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2012年4月

2012年4月26日 (木)

苫小牧市勇武津資料館と新冠町郷土資料館

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 24日火曜日、苫小牧市博物館へ標本を返却した帰り道、せっかくなので久しぶりに日高沿岸を走って帯広へ帰る事にした。そこで、まだ行った事の無かった苫小牧市の「勇武津資料館」へ立ち寄る。


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 資料館そのものも意外と新しくきれい。並んでいる資料も興味深かった。一方、資料館の立つ、日高本線勇払駅近くの公園には、「蝦夷地開拓移住隊士墓所」があり、八王子千人同心などのお墓がズラリと並ぶ史跡となっていた。苫小牧への和人入植のルーツらしい記念公園だった。


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 続いて新冠町で「新冠町郷土資料館」へ立ち寄る。新冠町と言えば「レ・コード館」が有名だが、郷土資料館も頑張っている。


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 面白いのは、資料館前庭にクロビイタヤが植えてある事。新冠町は、かつて宮部金吾が発見し、ロシアのマキシモヴィッチへ送付して新種記載された、クロビイタヤのタイプロカリティなのである。


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 だからクロビイタヤは、新冠町の「ふるさとの木」に指定されているのである。クロビイタヤが町の木に指定されているとは、なかなか渋い、そしてアカデミックな町だと思う。

 その後、霧の日高沿岸道路を北上し、浦河町から天馬街道で日高山脈を抜けて大樹町入り。帯広へと帰ったのだった。

  
  
  
  

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2012年4月21日 (土)

カエルは全部で何頭だ?

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 今日はカエル講座。午前中は一般参加者を交えての博物館講座「カエルは全部で何頭だ?」。午後は連続講座「カエルはみんなの先生だ」。どちらも、緑ヶ丘公園内のエゾアカガエルの生息数を調査する講座で、午前中は一般公開前の野草園内を調査した。


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 緑ヶ丘公園の中もフクジュソウが満開になってきた。子供達の歓声が響く児童遊園地のすぐ近くで、黄金色の花が競うように咲いている。今日はカツラの開花も確認できた。


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 十勝池には、カルガモ、マガモに次いでヒドリガモの姿も見られた。帯広測候所のアメダスによると、日中の最高気温は15.5℃まで上昇。朝は寒かったが、昼前には暑さも感じる気候となり、春を楽しめた一日だった。

 
 

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2012年4月20日 (金)

セイヨウタンポポ咲く

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 昨年は4月5日に開花を確認した、おびひろ動物園裏口近くの坂道で、今日、セイヨウタンポポの開花を確認した。2週間以上の遅れである。しかも昨年の4月5日は、既に多数の個体が咲いていた。今日の確認は1個体だけである。春の遠い2012年であった。

 私はまだ確認していないが、野草園や大山緑地近くの石王緑地では、アズマイチゲも咲いたらしい。昨日、幕別町の新田の森で、咲く寸前のアズマイチゲを見た。次に気温が上がったらすぐ咲くだろうなと思っていたが、それが今日だったようだ。

  
  

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2012年4月19日 (木)

幕別町の記念碑を少し巡る

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 今日は休み。自動車のオイル交換をした後、隣町でありながら、日頃なかなかきちんと訪れていない幕別町を少し回ってみることにした。史跡を巡りながら、各地の植物の開花状況もチェックしていく。まずは郷土資料館である「幕別ふるさと館」を訪れる。


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 何か鉄道関係資料があるだろうかと探してみると、まずは転轍機が目に入った。キャプションが「腕木式信号機の矢羽根」とあるが間違いで、普通転轍機標識である。と思ったら・・・


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 ちゃんと腕木式信号機の腕木もあった。ただ、なんだかゴチャゴチャとした中に放置している感じの展示の仕方だ。


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 「鉄道レール」と書かれている、かなり古いレール。しかし、いくらなんでも細く小さすぎないだろうか?これは本当に鉄道用のレールだろうか?隣には猿別川鉄橋に用いられていたレンガが展示されており、そちらは本当だと思うのだが、このレールがセットだったとはちょっと考えにくい。調べてみる価値のありそうな資料である。


