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2011年5月

2011年5月31日 (火)

乾燥機貸し出しの申し出に感謝感激

 陸前高田市の標本レスキューを帯広百年記念館でも細々とやっていると、報道で耳にした市内の印刷屋さんが、先日、私の留守中に訪ねてきたという。いわく「使ってない、紙を乾燥させる乾燥機があるから、役に立つようなら貸すけど」。今日、電話連絡の上、どのような機械かと見に行った。

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 おおー!古い・・・。しかし、中を開けると待望の熱風循環式で、乾燥用の板段ダンボールがきちんと縦に入る。電源まわりとかを再整備の上、状態が整ったら百年記念館へ運び、しばらくお借りすることとなった。

 これは嬉しい!!思わぬ申し出に感激だ。地域博物館の学芸員冥利に尽きる話である。

「30年くらい前のもの。もう長く使っていなくて、上にモノを置く台になっちゃってるんだけど、おたく乾燥機無いって聞いたので、もしか役に立つようなら使ってもらえたらと思って」と、A印刷のご婦人。ちなみに、昔は帯広百年記念館の企画展のポスターを扱ったこともあったと言う。

「もう知り合いもいなくなっちゃったし、ずいぶん昔の話。時代も変わったからねえ」というA印刷さんには、活版時代の印刷機械などもあり、しばし工場の中を見ていちいち感心してしまった。乾燥機の件とは別に、標本ラベルとか名刺とか、今度お願いしようかなあ。


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2011年5月30日 (月)

「M.TOBA」って誰?

 月曜日はお休み。なのだが、帯広市内では昨日が運動会で今日が振替休日となる関係上、百年記念館は臨時開館。学芸班はみんな公休なのだが、常設展示室は開けていて、事務官や受付の人たちは出勤している。私もお休みなのだが、臨時開館のことを忘れていて、標本作業をしようと思い館へ出てきたらみんな居るからびっくり。休みでシーンとした中、一人で仕事をしているよりも、休憩時間などでお茶を飲みながら話の出来る職場仲間が居た方が、なんとなく心休まるものである。

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 さて、今日修復した陸前高田市立博物館の罹災標本のひとつ。植物はシダ植物のワラビ。


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 ラベルは2つ。こちらは陸前髙田市立博物館が作成した整理ラベル。採集は昭和12年7月12日〔1937年〕。採集者は鳥羽源蔵とされている。


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 こちらはオリジナルラベルと思われるもの。印刷されたラベル用紙にペンで手書きされている。よく見かけるラベルだと思ったが、「ん?なんか変だぞ?」


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 変なのはココ。ラベルのタイトルが「HERB. M. TOBA」となっている。「HERB.」はHERBARIUM(ハーバリウム)のことで、標本庫とか標本そのものを指す。したがって、素直に読めば"M.TOBA"氏の標本ということになるが・・・M.TOBA? G.TOBAじゃないの?

 ひょっとして何か仕事上の別名とかがあったのだろうかと思って、とりあえず日外アソシエーツから出版されている『植物文化人物事典』(大場秀章著, 2007)を調べてみるが、手掛かりなし。


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 オリジナルラベルをめくってみると、オリジナルメモが挟まっていた。採集年月日の押印と「小友」の走り書き。採集地である気仙郡小友村のことだろう。1955(昭和30)年に合併して陸前高田市となったが、鳥羽源蔵は小友の出身だった。

 さて、M.TOBAの謎について知りたい。オリジナルラベルには、そもそも採集者名が無い。それが整理ラベルになると「鳥羽源蔵」が採集したことになっているのは、オリジナルラベルが鳥羽の私家版ラベルに書かれていたことによるのだろう。しかし、M.TOBAでは鳥羽源蔵にならない。単なる間違いなのか?それとも何か別の事情があるのだろうか?この謎、どうやって調べたら良いだろうか?

