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2011年12月

2011年12月25日 (日)

好きな駅前

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 横浜市金沢区の京浜急行金沢八景駅前は、私の好きな空間である。とても小さくて雑然とした駅前には、駅前食堂、書店、惣菜屋などがひしめいている。母方の祖母の墓参で降りる度に、この光景が変わっていないことに安心する。

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 駅前から県道へ向かう狭い通り。写真左側には小さなお総菜屋さんがあり、いつもここでコロッケやハムカツを買ってから県道へ出て、神奈川中央交通バスで墓へ向かう。光景に変化が無いと思っていたが、県道の向こうではマンションの建設が進む。あと何年、この駅前が続くだろうか?


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 新逗子方面への分岐点でもある金沢八景駅。京浜急行は、羽田空港などを抱える東京口と、横浜市街から三浦半島へ向けての神奈川口で、装いが全く異なるのが面白い。

  
  

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2011年12月21日 (水)

東京大学総合研究博物館ただし展示は見ず

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 12月19日に標本調査で訪れた東京大学本郷キャンパスにある東京大学総合研究博物館。大学博物館として実験的な試みの展示で有名な博物館である。ただし、実は私は未だにここの常設展示を見た事が無い。いままで何度か足を運んでいるのだが、いつも裏口から標本庫へ行ってしまい、標本調査をしているだけで時間が過ぎてしまうのである。同じようなことが京都大学総合博物館や国立科学博物館筑波実験植物園でもあり、これらの博物館は収蔵標本数が多い事もあって、そちらに時間をとられてしまうのである。これは良くない事で失礼な事だとも思う。やはり調査と見学は別々に計画するべきなのだが、結局「こんど標本を見に行った時に見学しよう」となってしまう。今回も展示は見られなかった。


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 北海道にいると北大の標本庫がでかいなと思うが、やはり東大の標本庫は大きい。何が大きいって、ここには離弁花類と単子葉類が納めてあるだけで、合弁花類は小石川の東大植物園に収蔵されているのである。分担が必要な程の規模という事だろう。


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 整然と並ぶ標本棚。やはり標本は棚に入れて収蔵するべきものだな、とつくづく思う。うちも標本棚欲しいなあ。


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 ジーナスカバーに種ごとに挟まれた標本で、棚の中は満杯。赤いカバーはタイプ標本である。

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 歴史ある標本庫は、どこも未整理標本の山を抱えている。院生学生研究員が総動員で整理にあたっても、山はなかなか崩れていかない。論文に名前が出る研究者の裏側では、こうした地道な標本管理の努力を積み重ねてきた多くの無名な人々の存在がある事を忘れてはならない。


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 「ここに段ボールを置かぬこと」 なんだか切なくなる。


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 標本庫の窓際の一角に机や顕微鏡があり、このスペースをお借りして調査を実施する。標本はただしまってあるだけのものではなく、展示の為のストックでもなく、やはり研究に使う為の大切な資料である。収蔵する博物館は、いろいろな人に標本を使ってもらえるように、情報を公開したり、研究スペースを用意したりする。細かい事だが、大切な事である。


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 私たち植物担当の学芸員や研究者は、日常的に多くの標本庫を行き来している。そこで目的の植物を調査する訳だが、訪問先の標本庫の標本に誤同定のものや学名の変更があったものを見つけた場合、「同定ラベル」とか「アノテーションラベル」などと呼ばれる紙片を標本に貼ってくる。「私の見解ではこの標本はこの植物だと思います」という意思表示である。世界中の標本庫で、いろいろな学芸員がこうして気の付いた点を同定ラベルにして貼り付けていく。その結果、お互いの標本庫の精度が向上していくのである。逆に言うと、誰も訪れてこない標本庫はいつまでたっても進化していかない。いつから行われている習慣なのかわからないが(とても興味ある事だが)、よく考えられた風習である。かくして、私も今回、2点の標本に同定ラベルを付してきたのであった。


  

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2011年12月19日 (月)