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 今回、興味を持ったのがこの作業用電燈。「日東式積卸作業燈」が正式名称らしい。


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側面に日通のマークが刻印されている。
恐らく貨物ホームでの貨車からの積卸の際に用いられていた燈火と思われる。「日東式」というのがどれくらい普及していたものなのか?いつ頃のものなのか?など興味深い。これもきちんと調べてみたい資料だ。

 幕別ふるさと館は結構大きな資料館で、展示資料もそれなりに多い。にも関わらず、学芸員が配置されていない。展示の仕方も、どこかぞんざいで陳腐化も進んでいるように見える。せっかく興味深い資料が収蔵されているので、ぜひ学芸員を配置して資料台帳を整備し、調査研究に活用できるように整えてほしいものである。


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 幕別ふるさと館を出て市街地へ向かう。幕別駅裏手の新田の森記念館へ寄るとまだ冬期閉館中。次に国道38号線を南下し、豊頃町との境目附近にある幕別町新川へ向かう。旧新川小学校敷地内に立つ「軌道客土完成記念碑」を訪れた。

 軌道客土とは、土地改良事業における土砂運搬を機関車牽引による列車で行うもので、専用の工事軌道を敷設して行われたものである。道営事業として1952年から開始されたもので、「ナベトロ」などの独特の貨車が見られた事で知られる。以前からこの記念碑の存在は気になっていて、一度きちんと見ておこうと思っていたものである。


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 国土地理院の一等水準点と並んで設置されている「軌道客土完成記念碑」。軌道客土については、上川支庁のサイトに詳しいので、リンクを貼っておく。
http://www.kamikawa.pref.hokkaido.lg.jp/ss/nks/kidoukyakudo.htm


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 次は、十勝川に近い幕別墓地内にある「ヤムワッカウタリ慰霊碑」。ヤムワッカ(止若)は幕別の旧名である。解説によれば、国道242号線の改修工事の際、20体のアイヌ遺骨が発掘され、無縁仏として墓地の一角に仮埋葬した事が、慰霊碑の発端だと言う。


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 碑に並ぶ2本の墓標が独特である。これも幕別町資料の解説によれば、今ではめったに見られないアイヌ式墓標で「クワ」と言うらしい。ふたまたになっている方が男性用の墓標(オッカヨクワ)、1本になっているのが女性用墓標(メノコクワ)とのこと。どちらも初めて見るもので、興味深い。


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 最後は、幕別町相川の旧相川小学校跡地に立つ「作曲家 万城目正氏の生地」看板である。国道38号線沿いにある。万城目正(まんじょうめ ただし 1905-68)氏は、あの有名な「りんごの唄」の作曲者である。現在のNHK連続テレビ小説「梅ちゃん先生」でも、焼け跡の街で女学生が歌ったり街中にレコードが響いていたりと、戦後の復興を象徴する歌が「りんごの唄」だが、その作曲者が十勝の出身だとは思ってもいなかった。残念ながら碑はなく、幕別町の立てた解説看板だけだったが、「りんごの唄」は好きな歌なので、その作曲者が隣町の出身と知って、ちょっと嬉しい。


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 万城目氏生地の看板の近くには、旧相川小学校を記念する碑と、タイムカプセルが埋めてある事を示す碑が立っていた。


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 旧相川小学校校舎と体育館は、現在では「まなびや相川」の名で地区センターのような施設になっているらしい。トイレを借りに入ると、体育館からバスケットボールの練習に励む子供達の元気な声が聞こえてきた。

 幕別町は広い。歴史もあるし、旧忠類村地区まで含めると、史跡も多い。幸い、幕別町は「幕別町 歴史の散歩道」という1枚物の史跡分布図を無料配布しており、これを片手に、これからも時間を作って幕別町全域の史跡を訪ねたいと思う。

 
 

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十勝池から霧が出る

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 昨日の夕方。「珍しく十勝池に放射霧が出ているよ」と言われ外へ行くと、なるほど池が霧で白くなっていた。


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 昨日は一日雨だった。気温も低めで寒かった。「放射霧」なのか「蒸気霧」なのか、よくわからないが、大気の温度と水面の温度にギャップができたのだろうか?