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常設展示室の植物コーナー

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 帯広百年記念館の常設展示室にある「十勝の植物」コーナー。写真で植物を少し紹介。


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 乾生林から湿生林まで、群落断面図によって十勝の植生を紹介。


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 あとは解説パネル。十勝の植物や植生について、簡潔にまとめて紹介している。さらに隣接して、大きなジオラマもあり、こちらではレプリカの植物や動物の剥製を用いて、十勝地方の自然がイメージできるように配置されている。

 十勝で記録のある植物の種類数やリストについては言及が無い。標本の展示が無いのは、植物標本は見栄えのしない、保存性のみを追求したような形で、展示向きではないからだろう。構想としては、十勝の博物学研究史のような形で、標本の採集史などを絡めたコーナーがひとつあっても面白いだろうと思うので、今度考えてみよう。

 別室の「アイヌ民族文化情報センター リウカ」では、アクリル樹脂封入の植物標本などを展示しており、よりリアルな形で植物を紹介している。うまく組み合わせて「十勝の植物の今」を展示で少しずつ発信していけたら良い。今度試してみようか?

 また、これまで報告のあった植物リストや、種数などもどこかで紹介できれば良いなと思っている。百年記念館へ来れば、十勝ではだいたいこんな植物が見られる、というようにしたい。

 今日は雨。久しぶりに丸一日を室内作業して過ごす。

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2011年5月28日 (土)

【博物館講座】のぼり窯跡地の植物をしらべる

 博物館講座「のぼり窯跡地の植物をしらべる」を開催。天気予報で雨が心配されたが、午前中は天候に恵まれ、快く開催できた。

 この講座は池田学芸員の企画。従来の「植物に親しむ」という趣旨の講座と異なり、植物図鑑を使いこなせる人を養成し、実際に決まった範囲の植物目録を作ることを目指す講座。まあ、本来はフロラ調査として標本を採集して行うものだが、ここでは標本同定ではなく、野外で植物を観察し、図鑑でわからない植物を調べ、正しく判断できる力を養う。

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 参加者の植物観察に対する経験の度合いで、この講座の到達点は変わってくる。今回、13名の参加者の大半は、植物図鑑を個人で所有しておらず、植物の名前を調べた経験の無い方たちだった。すなわち、入門者(初心者)ということになる。


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 そこで、梅沢俊さんの『新北海道の花』を基本に、花の色から引くフィールド図鑑を使って、植物図鑑の見方から実習。ニリンソウを用い、「根生葉」「蕚」「輪生」などの用語をひとつずつ、図鑑の用語解説やプリントで確認し、現物と図鑑の本文を照合する作業を行う。ひとつの種を確認するのに、とても細かな点の観察が必要で、時間がかかることを皆さん実感していた。


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 最初は図鑑の写真だけを見て「これだろう」と雰囲気で判断していたものが、図鑑の本文をよく読んで実物とひとつひとつ照合していったら、実際と合わない。「違うのか」と落胆し、図鑑に載っている他の種類をさがす。そうした作業を繰り返していくうちに、徐々に図鑑に慣れ、植物の見方が身についてくる。講座が終了してから、セイヨウタンポポとエゾタンポポの違いを比べ合う参加者の姿があった。今回の講座が植物を「しらべる」ことへの興味をかきたてる一助になったかな?

 来年はフラワーソンの開催が予定されており、その参加者を募って技術を養成することも目的のひとつなのだそうだ。こうした講座をまた何度か実施する必要がありそう。

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2011年5月27日 (金)

道東自動車道の未開業区間

 ここのところ、北大や酪農学園との間で自動車を使うことがある。と言っても、十勝へ来てから未だ車を手に入れていないので、目下のところ必要に応じてレンタカーを借りている。そして、現在、無料化実験中の道東自動車道をひた走る。

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<道東自動車道の未開業区間。NEXCO東日本のホームページから転載させていただきました>