品川で帯広が展示される

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 横浜滞在3日目の12月18日。この日はまずは国立科学博物館のFさんに会う。久しぶりにお会いするFさんは北海道大学大学院時代の先輩。東京駅の八重洲中央改札で待ち合わせ、喫茶店に場所を移して、今後の標本データベース構築について打合せをした。当館の標本データは既に大半が入力されており、このデータを科博経由で公開することで、「利用の為の資料保存」が一歩進む事は間違いない。Fさんは全国の博物館の標本データをネット上で公開する為のデータベース構築に勢力的に取り組まれている。御自身も植物分類学の研究を進めておられ、その人柄からもいろいろな人に頼りにされている。

 さて、Fさんと別れた後、午後は品川へ移動。高輪にある「物流博物館」へ行く。


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 実は物流博物館で開催中の企画展「物流写真館」で、帯広駅がとりあげられている。帯広百年記念館にも照会があり、帯広市図書館所蔵の駅史が展示に用いられている。せっかくなので、その展示の様子を見に行った。受付で挨拶をすると歓迎されてしまい、かえって恐縮。二人いる学芸員のTさんとMさんが応対して下さった。


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 小さめながら、外観も内装もきれいな博物館。学芸員の方によると、もともと日通の社内研修施設のようなものだったらしい。10年程前に博物館として開館したのだと言う。


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 企画展では、物流に関わるモノやヒトが、写真や資料で紹介されていた。


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 展示の最初が、いきなり帯広駅である。根室本線帯広駅は、今でこそ客貨分離され、いわゆる帯広駅は高架の旅客駅になってしまったが、かつては客貨を扱う「一般駅」で、物流の基本機能をひととおり備えた駅だったらしい。


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 それを示しているのが、この帯広駅構内配線図。配線図に記された設備を写真入りで解説することで、鉄道輸送が中心だった時代のさまざまな仕組みを知る事ができるのである。興味深い。


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 物流には、「運ぶ」という機能の為の「包む」という機能が付随する。いわゆる「梱包」。学芸員Tさんの専門はまさにこの「梱包」らしい。昔の豆類の梱包に興味があり、今度十勝へ調査に来てみたいと話していた。


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 日通の帯広支店から寄贈された資料もあった。


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 鉄道輸送、船舶輸送、航空輸送、自動車輸送と、さまざまな運送形態があり、それぞれの昔の様子が紹介されていた。中でも鉄道輸送は最も関心のあるところ。車扱輸送盛んな時代の貴重な写真が目を引く。手小荷物輸送についても触れられていた。このあたり、じっくり話を聞いてみたいなあ。


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 思わず「おっ!」と声が出てしまった、横浜線小机駅の写真。私の卒業した高校の最寄り駅である。鉄道で到着した荷物を駅前でトラックに積み込んでいる様子が写っている。いまでは全く変貌したが、高校時代の駅舎はまさにこれで、良い雰囲気を残した駅だった。


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 謝辞には「帯広市図書館」の文字。こうして地域資料が活用されるのは有意義なことだし、資料の利用実績としてもっと市民にアピールした方が良いと思っている。


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 地下の常設展示室の圧巻はジオラマ。物流の拠点となる貨物駅、港湾、道路、空港がジオラマとして表現されており、鉄道と自動車は実際に動く。Nゲージを使っているから150分の1規格。昼間と夜が再現されていて、特に夜が良い!

 物流博物館のサイト http://www.lmuse.or.jp/


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 物流博物館の隣はカトリック高輪教会。


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 教会の前には「江戸の殉教者顕彰碑」が建つ。1623年12月4日、三代将軍徳川家光により50名のキリシタンが火刑に処された事を発端に、最終的には江戸全体で2000名が殉教した出来事で、これを「江戸の大殉教」と呼ぶ。


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 その後、急いで横浜へ戻り、神奈川県立歴史博物館、横浜開港資料館、横浜都市発展記念館へ行く。開港資料館では「港都横浜:近代日本のナビゲーター」と題した企画展を開催しており、明治時代に日本のユリを海外へ輸出していた横浜植木会社のカタログや、明治初期の郵便史資料群である五味コレクションなど、いずれも興味深い資料が展示されていた。ここは博物館ではあるが、館種としては文書館に近い。文書や写真など第一級の資料を収蔵していて、質の高い研究成果と共に、ときどき面白いテーマで企画展が開催されている。横浜へ帰ると、よくここの図書室へ寄って調べ物をする。