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 いまだ咲く花も少なく、フェノロジーが気になる、今日この頃だ。

  

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2012年4月16日 (月)

グリーンパークに春が戻り、大山緑地は冬

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 昨日15日は、一日とても良い天気だった。気温も高めで、昼頃には帯広市の緑ヶ丘公園内も、散策などをする人の姿が目立った。児童遊園地には子供の歓声が響く。


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 グリーンパークの雪もほぼ融けた。キャッチボールをする親子や、敷物を敷いてお弁当を食べる男女の姿など、春の休日らしい、のどかな光景である。「ああ、冬が開けたんだな」と思われる。


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 今年はハンノキ類の花の付きが悪い。しかし、シラカバは例年と同じように見える。ただし、まだ咲いておらず、固いままの雄花序を見上げているだけではあるが。


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 数字前は1羽だけだったカルガモが増えた。水面の氷が融けた部分でゆったりと泳いだり、まだ残る氷の上に上がって休んだりしている。


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 こちらは今朝の大山緑地。溜まった水にマガモが1番泳いでいて、何かついばんでいた。胴長を履いた帯広畜産大学生が2人、腰下まで水に浸かりながら、水位計のチェックをしていた。昨年の今頃はアズマイチゲも咲いていたのだが、今年はまだ寒々しい光景が広がっているのみである。

 

 

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2012年4月15日 (日)

簡易てがみ(簡易書簡)を手に取る

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 昨日、資料調査でおうかがいした、帯広市大空団地の市民の方の家で、初めて「簡易てがみ(簡易書簡)」を間近に見た。この方は切手のコレクターなのだが、そのコレクションの中に含まれていたもの。左が「簡易てがみ」で、右がその後継となる現在の「郵便書簡(ミニレター)」である。本来の調査資料とは別物だが、とても興味があったので、お願いして写真に撮らせてもらった。


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 「簡易てがみ」は、1966(昭和41)年の郵便法改正以前に存在した、郵便書簡の前身。戦前には「封緘はがき」と呼ばれ、郵政省が用意した切手付き封筒だった。当時の「簡易てがみ」は郵便法上の規程は特に無く、料金は封書料金10円に封筒代として2円がプラスされた12円で販売されていたと言う。先述の1966年の改正で消滅し、現在の郵便書簡へと変わった。郵便書簡に変わってからは、「封筒代」は料金に含まれなくなり、以後、現在まで、封書で手紙を出すよりも安くなっている。

 普通のハガキ(50円)よりもたくさん書く事ができる他、総重量が25gを超えなければモノを入れる事も出来る郵便書簡の料金は、現在60円。封書(第一種定型郵便物で80円)よりも安い。あまり知られていないが、もっと活用されて良い郵便商品である。

http://www.jp-network.japanpost.jp/services/post/postcard/index10.html

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2012年4月14日 (土)

博物館は家電をどう集めているのだろう?

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 一昨日、鉄道史写真の寄贈申し出があり、調査にお伺いした市内のお宅で、「こんなものは資料にならないでしょうかねえ」と持ち出されたカラーテレビ。少し変わった形と、1980年代に作られ、最近まで使われていたという事で、少し考えた後、「資料として活用できるかどうかは、こちらに任せて頂けますか?」という条件の上で、お引き取りしてきた。「日立カラーテレビ C6-620」である。


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 正面の様子。


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 正面下面に、いわゆるチャンネルがレバー式で並んでいる。「チャンネルを合わせる」というよりも、ラジオのチューニングに近い。