 が、しかし。道東自動車道は現在、占冠〜夕張間が未開業。この区間は在来の国道274号線を走ることになるが、占冠のインターチェンジから274号線まで出る区間に細い道がある。274号線を使っているときには通らなかったし、道東自動車道が全通したらやっぱり通らなくなるだろうから、いまの大動脈ぶりは一時限りのものだろうが、この区間、なかなか面白い。

 この区間の途中には、鵡川の渓谷「赤岩青巌峡」が存在する。赤や緑の色がかった岩が切り立つ崖に挟まれた青い渓流。なかなか風光明媚である。

 札幌からの帰り道。休憩がてら、ちょっと脇道に入って車を停める。美しい渓谷を眺めつつ、林道脇の崖を振り返ると、コミヤマカタバミにヒメイチゲ、スミレ類が満開に。ナンブソウは惜しくも蕾だったが、他にも怪しげなシダ植物やスゲ類が生い茂り、見事だ。カメラを持っていないのが残念。

 秋には繋がる道東自動車道。無料化実験は間もなく終わるので、再び日勝峠にも賑わいが戻るかもしれないが、両者を結ぶこの区間の交通量は減少するだろう。しかし、ここに美しい渓谷があることを今回覚えたので、再び渓谷美と花々を見にゆっくり訪れたい。

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2011年5月26日 (木)

アカネスミレ・エゾノタチツボスミレ

 帯広市の緑ヶ丘公園。サクラも開花期を過ぎ、新緑が一気に吹き出して、丘の見通しが少しずつ悪くなってきた。落葉広葉樹林が緑に包まれる季節に入ったのである。5月24日現在の緑ヶ丘公園の植物たちの様子を遅ればせながら。

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 イタヤカエデの花が林内でも開き始めた。若葉のみずみずしさに混じって可愛い花が下がる。オオモミジもあと数日で咲く模様。


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 ところどころに巨大なスミレが咲いている。エゾノタチツボスミレだ。美術館の立つ丘の東側の花は白っぽく、西側の花は青っぽい、そんな印象を受ける。もともと変異の大きいスミレで、花の色の他、葉の形などもさまざまだ。


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 赤紫色の濃いスミレも咲いている。アカネスミレだ。これまでオオタチツボスミレなどが咲いていた場所に隣接して、少しずつ開花個体が増えている模様。


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 カキドオシ。園内には在来種のカキドオシの他、歩道脇に外来種のセイヨウカキドオシ(コバノカキドオシ)が見られる。こちらの方が開花期が早かった。


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 スゲの仲間も、花から果実へと進んできている。スゲ類の同定には花よりも果実が必要なので、これからが見頃。ヒカゲスゲは公園内のあちこちに見られる。


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 沢沿いにはハリスゲ類も。これから果実が熟してくるに従い、少しずつ各果が倒れてくる。もうすこし熟してから同定しよう。


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 百年記念館前の芝生の一部が真っ白くなっている。近づくと、コテングクワガタの大群落が満開だった。

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2011年5月23日 (月)

博物館実習で北大植物園と札幌市博物館活動センターへ

 見学というのが実習に入るのかどうかは議論のあるところだが、毎年、酪農学園大学の博物館実習(学内実習)の植物専攻を指導していて、そのうち1日は札幌市内の2箇所の博物館へ見学に行く。その2箇所は北大植物園と札幌市博物館活動センターだ。

 いつも実習に利用させてもらっている北海道大学総合博物館は、

(1)大学の博物館(それもユニヴァーシティ・ミュージアム構想の一環で作られた、破格に規模の大きな大学博物館
(2)収蔵庫などが教室や研究室の跡地利用で、あまり理想的な環境に無い
(3)学芸員がいない(代わりに大学の先生が運営)

という特殊性がある。私としては、大学博物館、それも旧帝大系の「ユニバーシティ・ミュージアム」という所は、本来、いわゆる博物館法が想定している博物館の実態とはかけ離れている面があり、これだけを見て「これが博物館だ」と思いこんでしまうと、とんでもない誤解を与えてしまうと思っている。そこで、学生たちには異なる館種の博物館を見せるようにしている。それも、展示ではなく収蔵庫などの裏側の部分を。


