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2012年6月 1日 (金)

十勝鉄道専用線が終わってしまった

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 帯広貨物駅から日本甜菜製糖芽室製糖所を結んでいた貨物専用線が、ついに最終日を迎えた。途中の西帯広にある日本オイルターミナルの石油輸送が5月末で終了し、日甜だけでは採算がとれる見込みが無いための廃止である。運行を受託していた十勝鉄道の最終列車出発式が、午前9時から芽室製糖所の構内で開かれ、最終列車の見送りに出かけた。


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 出発式の看板と、待機する列車。


Photo_2

 挨拶に立つ十勝鉄道社長と、お別れに集まった十勝鉄道、日本甜菜製糖、日通、帯広市などの人たち。他にも鉄道ファンや地元の市民、報道関係者が集まった。


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 最終列車はDE10とDE15の重連で運行された。満載のコンテナは中は空。輸送は昨日5月31日で終了している。連結されたコンテナ車は7両で、全体で9両の編成だった。編成の中身は下記のとおり。

 DE10 1543 (帯広貨物駅方先頭)
 DE15 1525
 コキ52716
 コキ50797
 コキ51466
 コキ53146
 コキ50765
 コキ52558
 コキ51974 (芽室製糖所方末尾)


Photo_4

 高くて長い汽笛を発した後、ゆっくりと発車。たくさんの社員さんが拍手をし、手を振って見送る。


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 手を振る社員さんに、機関士も手を振って応える。ゆっくりとゆっくると構内を出て行く列車を見送っていると、涙が出そうになってくる。


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 帯広貨物駅へ貨車を届けた後、1時間ほどで機関車のみ芽室製糖所へ戻ってきた。


Photo_6

 機関車の前頭部に描かれていた十勝鉄道の社章が消された。


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 最後までお別れに残った鉄道ファンと報道陣。この日は、十勝毎日新聞、北海道新聞などの各新聞社も取材に来ていた。記者さんの中には連日取材で通っているうち、すっかり十勝鉄道に親近感を持ってしまった方も居られた。NHKは夕方のニュースで報道したらしい。
 専用線の廃止については、どうしん鉄道研究会のスタッフブログでも詳しく紹介されている。
http://blog.hokkaido-np.co.jp/tamatetsu/archives/2012/05/post_106.html#more


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 やがて機関庫へ入り、シャッターが降ろされる。私たちはここでお別れ。機関車はこの後、再び庫を出て帯広貨物駅へと移動。もうこの機関庫へ戻ってくる事は無い。


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 こうして十勝鉄道専用線は終わってしまった。帯広へ来てから1年あまり。休みの日になると、よく西帯広や芽室製糖所へ運転を見に行った鉄道がついに無くなってしまった。十勝鉄道はトラック専業の会社として存続するが、かつて帯広部線と清水部線を保有し、十勝の発展に寄与した鉄道は、とうとう最終日を迎えてしまったのである。
 現在、この十勝鉄道に関する運行関係資料、営業資料など、十勝の鉄道史の記録になる資料を収集できないか、打診している。いくらかでも、十勝最後の私鉄の足跡、後年の鉄道史研究に貢献できるような資料保存ができないかと考えているところである。

 
 

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