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 背面に各種出力用端子。


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 側面の調節用つまみ。室内アンテナが始めから付いているが、外部アンテナを差し込めるようにもなっている。反対側にはイヤホンの差し込み口も付いている。


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 背面の様子。


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 底面に貼られた銘板。最終的に、現場ではこの銘板を見て、受け取るかどうかの判断をした。1982年前半期製造の日立製作所製トランジスタ式ブラウン管テレビである。この1982年という年代に、資料としての稀少性があるかもなあと思ったのである。

 帰館後、さっそく日立製作所の資料を調べてみると、C6-620型は1981年から製造開始されていた。今回の資料は製造開始2期目のものらしい。ネットを検索してみると、オークションなどで現在も取引がされている、昭和終期の家電である。ただ、家電と言っても画面サイズが小さく、病院のベット脇などに置かれて使われていた、比較的個人用の補助家電だったと思われる。


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 帯広百年記念館の常設展示室には「十勝のくらし」コーナーがあり、壁掛け時計、ラジオ、蓄音機が展示されている。付近にはミシンや衣料などのコーナーもあるが、テレビは無い。また、年代が昭和初期から中期くらいまでのものである。

 一般に、昭和終期の家電は、まだまだ博物館の展示品としては少数派である。高度経済成長期に入ったところで資料収集が終わっているケースが多く、消費文化が定着した時代に入ってからの資料は、かえって少ないのである。

 ただ、だからと言って、どのように資料を集めるべきかというと、これはかなり難しい問題である。時代を象徴するような資料性のある品を、どのような基準で定めるべきか、その判断が難しい。ただ、この年代の品々は時代がまだ身近すぎて文化資料としての認識が低く、どんどんと廃棄が進んでいるのも事実である。

 今回のカラーテレビ、もし当館の資料として適合しないようであれば、家電を方針として収集している他の博物館をあたってみようと考えていた。結果的には、生活文化史担当の学芸員が受入を了として下さったので当館へ収蔵される予定だが、テレビをどのように博物館が収集しているか、ネットで公開されているデータベースなどをあたってみた。断片的なネット情報なのではっきりした事は言えないが、予想どおり、資料として博物館で公開されているテレビは、ほとんどが登場初期の型式に限られるようである。

 また、そもそもテレビの博物館というものが存在しない。ラジオに関しては「日本ラジオ博物館」などの民間博物館などが明確に収集対象としているが、テレビに関してはNHKの「放送博物館」が唯一なのではないだろうか?また、今回のテレビの製造元である日立製作所の企業博物館も存在せず(鉱山資料館は存在する)、日立市郷土博物館が少し関連製品を集めている程度らしい。

 地上派デジタル放送の時代に突入し、そもそもが薄型テレビが主流となった現代。昭和後期から平成初期にかけての、ブラウン管テレビと液晶テレビは、もはや歴史資料となるべきである。では、どのようにその資料を収集していくべきなのか?場当たり的な記念品収集ではなく、科学技術史、産業技術史としての資料体系を確立すべき段階に来ていると思われる。まずは、全国の博物館にどの程度、テレビが資料として保存されているか?のデータベースでもあると良いのだが。

  
  

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2012年4月10日 (火)

フクジュソウが咲く

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 4月7日、今年最初のカエル講座の際、野草園内のウツベツ川で、今年最初のフクジュソウ2個体の開花を確認した。公園内の別の場所でも蕾を数個体見ていた。今朝になり、帯広百年記念館駐車場脇の芝生でも、ようやく開花が確認された。


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 道道八千代線から見た野草園の中。急速に雪が融けてきており、開いたところからポツポツとフクジュソウが咲いてきている。


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 こちらは八千代線の東向き斜面。昨年はここが一番最初の開花だったが、今年は遅れた。


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 ところで今年は、どこもハンノキ類の花が少ない。昨年は満開だったが、今年はポツポツ。全く花穂を見ない木もある。一斉不作の年なのかな、と思いきや・・・