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 まずは北大植物園へ。植物専攻の学生ということで、「生標本(せいひょうほん)」を収集・展示する植物園というものも知っておいて欲しいから。あいにくの雨天で園内をゆっくり見ることは出来なかったが、昨年に落成した新収蔵庫を見学させてもらった。

 また、北大植物園でも陸前高田市の罹災標本レスキューに協力しており、その作業も見学させてもらう。担当の加藤ゆき恵助教に、いわゆる「焼き肉方式」と呼ばれる、バーベキュー網を使った標本洗浄の過程を見せて貰った。これはなかなか工夫しており、効率が良さそう。


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 続いて、すぐ近くにある札幌市博物館活動センターへ。ここは地域博物館ということで、大学博物館とは異なる役割や標本収納の実態について学ぶために訪れている。と言っても、札幌市博物館活動センターもまだ独立した建物を持つに至っていない、いわば準備室状態の博物館で、状況としては少し特殊な事例なのだが。それでも地域博物館の実像に十分迫ることができる。

 山崎真実学芸員の案内で植物標本庫を見学。また、アクリル封入標本や、これを使って学校教育用に開発された「ミュージアムボックス」なども紹介してもらう。

 酪農学園大学の博物館実習生は、毎年とても真剣だ。人数が少ないせいもあると思うが、今回も熱心に話を聞いたり質問したりしていた。さあ、みんな少しは博物館の裏側を見て、実像に迫れたかな?

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2011年5月20日 (金)

陸前高田市の植物標本レスキュー、帯広編

 この度の東日本大震災で、岩手県の陸前高田市立博物館は壊滅的な被害を受けた。学芸員や、隣接する図書館の司書の方など、施設職員の方々の行方不明や死亡も確認されている。

 被害の後、岩手県立博物館の学芸員が中心となって現地へ赴き、陸前髙田市立博物館に収蔵されていた標本が救出された。県博の皆さんは大変なご苦労をされ、津波の被害を受けて泥だらけになった貴重な標本類をなんとか救出しようと努力をされた。その数、植物標本だけで約10000点。しかし、そこには明治時代から昭和初期にかけて、岩手県の植物相解明に多大な功績をした「鳥羽源蔵コレクション」が含まれていた。

 「なんとか救いたい、しかし県博だけでは手が足りない」と判断した同館の学芸員から、全国の植物担当学芸員へ協力依頼が出された。岩手県博が選別・発送準備を行い、あとは全国の協力館へ現物を移送。各地で修復作業を分担して実施し、岩手県博へ戻す、というプロジェクトである。さっそく道内でも実施館を検討。当館を含め、5館の学芸員たちで協力することとなった。


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 5月12日、岩手県立博物館からクール宅急便で標本が到着した。ただちに内容を確認する。段ボール1箱に、10標本ずつが入れられたジップロックタイプのビニル袋が10袋。

 作業場所と保管場所を定め、さっそく作業を開始。基本的な作業手順は岩手県博から指示されており、その他、各地での試行錯誤の結果がリアルタイムでメールやツイッターなどにより情報交換されている。


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 保護袋に入った罹災標本。

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 はさみで中央から保護袋の真ん中を引き開く。全体が濡れていて、ひっぱり出すことが危険だからである。アブラナ科など、小さな花や果実が濡れて袋にくっついたり、乾燥したパーツが静電気でくっついたりして、この段階で標本が破損してしまう場合もある。そのため、開封前と開封後で写真を撮影している。


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 標本の状態を診断し情報を転記後、ただちにラベルを切断して分離する。採集者が作成したオリジナルラベルはインキか墨で筆書き。陸前高田市立博物館が作成した整理ラベルはボールペンで書かれている場合が多かった。


