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2011年5月17日 (火)

『有蓋ホッパ車のすべて』とホキの思い出

 「プロフェッサー吉岡の貨車教室」で知られる吉岡心平さんが、RM LIBRARYの140巻として『有蓋ホッパ車のすべて』を刊行された。これまでレイルマガジン誌やホームページで何度も読ませていただいてきたが、ようやく本という形になった。たいへん嬉しい。


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 ホッパ車にもいろいろあるが、私が特に興味を持っているのが農産品輸送用のホッパ車である。形式では、国鉄のホキ2200形が有名だ。クリーム色のボギー貨車が、有蓋車などと混ざって貨物列車に組み込まれている姿を目撃したことのある方は多いだろう。

 私の出身地横浜では、ホキ2200形が特に多かった。なにせ鶴見線の大川駅には日清製粉横浜工場が、高島線東高島駅には日本製粉横浜工場があり、輸入小麦を陸揚げしていた。これを内陸部の工場へバラ積み輸送するため、少なくとも高校時代まではあちこちでホキを見かけたものである。
 他にもトウモロコシや麦芽など、横浜港は輸入穀物をバラ積み輸送する一大発信基地であった。各地の埠頭に伸びる臨港貨物線では、ホキ2200形やホキ9800形で組成された貨物列車を頻繁に見かけた。


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 現在は物流体系の変化で全廃となったこれらホキ車も、ホキ2200形式のみ、小樽市総合博物館と三笠鉄道公園に保存されている。写真は昨年、北海道鉄道文化保存会の職員として小樽市総合博物館に勤務していたときの写真。

 小樽で私が企画した初の展示解説行事が、このホキ2200形式であった。貨車好き少年として横浜時代を過ごした私にとって、実際に保存車輌を使って解説が出来たのは嬉しく、光栄であった。

 せっかくだからと、母校の酪農学園大学酪農学部飼料作物学研究室に協力を依頼。義平大樹教授にお願いして、積荷だった小麦や麦芽原料の大麦、こうりゃん(ソルゴー)などの種子標本をお借りしたり、実際に見本園から作物を刈り取らせて貰って、貨車とともに紹介することもできた。良い思い出である。


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 小樽の保存車の良いところは、搬入口が固定されておらず、ホッパの中に入れる状態で保存されていることである(但し、危険なので日頃は非公開)。ちょうどペンキ塗り替えの頃で、点検の為に昇った際に、小樽市総合博物館の佐藤卓治学芸員のはからいで、中へ入れさせてもらった。現役当時のトウモロコシ粒が中に落ちているのを見つけ、驚いたものである。そのトウモロコシは今も大切に保管している。写真はそのときのもの。


 中学時代、今は無き高島の貨物駅から、現在の横浜みなと博物館の脇を通って新港ふ頭へ渡り、山下公園を高架で通過して山下埠頭へ至る、通称「山下臨港腺」があった。ここでは麦芽輸送専用のホキ9800形がホキ2200形に混ざって編成され、1日1往復の貨物列車を運行していた。友人と朝の往復を見に行き、その後は午後まで高島駅裏手の有人踏切で張り込んで、頻繁に出入りする貨物列車の写真を撮っていた。

 根岸線の根岸駅から分岐して本牧ふ頭へ至る神奈川臨海鉄道本牧線も、当時は車扱輸送しか扱っておらず、やはりホキが多かった。沿線を歩いたり、市営バスを使って横浜本牧駅(当時は本牧操車場駅)へ行っては、飽きずに入換風景を眺めていた。

 ホキ2200形やホキ9800形の写真を見ると、中学・高校時代の思い出に自然と通じるものがある。ページをめくりながら、当時の鉄道風景を脳裏に描く。本当に懐かしいなあ。


<関連ホームページへのリンク>
 吉岡心平さんの「貨車と私有貨車の研究・情報サイト」
 貨車を含め、多くの鉄道車輌を静態保存している「小樽市総合博物館」
 小樽市総合博物館で保存車輌の整備や博物館案内などをしている「北海道鉄道文化保存会」

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