飾られているのを眺めながら、街歩きを楽しめる。
<写真展示箇所はこちら>
http://www.octv.ne.jp/~hyakunen/machinaka-shasinten.html


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 商店の店頭に飾られた写真。


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 駅前通の駐車場入口に掲出された写真。


 毎週日曜日には、駅前通と広小路が歩行者天国になり、路上への写真展示も開催。8月19日まで。
 
 オビヒロホコテン http://www.hokoten.net/
 藤丸百貨店 http://www.fujimaru.co.jp/
 広小路商店街 http://obihiro-hirokoji.net/
 


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2012年7月13日 (金)

復元しにくいバス路線図

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 明後日から帯広駅構内で展示する「まちなか写真展:駅編」用に作成したパネルのひとつ。2つの資料をもとに、かつて帯広市内を走っていた国鉄帯広自動車営業所所管のバス路線図を復元してみた。ボンネットバス時代の国鉄バスと女性車掌、廃止間近のJR北海道バスの写真の近くに展示する予定。

 ただ、先輩の学芸調査員さんから、もっと古い路線図は無いのか?と助言をいただく。まったく御指摘のとおりで、この路線図は帯広営業所廃止時点における所管路線図。展示している写真は昭和30年代の写真なので、できればその時代の路線図を復元したかった。

 ところが、鉄道と異なり、路線バスの資料というのは殆ど残っていない。これは全国共通で、細かな改廃や事業者・営業所の統廃合が多い事も関係するが、最大の難点は「線路を持たない」事ではないかと思う。つまり、独自のハードを設置してその上を走るのと異なり、完全共有空間である「道路」を走る路線バスは、形として資料が残りにくいのではなだろうか?(←札幌市営バスの廃止以後、個人的に考えている私論で定説ではない)

 昨年、苫小牧市営バスが廃止され、車輌・路線が道南バスへ委譲されたが、その際の苫小牧市博物館の動きは素早かった。交通部と連絡をとり、可能な限り、博物館へ資料を収蔵したのである。反面、帯広百年記念館には資料が何も無い。図書館にも入っていない。無理も無いなあと思うが、ある程度の資料収集や研究体制が整っている鉄道史に対し、これからはバス史というものも意識の上に置いておかなくてはならないと思っている。

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 バス路線図と共に復元した、かつて帯広から分岐していた国鉄・会社線の路線図
 
 

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2012年7月12日 (木)

4つの餌には何のアリが来る?来ない?

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 昨日の森の里小学校の授業。3年生は毎月、アリの生態をテーマに観察授業をしている。今回は池田学芸員の発案と仕込みによる「アリの餌」がテーマ。4種類の異なる餌を置き、アリがどの餌に最も集まってくるか?また、餌の種類によって来るアリは異なるのか?どうやって運んでいくか?などを観察する。


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 池田さん製作の観察セット。餌には「小麦粉、粉チーズ、砂糖、塩、挽き肉、アブラムシ、はちみつ、ハエの死体、パン、タンポポの種、クサノオウの種(エライオソーム付き)、クワガタゼリーが用意された。これを3つの班に分け、4つずつ載せて10分間観察。観察結果は後日、教室へ帰ってからまとめる。

 暑い中、熱心にアリを見つめていた子供たち。さあ、集計するとどんな結果が出るのでしょうか?

 

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2012年7月 9日 (月)

丁寧に標本を作るということ

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 資料部研究員を務めている北海道大学総合博物館で、ワニグチソウの標本を調査中。いつもここの標本を利用しながら思うのは、明治・大正期の先人たちが作った標本の正確さ、美しさ。

 このワニグチソウの標本は1917(大正6)年に現在の函館市湯ノ川付近で採集された標本で、札幌農学校の宮部金吾・工藤祐舜の標本コレクションのひとつ(この標本の採集者は別人)。丁寧に花が切り開かれ、同定のポイントとなる花糸(雄しべの柄)の粒状突起が観察できるように作られている。こうした細かな処理は、自分がきちんとこの部位を確認しているというアピールにもなるし、100年後の私のような人物が研究しやすいような配慮にもなっている。

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 後々まで利用しやすい標本を作る心がけ。乾燥機で一気に大量の標本を作ってしまいがちな私のような人間は、吸水紙を毎日毎日交換しながら丁寧に仕上げられていた時代の標本を、こうして研究利用させていただく度に、宮部金吾先生の視線を感じるような冷や汗をかくのである。

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