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 横浜都市発展記念館は旧横浜中央電話局の建物を利用したもので、みなとみらい線の日本大通り駅に接している。近代都市として発展をとげた横浜について資料収集調査研究を行う博物館で、その成果が展示で公開されている。ここは紀要の内容が面白い。という事は館が趣旨としている研究対象と私の興味関心が一致しているという事なのだろうが、横浜の都市発展史を近代史、考古学の他、生活文化史や地理学などの視点を交えて構築されている一連の研究テーマがとにかく面白い。実は資料の件で学芸員(ここは調査研究員という職名だが)の方にお会いするつもりだったが、残念ながら時間切れ。また今度にする。


 昼間は先輩にお会いしたが、夜はやはり大学院時代の研究室の後輩で、今は横浜植物防疫所で勤務されているTさんとお会いする。私の生家の最寄り駅と同じ東急東横線沿線に住んでいるので、近くで呑むことに。北海道の大学で縁の出来た友人と、横浜の、しかも近所で呑むというのが不思議な感覚だったが、お互い久しぶりで話が弾んだ。

神奈川県立歴史博物館 http://ch.kanagawa-museum.jp/
横浜開港資料館 http://www.kaikou.city.yokohama.jp/index.htm
横浜都市発展記念館 http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/
 

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2011年12月18日 (日)

神奈川県立公文書館「鉄道がかさねた日々」展

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 神奈川県立公文書館で、平成23年度第1回企画展「鉄道がかさねた日々」が開催されている。本当は今日で最終日のはずだったが、好評につき、年内いっぱい継続するとのこと。昨日は午前中に展示解説があり、参加してきた。


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 小さいながらも展示室があり、企画展が開催できるようになっている。公文書や写真などの関連史料を展示する文書館としては、横浜にも開港資料館があるが、こうして市民に公開することで、文書の収集・保存に対する意義を理解してもらい、関心を高めてもらう効果があるだろう。


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 神奈川県立公文書館所蔵の文書や写真の他、個人からの寄託資料や他機関からの借用資料などが展示され、神奈川県内の鉄道史を概観できるようになっている。いろいろと興味深い資料があり、また丁寧な展示解説があったので、1時間の解説もあっという間に過ぎた。駅長の日誌や、現在の京浜急行の前身である湘南電鉄と京浜電鉄が接続した日ノ出町付近の当時の地図など、興味が尽きない。


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 文書を丁寧に見ていく事で、これまでに気がつかなかった事が明らかになったり、不明だった部分が解明されたりする。行政文書を保存する事の重要性に気づく。このファイルのような文書は帯広市役所にもあるが、歴史資料として保存するという意識に欠けている事が多く、保存状態が悪い。展示を見ながら、帯広そして十勝の文書の行く末が気になって仕方がない。


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 綴じ込まれている図版を、痛めないように展示する為の工夫。ブックエンドを効果的に用いている。ちなみに図版は、かつて存在した箱根登山鉄道小田原市内線の「軌道線実測平面図」。軌道法により、道路に線路を敷く時には、道路関係部局の許可が必要になるが、その時の資料とのこと。


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 こちらも、資料を傷めないようにゲタを履かせている様子。細かい所に展示手法の工夫が施されているので、こうした所をよく見ておき、自分が事業をするときの参考にしたい。

 1973-93年まで神奈川県横浜市に暮らしていたが、県立公文書館へ来たのは初めてだった。企画展は会期が延長されているのでまだ見る事ができる。相鉄線二俣川駅からバス。がんセンター前のバス停を降りるとすぐ。

神奈川県立公文書館のサイト http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f1040/

 
 

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2011年12月17日 (土)

