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2011年6月27日 (月)

十勝鉄道4号機関車を見に行く

 今日は公休日だが、朝から原稿書き。2本の原稿を仕上げたところで、天気も良いし、いいかげん外へ出たくなった。植物関係の原稿を立て続けに書いていたせいか、採集に行く気がしないので、鉄道を見に行こうとカメラ片手に散歩へ出る。帯広市指定文化財となっている、十勝鉄道4号機関車と客車コハ23が近くに静態保存されているのである。


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 帯広駅の南から、グリーンパークへ向かう公園通りとは別に、記念碑前のあたりから分かれて緑ヶ丘公園の東側へ向かう、一直線に伸びる道路がある。これは十勝鉄道の線路跡で、通称「とてっぽ通り」と呼ばれている。記念碑前には「トテッポ工房」の名で、まさにこの通り上で営業する美味しいチーズケーキ屋さんまであるから、「とてっぽ」の名は市民に浸透しているのであろう。


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 やがて北海道ホテルを過ぎ、ポスフールが現れると、ポスフールのすぐ脇に、2両の小さな鉄道車輌が静態保存されている。きちんと屋根や柵でかこわれた、十勝鉄道の4号蒸気機関車と、客車コハ23である。


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 大正9(1920)年製造の十勝鉄道4号機。結構美しい状態で保存されている。


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 銘板も美しく磨かれている。鉄道ファンにはお馴染みの日本車輌製造会社のマーク。製造番号は11番だったらしい。


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 木造客車コハ23には銘板が見当たらなかったが、文献によると大正14(1925)年、楠木製作所製造とされているので、4号機関車より5歳若いことになる。しかし、残存数の少ない木造客車の存在は、たぶん機関車よりも重要度が高いだろう。


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 帯広市は昭和35(1960)年に、前年に鉄道を廃した十勝鉄道から、両車の寄贈を受け、かつての帯広市郷土資料館の横に展示された。昭和36(1961)年に、旧帯広市図書館の横へ移動。その後、現在地へ移動し、平成6(1994)年に帯広市指定文化財となったと言う。

→〔十勝鉄道から譲渡された2両の保存場所の変遷については、これまで先述のような記述がいくつかの文献で見られる。しかし本日、帯広市指定文化財を管轄する市役所文化課へお願いして当時の公文書記録を直接確認してみたところ、この記述は誤りであることがわかった。詳細は後日、文書記録を精査の上、御報告したい。〕


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 今回の発見1。コハの後部デッキについている箱。連結器関係の用具が入っているのだろうか?


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 機関車側のデッキには箱が無い。詳しく調べてみたい。


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 今回の発見その2。機関車とコハは連結されているように見えるが、連結器をよく見ると、このピンリンク式連結器にはピンが入っておらず、実際には連結されていない。ただ接して前後に並んでいるだけなのである。この用具がコハの後部デッキにある箱に納められているのかも知れない。


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 解説パネルに掲載されていた旧八千代駅でのヒトコマ。ここで今回の発見3。当時の写真を見ると、煙突に火の粉留めと思われる付属品が見える。また、保存車には前照灯が無い。前照灯が無いのは不思議で、この写真からでは見えないが、後照灯の跡はしっかり残っているのであるから、復元時になんらかの事情でこうなったのだろうが、これも詳しく調べてみたいところである。

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