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2011年5月20日 (金)

陸前高田市の植物標本レスキュー、帯広編

 この度の東日本大震災で、岩手県の陸前高田市立博物館は壊滅的な被害を受けた。学芸員や、隣接する図書館の司書の方など、施設職員の方々の行方不明や死亡も確認されている。

 被害の後、岩手県立博物館の学芸員が中心となって現地へ赴き、陸前髙田市立博物館に収蔵されていた標本が救出された。県博の皆さんは大変なご苦労をされ、津波の被害を受けて泥だらけになった貴重な標本類をなんとか救出しようと努力をされた。その数、植物標本だけで約10000点。しかし、そこには明治時代から昭和初期にかけて、岩手県の植物相解明に多大な功績をした「鳥羽源蔵コレクション」が含まれていた。

 「なんとか救いたい、しかし県博だけでは手が足りない」と判断した同館の学芸員から、全国の植物担当学芸員へ協力依頼が出された。岩手県博が選別・発送準備を行い、あとは全国の協力館へ現物を移送。各地で修復作業を分担して実施し、岩手県博へ戻す、というプロジェクトである。さっそく道内でも実施館を検討。当館を含め、5館の学芸員たちで協力することとなった。


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 5月12日、岩手県立博物館からクール宅急便で標本が到着した。ただちに内容を確認する。段ボール1箱に、10標本ずつが入れられたジップロックタイプのビニル袋が10袋。

 作業場所と保管場所を定め、さっそく作業を開始。基本的な作業手順は岩手県博から指示されており、その他、各地での試行錯誤の結果がリアルタイムでメールやツイッターなどにより情報交換されている。


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 保護袋に入った罹災標本。

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 はさみで中央から保護袋の真ん中を引き開く。全体が濡れていて、ひっぱり出すことが危険だからである。アブラナ科など、小さな花や果実が濡れて袋にくっついたり、乾燥したパーツが静電気でくっついたりして、この段階で標本が破損してしまう場合もある。そのため、開封前と開封後で写真を撮影している。


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 標本の状態を診断し情報を転記後、ただちにラベルを切断して分離する。採集者が作成したオリジナルラベルはインキか墨で筆書き。陸前高田市立博物館が作成した整理ラベルはボールペンで書かれている場合が多かった。


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 分離したラベルは即座にコピーをとる。以後、処置標本の移動時にはコピーラベルが一緒に移動することとなる。入院患者の名札のような役割を果たすものだ。


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 標本を台紙ごと水に浸ける。コピーラベルを近くに置く。標本は津波により海水を浴びており、何度か水を交換して塩分を抜いたり、かぶった泥を洗浄したりするのである。標本テープや台紙から標本を分離する目的もある。比較的状態が良く、台紙からすぐに外れるものは、元台紙から外した上で水に入れている。


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 水洗中の罹災標本群。こうして、少しずつ標本を洗浄していく。


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 水洗用コンテナからの水あげ。このときが一番緊張する。

 いつも水草標本を作っているときの要領なのだが、今回は他の館からお預かりしている標本だし、もともと形が整って居らず生きた状態の水草とは異なって、標本としての原形のある、もろくなった標本である。しかもカビや腐敗が進行して、すぐに形が崩れるものもある。

 私は、状態の悪いものについては、元台紙ごと水あげした上で、B4サイズ程度の上質紙を標本にあてている。裏返しにし、水を吸って軟らかくなった元台紙の方をめくって、上質紙に標本を移してしまうやり方である。写真は元台紙をはがしているところ。


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 無事に水あげされ、新聞紙にはさまれる罹災標本。あとは乾燥だ。


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 既に腐敗やカビが進行してしまい、本体から分離してしまうものもある。


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 特に状態がひどい部分や分離種子は、本体とは別に乾燥させた上で、パラフィン紙で作った小袋へ入れて保存している。後日、本体の処理が終わったところで、ラベルと共に合流させる。


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 オリジナルラベルの真上に、陸前髙田市立博物館の整理ラベルが被さるように貼られている場合がある。こうしたものは「上下分離」をしている。ラベルを元台紙ごと水に浸け、ガラス窓に貼り付けて乾燥し、切手を剥がす要領で、ピンセットで少しずつめくって上下分離。さらに元台紙からオリジナルラベルをはがしていく。


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 「上下分離」をした標本ラベル。特にボールペン字で書かれた部分は浸水で滲みがひどい場合がある。また、ゴム印で押された採取者名や標本番号は、既に消えかかっているものも。ラベルは標本が標本たる証しであり、本体と同じか、場合によってはそれ以上に貴重となるもの。これも大切に処理。


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 ミズハコベ。このように小さな標本は、浸水処理して元台紙から分離した後、絵手紙用のハガキの裏面ですくいとった。


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 腐敗やカビのひどいものには、ティッシュペーパーをあてた上から、霧吹きでエタノールを噴霧して消毒・殺菌処理。カビがひどいものは、乾燥から上がってから再びアルコールを用い、細かい部分をピンセットやキムワイプなどで、拭きとったりかきとったりする。


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 標本1点1点につき、標本の情報、状態診断の結果、処置経過などについて記したカルテを作成している。


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 全国の学芸員仲間との情報交換。失敗例や工夫した技術情報、塩抜き時間のテスト結果など、各地での必死の取り組み結果が、毎日メールなどで入ってくる。また、岩手県立博物館で献身的な取り組みを続ける鈴木まほろ学芸員からも、随時、適切な指示や情報提供などが送られてくる。これらの情報をもとに、処置方法を少しずつ改善。標本にとってよりよい、かつ効率的な作業ができるよう努めている。


【関連リンク】
陸前髙田市立博物館の被災状況(岩手県立博物館報道用資料)

岩手県立博物館の取り組み(岩手県立博物館報道用資料)

札幌市博物館活動センター編

北海道大学総合博物館での昆虫標本レスキュー

大阪市立自然史博物館編

飯田市美術博物館編


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 北海道内では、当館の他に以下の博物館で作業が取り組まれている。蓋を開けてみれば、どれも大学の教室における私の先輩と後輩たち、それに恩師だ。北海道大学農学部北方資源生態学講座植物体系学分野(当時の名称)のメンバーである。

 ・斜里町立知床博物館 担当:内田暁友学芸員
 ・札幌市博物館活動センター 担当:山崎真実学芸員
 ・北大植物園(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園) 担当:加藤ゆき恵助教・冨士田裕子准教授・東隆行助教・加藤克助教
 ・北海道大学総合博物館 担当:高橋英樹教授(作業には植物標本ボランティアが参加)


 この教室は現在も北大植物園や北大総合博物館の中に置かれ、日頃から標本作製や同定、標本整理などの技術や知識を伝授される。卒業後、学芸員として、各博物館現場で技術を磨いているのが今回のメンバーなのである。こうした日常活動の成果が、今回のようなプロジェクトで活かされることになった。専門的な技能を活かした貢献が出来ることは光栄に思う。

 同時に、全国的な学芸員のネットワークが、こうした協力体制をより強いものにしている。定員削減や地方自治体における学芸員発令の減少で、技術や知識の伝承が困難になってきているこの頃。博物館における専門職のあり方、学芸員の存在意義そのものについても、今回の事態は一石を投じていると思う。行政関係者のみならず、博物館を支える地域はじめ、多くの方々に取り組みを知ってもらい、日本の博物館行政や学芸員制度の在り方について、議論を深めるきっかけにして欲しい。


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