横浜の墓地にて

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 昨日から標本調査で横浜へ来ている。横浜には現在、父が一人で暮らしている生家があり、そこへ滞在しているのだが、ここへ立ち寄るのも久方ぶりである。今年は1月に、父の姉にあたる叔母が亡くなったが、都合がつかずに葬儀にも出なかった。前後の都合がどうしてもつかず、移動を含めて4日間の滞在で、しかも標本調査に加えて2つのセミナーをこなす事になったため時間がとれないのだが、合間を見て墓参に行った。

 しばらく手入れされていない墓の周囲には、雑草が群落を形成している。ホトケノザなどは花まで咲いている。昨日の朝、帯広は氷点下だったので、羽田空港へ降りた途端に暑くてならなかったが、植生の状態を見ているとまるで別の世界である。しかしお墓の周囲にホトケノザというのは、洒落ている。


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 実は私は墓地無用論者である。お墓というものは無くて良い、あっても共同墓地があれば良いと考えている。お墓、墓参さらには葬儀という行為そのものが、死者の為というよりも残された人間の心の安らぎの為に存在する。それ自体は良いのだが、家が分かれていく度に細かくお墓が増え続けていくという事に、私はどうも馴染めないのである。かと言って「●●家之墓」というのはもっと反対で、旧来の家制度そのもの、しかも末代まで「墓を守る」という行為がついて回るというのだから、全く民主国家日本の制度としてどんなものか?とまで考えてしまう。私の両親のように離婚してしまうと、当然ながらそれぞれ別々の墓に入っていく事になり、そこでまたいろいろと面倒な事が出てくるようで、全くいつまで死者の為に生者が犠牲になるような風習を続けていくのか?とうんざりする事も多々あったりする。

 もっとも、それはあくまでも私個人がそう思うだけで、それを他者に押しつける気は全く無い。お墓を大切にしている人が大多数なのは事実だし、今存在するお墓というものに対しては誠実に向き合っていきたいとも思う。なので、横浜へ帰る時にはこうして祖母の墓参に来たりするのだが、一方で私は墓地という環境がなかなか好きなのも事実である。


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 第一に、およそ墓地というものには喧騒というものが無く、静寂に包まれている。また、植生の自然度が高い場合も多い。さらに、独特のしっとりした環境があって、大抵はシダとかコケなどの隠花植物なのだが、いろいろと面白いものが見られたりもする。仏花を立てる筒の水などには、植物プランクトンが大量に発生していたりする。


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 Adiantumがびっしりと生える、墓地の石壁。ものすごい量が壁を埋めていて圧倒される。


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 ハタゴケの仲間だと思うが、これもたくさん壁に貼り付いている。


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 墓地を囲む森林も結構深い。母方の祖母の墓があるこの墓地は、財団法人が経営する霊園で、周囲は常緑の照葉樹が混じった自然林に囲まれている。夏に来ると林縁には、神奈川県の花に指定されているヤマユリをたくさん見ることができる。さすがにユリは無かったが、キク科やイネ科の花はまだまだ咲いており、関東の自然林を感じる事ができる。


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 実際、この霊園の真向かいの森は、横浜市の自然観察の森が設置されている。


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 時間のある時には、墓参の帰りにここへ寄る事がある。今回は残念ながら時間が無くて立ち寄れないが、静かな墓地と言い、この森と言い、なかなか良い所である。


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 この墓地のある横浜市金沢区周辺には、このように崖の中腹で母岩をえぐったような場所を見る事が多い。そして、中にはこうしてえぐった空間に仏像を安置している場合がある。磨崖仏(まがいぶつ)と言い、この地域独特のものである。崖のえぐれた部分が崩れてしまった場合には、仏像だけ崖の外に出して安置しているものもある。このあたりは横浜市の中でも鎌倉方面に接している所で、独特の文化があったのだろう。一度ゆっくり見て回りたいと思いつつ、今回も時間の都合で観る事は叶わなかった。


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 変わって、こちらは夕暮れ時の港北区の墓地。父方の祖母の墓があるここは、檀家の墓を集めた昔ながらの農村墓地である。もう使われていない火の見櫓が残っており、夕空に櫓の影が映える。その向こうに、横浜港に立つランドマークタワーと、東海道新幹線新横浜駅前に建つプリンスホテルが見える。ミナトヨコハマとオカヨコハマの2つの象徴が、遠く並んで見えるのである。かつては樹林と畑が広がっていたのだが、今はすっかり住宅が迫っている。

