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2011年10月14日 (金)

鉄道記念日に鉄道資料館へ行く

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 10月14日は鉄道記念日(鉄道の日)である。1872(明治5)年、新橋〜横浜に日本最初の鉄道が営業を開始した事を記念した日で、国鉄時代は「鉄道記念日」だったが、現在は「鉄道の日」と言われている。別に狙った訳ではないのだが、たまたま今日は休みの日だったので、以前から一度足を運ぼうと思っていた、上士幌町糠平にある鉄道資料館へ出かけてみた。資料館の裏手には線路が敷かれており、ちょうど糠平小学校の子ども達や先生方が、クマ鈴を鳴らしながら散策していた。


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 上士幌町鉄道資料館。きれいな建物だが、士幌線が廃止された年の10月に建てられたというから、もう20年は経過している。古さを感じさせない、素敵な建物だ。


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 展示の様子。実物資料が、小規模だが丁寧に並べられている。


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 ダム建設によって改変された士幌線旧線と新線の経路がわかる立体模型。


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 士幌線の生いたちや各駅の模様を説明したパネル。各駅の紹介では、新士幌のような仮乗降場は原則として省かれていた。


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 ここにもやはり通票閉塞機が展示されていた。展示向きの資料ということなのだろう。糠平駅で使用されていたものらしく、糠平〜十勝三股がバス代行になって以後は事実上ここが終点で、閉塞区間も上り方だけだから、閉塞機も1台だけのようだ。


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 音更町郷土資料室や愛国交通資料館とは異なり、ここは常時人が配置されているせいか、展示品の破損は無い模様。閉塞機の上には、きちんと「椀形電鈴」が、完品で残っていた!嬉しいなあ。


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 帯広から糠平までの全区間を、駅間ごとに12に区切って、ボタンにより鑑賞できる全面展望のビデオが「シミュレーション」という名で設置されていた。帯広駅からスタート。全面展望ビデオだから、全区間見ると、当然ながら当時の全区間所要時間がかかるはずだが、実際には途中をはしょっている区間が結構見られた。それでも、12回ボタンを押して全区間を見るには、それなりの時間がかかる。途中で他のお客さんも覗きに来たが、1区間見ただけで行ってしまった。


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 すっかり腰を下ろして見入っていると、なんと受付の方がお盆にお茶とチョコレートを載せて「どうぞ」と勧めてくれた。なんとも恐縮であるが、ありがたくいただき、全区間を鑑賞する。この他、士幌線廃止を記念して記録されたHBCによる記録映画もDVDで設置されており、こちらも最後まで鑑賞させていただいた。10時30分頃に入って12時30分頃に出たので、2時間くらい滞在してしまった。


3500

 館の横にはヨ3500が保存されていた。但し、色合いが黒ではなく茶色をしており、不思議な感じである。しかし状態は良く、床下にはベルト駆動式の発電機も残っていて、じっくり観察できた。館内の展示と良い、外の線路や腕木式信号機などの保存と良い、なかなか良い資料館だ。やはり人が配置され、NPOの方々などによる手入れが行き届いているからだろう。帯広市の愛国交通資料館とは大きな違いである。


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 せっかくなので士幌線の終点、十勝三俣駅の跡を見に行こうと、車を三国峠方面へ向ける。途中、幌加駅の跡が除雪ステーション兼トイレ兼アーチ橋見学用駐車場になっていたので立ち寄る。


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 周囲の山々は紅葉が始まっており、その中に横たわるアーチ橋が美しい。結構、車を止めて見に来る人が居た。


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 丁寧な解説パネルも立っている。ただ、この辺りは頻繁にヒグマが出没する地帯であり、そこかしこに注意を促す看板もある。この辺りを歩いて見学するならば、熊鈴や熊スプレーを持ち歩いた方が良いだろう。私は車に積んであるので、もちろん持参。


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 旧十勝三股駅跡と思われる広大な草原。「安全第一」と欠かれた建物が、環境省による「倒壊の危険があるので立入禁止」の看板と共に、ひっそりと残っていた。そう言えば昨年の植生学会のとき、十勝三股に価値を判断しかねる鉄道関係の建物があると聞かされていたのだが、このことか?私は、その手前にある坂阜(ハンプ)のような勾配が気になって仕方がなかった。


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 付近には喫茶店「三股山荘」があり、その裏手の廃線跡には遊歩道が整備されていた。三股山荘に立ち寄りたいと思ったのだが、お金も時間も無かったので、今日はこれで引き返す。


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 遠く石狩岳は雪をかぶっており、付近の草原も立ち枯れている。林の縁では雪蟲がフワリフワリと飛んでおり、冬の足音を感じる。十勝三股の人家は2軒。あとで立ち寄った糠平の観光案内所の方によると、どちらも同じ家系の方の建物で、国立公園の性質上、この方々の家以外は建設できないのだと言う。もはや限界集落どころの話ではない。

 かつて道内でもっとも標高の高い駅だった十勝三股。大雪山国立公園となっている、山奥以上のこの高地まで、国鉄が線路を敷いていたというのが今となっては実に驚きで、信じがたい事である。
 
 
 
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 ちなみに、糠平よりずっと下にある、上士幌町市街地の交通公園にも寄ってみた。しかし、予想に反して「交通」を感じさせるものは何も無かった・・・。


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 わずかに、ここが上士幌町駅の跡だという事を示すパネルが立っていた。交通公園の名前を支える唯一の記念碑がこれなのかもしれない。糠平へ行けば立派な資料館があるから、市街地はこれだけで充分という事なのだろうか?

  
  

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