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 どんな集団にも統制を乱す者がいるもので、一個体だけ、花穂をたくさん付けたケヤマハンノキがあった。美術館の坂を下りてきたところ、野草園の角に立つ一個体。昨年の果実の殻ばかりが目立つ緑ヶ丘公園にあって、この個体だけ、頂部にたくさんの雄花序を下げていた。不思議なものである。
 
  
  

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2012年4月 7日 (土)

五月人形を展示

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 5月5日こどもの日から一ヶ月前。今日から帯広百年記念館では、ロビー展「五月人形展」が始まる。昨日、その準備が行われた。


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 ひな人形に比べると、ひとつひとつのパーツが大きく、セッティングはずいぶんと楽。だが、もろい部品もあり、取り扱いに気を遣う点は変わらない。


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 小さな民芸調の人形があるかと思うと


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 マサカリ担いだ金太郎もいる。ただ、この金太郎。鬼の方が小さいので、弱い者いじめをしているようにしか見えないのだが・・・

 五月人形やひな人形は、恐らくどの博物館でも収蔵があり、毎年この時期に展示されている。当館の収蔵品もそうだが、それだけ収蔵があるのならば、展示だけではなく、民具の比較研究などの材料としてきっと使えるに違いない。単に年中行事として展示するだけでなく、資料研究の成果と合わせて展示する事が今後の目標になると思うし、各館の連携にもつながるだろう。そのためには、収蔵している人形たちのデジタル目録化と公開が必要だと思われる。

 ロビー展「五月人形展」は、来月5月6日まで開催。入場無料。

http://www.octv.ne.jp/~hyakunen/index.html 帯広百年記念館

 

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2012年4月 1日 (日)

「枝の主日」にマルミノウルシを掘り出す

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 昨日の夜は雪がひどかったが、今日は良い天候だった。十勝池の岸辺の雪解けが進み、少しずつ地面が見えてきた。


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 「根回り穴」とか「根開き」とか呼ばれる、木の幹の周囲から雪がとけていく現象。真っ白な雪に対して、木の幹は色が濃く、太陽光の熱を吸収して温まり易いというのが一番の理由だが、他にも細かい要因がいくつか絡んでいるらしい。


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 帯広百年記念館の正面玄関付近も、少しずつ雪がとけだし、春めいた雰囲気である。そこで、今日は館の北側壁沿いで越冬させておいたマルミノウルシの鉢を雪から掘り出し、正面玄関への展示へ向けて準備を始めた。


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 屋根から落ちた雪が積もり、埋まっていたワグネルポットを掘り出して、庁舎南側へ並べた。ポットの中の雪を手でかきだしてみると・・・


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 昨年の秋に顔を出している越冬芽があらわれた。じっと雪の中で耐えていた、たくましい芽である。凍った雪がのっかっている間は生長しないかと思っていたが・・・


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 こちらの芽を見ると、少し生長が進んでいるようである。感温だけでなく、やはり時間も休眠覚醒のひとつのポイントになっているのだろうか?興味は尽きない。データとってないけど。

 しばらく日当りの良い場所に放置して、ポット内の雪をとかし、表面のゴミをとる。その後、玄関脇に並べて、昨年のように展示したいと思っている。


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 ところで今日は午後出勤で、午前中に教会へ行った。教会は今日から聖週間。カトリックでは今日のミサは「枝の主日」である。最後の晩餐から十字架の受難日を得て復活するまでのイエスを記念した特別な一週間の始まりで、エルサレムへ入城したイエス一行を群衆が枝を掲げて歓迎した事から、この祝日が定められている。元来はシュロの葉を聖別してかかげるが、日本ではソテツの葉を用いる。教会では「枝」と呼んでいるが、植物学的には「葉」だ。帯広教会のミサで用いたソテツを頂いてきた。

 さて、これを博物館で展示して良いものか?私は雛祭りなどと同じく年中行事の風物として紹介しても良いと思っているのだが、やはり日本の公立博物館では少し宗教色が強すぎるかなとも思う。悩みどころだなあ。

  
  

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