  


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2011年12月14日 (水)

十勝池の夏と冬

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 今日の十勝池。池には氷が張り、木々の葉は落ち、ただ針葉樹の黒々とした姿が目立つ、モノトーンの世界。静かな冬の池の光景である。


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 7月18日の十勝池。上の写真と同じ角度から撮影したものである。池に浮かぶボート、自転車の走る畔、木々の緑・・・。夕陽があたって鮮やかさが増しているせいもあるが、同じ池とは思えない程の異なる光景である。

 定点撮影は記録にもなるし面白いなと実感した。
 
 

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2011年12月13日 (火)

「出前講座」について出前してもらいました

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 私は帯広大谷短期大学で学芸員課程の非常勤講師を担当している。科目は「博物館教育論」。およそ教育者らしくない私が教育論とは笑止千万!だが、学芸員は研究者・技術者そして教育者としての側面を持っており、実際に博物館教育という業務をも担い、教育技術の研鑽に努めてみたりしている。

 今日は出前講座をとりあげる。理論はいろいろあるが、まずは実例を実際に見て貰いたいと思い、帯広百年記念館で実際に出前講座を担当している学芸員のIさんと博物館資料調査員のKさんにお願いして、学生達の前で披露してもらった。


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 通常、博物館は「来てもらう」場所。しかし、待っているばかりではなく、距離や経費などの物理的制約から来られない人、そもそも博物館の存在を知らなかったり、意識に無い人などに対して、こちらから博物館機能を持参して出かけて行くのが出前講座である。博物館の実物資料を用い、あるテーマについて、実際に手に触れたりしながら理解してもらうプログラムである。


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 「ミニ百年記念館」という箱の中に、エゾリスの剥製や巣などの実物が入っている。また、それらを理解を助けるための補助教材も入っており、二人組の講師が台本に則ったかけあいをすることで、観客にエゾリスの事を理解してもらう、というのが今回の出前講座。もともと小学校低学年を想定して作られているプログラムだそうだが、なかなか良くできており、短大生はもとより社会人一般でもこの内容で充分つかえるものである。


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 モノを見せたり写真を見せたり、質問をしたり答え合わせをしたり、参加者との絶妙なやりとりを繰り返しながら、長すぎない適度な時間で集中力を保ちながら展開する。簡単そうで、なかなかよく練られたプログラム。同僚ながら、これまできちんと出前講座を見たことが無かったので、ひたすら感心してしまった。


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 学生達の反応も上々。まさに「出前講座」について出前してもらった感じだが、とても良かった。来年もまた来てもらいたいな。

  
  

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2011年12月12日 (月)

帯広市産業開発公社専用線(十勝鉄道)を追いかける一日

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 今日も十勝は天気が良い。最近は展示準備やら原稿書きやらで忙しかったので、公休日の今日は少し気分転換をしたい。そこで、西帯広〜芽室方面へ、貨物列車の写真を撮りに行くことにした。

 まずは大成駅へ立ち寄り、その後、芽室との間にある陸橋へ。少々ダイヤが乱れているという情報を大成駅の放送から入手していたが、待つことしばし、予定よりも10分程度遅れて芽室駅方向から警笛が聞こえる。札幌貨物ターミナル発帯広貨物行の高速貨物2073列車。


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 続いて今日の一番の目的の帯広市産業開発公社専用線を運行する十勝鉄道の撮影。だが、この路線は引き込み線扱いではっきりとしたダイヤが無く、いつ列車が来るのかわからない。あらかじめ調べておいた情報で13時半頃に入換があるらしいと聞いていたので、とりあえず西帯広駅で張り込んでみる。その間にやってきた下り特急スーパーとかち3号。


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 続いて上り特急スーパーおおぞら8号。


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 さらに上り滝川行き普通列車2434D。高校生など数名が乗車し、一般客数名が下車。生活列車として地元の足にけっこう利用されている模様。