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 分離したラベルは即座にコピーをとる。以後、処置標本の移動時にはコピーラベルが一緒に移動することとなる。入院患者の名札のような役割を果たすものだ。


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 標本を台紙ごと水に浸ける。コピーラベルを近くに置く。標本は津波により海水を浴びており、何度か水を交換して塩分を抜いたり、かぶった泥を洗浄したりするのである。標本テープや台紙から標本を分離する目的もある。比較的状態が良く、台紙からすぐに外れるものは、元台紙から外した上で水に入れている。


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 水洗中の罹災標本群。こうして、少しずつ標本を洗浄していく。


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 水洗用コンテナからの水あげ。このときが一番緊張する。

 いつも水草標本を作っているときの要領なのだが、今回は他の館からお預かりしている標本だし、もともと形が整って居らず生きた状態の水草とは異なって、標本としての原形のある、もろくなった標本である。しかもカビや腐敗が進行して、すぐに形が崩れるものもある。

 私は、状態の悪いものについては、元台紙ごと水あげした上で、B4サイズ程度の上質紙を標本にあてている。裏返しにし、水を吸って軟らかくなった元台紙の方をめくって、上質紙に標本を移してしまうやり方である。写真は元台紙をはがしているところ。


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 無事に水あげされ、新聞紙にはさまれる罹災標本。あとは乾燥だ。


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 既に腐敗やカビが進行してしまい、本体から分離してしまうものもある。


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 特に状態がひどい部分や分離種子は、本体とは別に乾燥させた上で、パラフィン紙で作った小袋へ入れて保存している。後日、本体の処理が終わったところで、ラベルと共に合流させる。


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 オリジナルラベルの真上に、陸前髙田市立博物館の整理ラベルが被さるように貼られている場合がある。こうしたものは「上下分離」をしている。ラベルを元台紙ごと水に浸け、ガラス窓に貼り付けて乾燥し、切手を剥がす要領で、ピンセットで少しずつめくって上下分離。さらに元台紙からオリジナルラベルをはがしていく。


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 「上下分離」をした標本ラベル。特にボールペン字で書かれた部分は浸水で滲みがひどい場合がある。また、ゴム印で押された採取者名や標本番号は、既に消えかかっているものも。ラベルは標本が標本たる証しであり、本体と同じか、場合によってはそれ以上に貴重となるもの。これも大切に処理。


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 ミズハコベ。このように小さな標本は、浸水処理して元台紙から分離した後、絵手紙用のハガキの裏面ですくいとった。


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 腐敗やカビのひどいものには、ティッシュペーパーをあてた上から、霧吹きでエタノールを噴霧して消毒・殺菌処理。カビがひどいものは、乾燥から上がってから再びアルコールを用い、細かい部分をピンセットやキムワイプなどで、拭きとったりかきとったりする。


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 標本1点1点につき、標本の情報、状態診断の結果、処置経過などについて記したカルテを作成している。


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 全国の学芸員仲間との情報交換。失敗例や工夫した技術情報、塩抜き時間のテスト結果など、各地での必死の取り組み結果が、毎日メールなどで入ってくる。また、岩手県立博物館で献身的な取り組みを続ける鈴木まほろ学芸員からも、随時、適切な指示や情報提供などが送られてくる。これらの情報をもとに、処置方法を少しずつ改善。標本にとってよりよい、かつ効率的な作業ができるよう努めている。


【関連リンク】
陸前髙田市立博物館の被災状況(岩手県立博物館報道用資料)

岩手県立博物館の取り組み(岩手県立博物館報道用資料)

札幌市博物館活動センター編

北海道大学総合博物館での昆虫標本レスキュー

大阪市立自然史博物館編

飯田市美術博物館編


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 北海道内では、当館の他に以下の博物館で作業が取り組まれている。蓋を開けてみれば、どれも大学の教室における私の先輩と後輩たち、それに恩師だ。北海道大学農学部北方資源生態学講座植物体系学分野(当時の名称)のメンバーである。