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 と、ちょうど2434Dが入線してくる頃、はるか芽室方向から、十勝鉄道のDE10が近づいてくるのが見えた。ただし西帯広までは来ず、途中で停車し、折り返して引き込み線へ入っていった。帯広産業開発公社専用線の第2工業団地線へ入った模様。実は大成駅へ行く前にここの引き込み線でタンク車(タキ43000)が荷役中であることを確認しており、それらを引き出しに行ったのだろう。さっそく移動。


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 第二工業団地線が専用線本線と合流する箇所には踏切がある。到着すると、ちょうど構内から短く汽笛が聞こえ、入換作業中の様子。ほどなくタキ43000を連ねた十勝鉄道のDE10が現れ、踏切手前でいったん停止した。

 貨物列車に見えるが、あくまで入換作業中なので「列車」の定義には当てはまらない。そのため、機関車下方にある赤い尾灯が片方だけ点灯している。これは「入換動力車標識」を表していて、いわゆる「列車」ではなく入換作業中であることを示す。


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 根室本線側には警報機があるが、第2工業団地線側には警報機も遮断機も無い。踏切手前に停まった入換列車の姿に、踏切にさしかかった自動車がギョッとした様子でいったん停止する。しかし、運転台から機関士が手を振って「行け!」と支持すると、ゆっくりと踏切を渡っていく。まさに自動車優先の踏切である。やがて列車後方から誘導係が歩いてきて、往来が無くなってから機関士に合図し、入換列車はゆっくりと踏切を通過する。


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 ゴットンゴットンと重たい響きを残して、第2工業団地線から専用線本線へ合流して行く。


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 組成は全部タキ43000。ただ、新旧とりまぜてあって面白い。先頭から4両は黒塗り。さらに前より2両と4両目の3両は初期型の43100番台で、昭和40年代の製造。前から3両目は243000番台のトップバッターのタキ243646で、ぐんと新しく平成元年の製造。4両とも同じような黒い貨車に見えるが、3両目だけ台車が灰色(他の3両は黒い)で、ほか細部に違いがある。また、5両目は緑色と灰色の塗り分けだが、世代的には3両目と同じ平成生まれの243000番台。その中でも比較的新しい塗色変更車だ。同じ形式の貨車で組成されているが、それぞれ微妙な違いがある。貨車の世界は本当に奥が深く興味が尽きないものである。


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 速度が遅いので車で追いかけ、再び西帯広駅へ。跨線橋から帯広貨物駅方面へ去っていくところを見送る。


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 帯広貨物駅へ着いた入換列車は、タキを置いた後、今度はコキを連れて、芽室市にある第2線へ向かう。ここには日本甜菜製糖芽室製糖所がある。再び引き返し、製糖所手前の踏切で待つ。ほどなくコキ50000を連れて、DE10が戻ってきた。こうして見ると複線に見えるが、手前は根室本線である。


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 お馴染みスズラン印の付いたタンクの前を通り、製糖所構内へ入っていく。


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 製糖所へ入るトラックなどがひっきりなしに通り、交通量の多い踏切を横断。さすがにここは警報機も遮断機もある。ゴトゴトと構内へ入ったDE10は、コキ50000を荷役線へ押し込むと、機関庫へ入ってしまった。機関車にタンクローリーが近づいてきたので、給油をするのかもしれない。

 このあと、付近で帯広貨物発札幌貨物ターミナル行き高速貨物2070列車を撮影。今日の貨物列車探訪は無事に終了した。JRの貨物列車は貨物時刻表があるが、専用線はダイヤがよくわからなかったので、今日の情報は重要。次回、この時刻に合わせて、別のポイントで撮影してみよう。

 
  

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2011年12月11日 (日)

1月に図書館で企画展

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 1月に帯広市図書館を会場に、小さな企画展を開催する。「植物標本の役割と博物館の仕事」展。長いタイトルだが、旧帯広市立第六中学校で使われていた教材用標本や、今年採集した植物標本を展示し、博物館は標本を集めて何をしているのか?を地域の人たちに知ってもらおうというもの。

 今日はポスターを刷りだし、協力してくれた博物館へ発送。午後に、帯広の森「はぐくーむ」へ届けに行くと、大学の後輩でもあるIさんから逆に「はぐくーむ」で開催する「森の写真展」の写真募集チラシの配付を頼まれる。お互い持ちつ持たれつ。こうして協力の輪が広がっていくことが、市内の社会教育施設全体の活性化にも結びついていくし、楽しい。

 夕方は図書館へ、展示で使う為の本をリストアップして持参。ついでに購入希望図書のリクエストもちゃっかり持参すると、笑いながら受け取ってくれた。「これとこれはいけるだろう」と窓口の司書さんの一人が個人的な推察をしてくれる。もう一人は購入価格を計算してニヤニヤしている。ここの図書館の人たちは気さくで有能な人が多く、いつ来ても頼もしく、楽しい。展示が楽しみになった。

*帯広の森はぐくーむ http://haguku-mu.net/
*帯広市図書館 http://www.lib-obihiro.jp/

  
 

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2011年12月 9日 (金)

ハンドベルコンサート

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 今日のロビーコンサートはハンドベル。クリスマスシーズに入った事を実感させる。


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 保育園の子ども達によるハンドベル演奏。会場は超満員。


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 クリスマスの歌を合唱。


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 金色の鐘が美しい。ハンドベルは、ミサで用いるカリスの形を連想させる。ロビーに鐘の美しい音色が響き渡った。
 
  

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2011年12月 8日 (木)

浦幌町立博物館へ標本を見に行く

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 今日は標本調査で浦幌町立博物館へ行く。あらかじめ連絡しておいたので、収蔵庫から標本を出しておいてくれた。


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 主要なコレクションは3つ。今日はそのうち1つ、中川公郎標本をざっと見渡した。誤同定や未整理のままだったもののいくつかに同定ラベルを付し、少しだけ貢献。

 中川標本をざっと見たところ、意外にも札幌市産の標本が多数ある。中川氏は元浦幌町立養老小学校の教諭で、かつての『浦幌町郷土博物館報告』に「浦幌町豊北海岸の主な植物の概要:主として海浜植物」という報告を書かれている。そのためか、石狩浜の標本もあり、海浜植物に関心を寄せておられたのではないかと思う。十勝では、浦幌町自体よりも足寄町芽登産のものが多い感じ。

 一方、もうひとつ吉田康登標本というのがあり、こちらは大雪山の標本も多数存在することがわかった。地衣類なども混じっている。このほか、上浦幌小学校標本というのがあって、こちらは購入した教材用標本らしい。陸上植物の他に海藻もある。1月に時間を作って、もう少しゆっくり調査してみようと思った。

  
  

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2011年12月 3日 (土)

雪が積もり始めた

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 今日の昼頃から、帯広市内でも粉雪が降り始めた。夕方にかけて強くなり、少しずつ街や森が白く染まっていく。


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 帯広百年記念館の屋根にも雪が積もり、白く変わっていく。夕方、既に暗くなってきた中で雪が降ると、建物からの照明がとても暖かく見える。


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 こちらは記念館の2階から見た十勝池。凍った池に雪が積もり、水面が真っ白に。


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 同じく十勝池をほとりから。池が雪原のようだ。


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 今日と明日、親子陶芸教室が開催された。雪がシンシンと降り積もる外とは異なり、室内からは多数の親子が集まり、温かい笑い声が聞こえる。

 一方、隣の北海道立帯広美術館では、開館20周年記念のコレクションギャラリーと共に、企画展「シャガール、パスキンとエコール・ド・パリの綺羅星たち」を開催中。今日の14時から、鎌田学芸員によるギャラリーツアーがあった。雪の降る中、学芸員の案内でゆっくりと絵を見て回るのは気持ちが良い。もっとも、鎌田さんの話し方やキャプションやパネルの作り込み方の方へも注意が行ってしまうので、ツアーが終わってからあらためて最初に戻り、絵を眺め直してしまった。
 本展は来年2月1日まで。詳しくは下記の帯広美術館のサイトを参照。

北海道立帯広美術館のサイト。
http://www.dokyoi.pref.hokkaido.jp/hk-obimu/index1.html

 

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