 ・斜里町立知床博物館 担当:内田暁友学芸員
 ・札幌市博物館活動センター 担当:山崎真実学芸員
 ・北大植物園(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園) 担当:加藤ゆき恵助教・冨士田裕子准教授・東隆行助教・加藤克助教
 ・北海道大学総合博物館 担当:高橋英樹教授(作業には植物標本ボランティアが参加)


 この教室は現在も北大植物園や北大総合博物館の中に置かれ、日頃から標本作製や同定、標本整理などの技術や知識を伝授される。卒業後、学芸員として、各博物館現場で技術を磨いているのが今回のメンバーなのである。こうした日常活動の成果が、今回のようなプロジェクトで活かされることになった。専門的な技能を活かした貢献が出来ることは光栄に思う。

 同時に、全国的な学芸員のネットワークが、こうした協力体制をより強いものにしている。定員削減や地方自治体における学芸員発令の減少で、技術や知識の伝承が困難になってきているこの頃。博物館における専門職のあり方、学芸員の存在意義そのものについても、今回の事態は一石を投じていると思う。行政関係者のみならず、博物館を支える地域はじめ、多くの方々に取り組みを知ってもらい、日本の博物館行政や学芸員制度の在り方について、議論を深めるきっかけにして欲しい。


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2011年5月17日 (火)

『有蓋ホッパ車のすべて』とホキの思い出

 「プロフェッサー吉岡の貨車教室」で知られる吉岡心平さんが、RM LIBRARYの140巻として『有蓋ホッパ車のすべて』を刊行された。これまでレイルマガジン誌やホームページで何度も読ませていただいてきたが、ようやく本という形になった。たいへん嬉しい。


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 ホッパ車にもいろいろあるが、私が特に興味を持っているのが農産品輸送用のホッパ車である。形式では、国鉄のホキ2200形が有名だ。クリーム色のボギー貨車が、有蓋車などと混ざって貨物列車に組み込まれている姿を目撃したことのある方は多いだろう。

 私の出身地横浜では、ホキ2200形が特に多かった。なにせ鶴見線の大川駅には日清製粉横浜工場が、高島線東高島駅には日本製粉横浜工場があり、輸入小麦を陸揚げしていた。これを内陸部の工場へバラ積み輸送するため、少なくとも高校時代まではあちこちでホキを見かけたものである。
 他にもトウモロコシや麦芽など、横浜港は輸入穀物をバラ積み輸送する一大発信基地であった。各地の埠頭に伸びる臨港貨物線では、ホキ2200形やホキ9800形で組成された貨物列車を頻繁に見かけた。


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 現在は物流体系の変化で全廃となったこれらホキ車も、ホキ2200形式のみ、小樽市総合博物館と三笠鉄道公園に保存されている。写真は昨年、北海道鉄道文化保存会の職員として小樽市総合博物館に勤務していたときの写真。

 小樽で私が企画した初の展示解説行事が、このホキ2200形式であった。貨車好き少年として横浜時代を過ごした私にとって、実際に保存車輌を使って解説が出来たのは嬉しく、光栄であった。

 せっかくだからと、母校の酪農学園大学酪農学部飼料作物学研究室に協力を依頼。義平大樹教授にお願いして、積荷だった小麦や麦芽原料の大麦、こうりゃん(ソルゴー)などの種子標本をお借りしたり、実際に見本園から作物を刈り取らせて貰って、貨車とともに紹介することもできた。良い思い出である。


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 小樽の保存車の良いところは、搬入口が固定されておらず、ホッパの中に入れる状態で保存されていることである(但し、危険なので日頃は非公開)。ちょうどペンキ塗り替えの頃で、点検の為に昇った際に、小樽市総合博物館の佐藤卓治学芸員のはからいで、中へ入れさせてもらった。現役当時のトウモロコシ粒が中に落ちているのを見つけ、驚いたものである。そのトウモロコシは今も大切に保管している。写真はそのときのもの。


 中学時代、今は無き高島の貨物駅から、現在の横浜みなと博物館の脇を通って新港ふ頭へ渡り、山下公園を高架で通過して山下埠頭へ至る、通称「山下臨港腺」があった。ここでは麦芽輸送専用のホキ9800形がホキ2200形に混ざって編成され、1日1往復の貨物列車を運行していた。友人と朝の往復を見に行き、その後は午後まで高島駅裏手の有人踏切で張り込んで、頻繁に出入りする貨物列車の写真を撮っていた。

 根岸線の根岸駅から分岐して本牧ふ頭へ至る神奈川臨海鉄道本牧線も、当時は車扱輸送しか扱っておらず、やはりホキが多かった。沿線を歩いたり、市営バスを使って横浜本牧駅(当時は本牧操車場駅)へ行っては、飽きずに入換風景を眺めていた。

 ホキ2200形やホキ9800形の写真を見ると、中学・高校時代の思い出に自然と通じるものがある。ページをめくりながら、当時の鉄道風景を脳裏に描く。本当に懐かしいなあ。


<関連ホームページへのリンク>
 吉岡心平さんの「貨車と私有貨車の研究・情報サイト」
 貨車を含め、多くの鉄道車輌を静態保存している「小樽市総合博物館」
 小樽市総合博物館で保存車輌の整備や博物館案内などをしている「北海道鉄道文化保存会」

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2011年5月16日 (月)

ツボスミレが咲いた

 今日はお休みだが、罹災標本の手当と乾燥機のタイマーのスイッチを入れるため、少しだけ職場へ行く。その後、買い物がてらに百年記念館から北側を緑ヶ丘公園正門まで歩く。


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 多目的広場から「しらかばたちの径」にかけて、築堤斜面に新たなスミレが。きちんと同定していないが、地上茎が無く、托葉の基部が合着しているように見えるので、ミヤマスミレではないかと思う。もっとも、托葉の確認は、掘り上げずに上から覗いただけだから、明日もう一度きちんと見てみよう。

<訂正>
 翌日、採集して確認してみたら地上茎があり、タチツボスミレと同定しました。


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 たくさん咲いているなと歩き掛けたところで、白いモノが目に入る。近寄ると新たなスミレが。

 ツボスミレだ。横長の小さな白い花と背の高い草姿がポイント。これが咲くと早くも初夏を感じてしまう。周囲を見渡したが、いずれも紫色のミヤマスミレ<訂正>タチツボスミレばかり。ツボスミレの開花は、まだこの株だけのようだった。


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 パークゴルフ場を抜けて公園北通線に沿った歩道へ。すると、牧草やセイヨウタンポポに混じってムラサキ科の小さくて水色の花が咲いていた。ワスレナグサが頭に浮かぶが、恐らくノハラムラサキだろう。これも双眼実体顕微鏡で毛先などを見てみないと詳しくは同定できない。今日は採集しないので、細かな判断は明日へ回す。


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 正門のすぐ近くではシロツメクサが開花。これも開花株はこれだけだったが、除草が進んでいるようで、明日にはこの株の花も吹っ飛んでいるかもしれない。


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 緑ヶ丘公園の正面玄関から「まっすぐの径」を見る。サクラが美しい。だが午後から曇り空になり、風も出てきて天気は下り坂だ。


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 買い物を終えて再び百年記念館駐車場まで戻ってきた。数日前から咲き始めたイタヤカエデの花が満開だ。葉も出始め、徐々にカエデらしさを示し始めた。


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 エゾヤマザクラにキタコブシと、春の木の花が開く足下で、ツボスミレなど初夏へのステージが動き出している。気がつけば木々にも若葉が芽吹き、落葉景観が様変わりしつつある。緑ヶ丘公園が文字通りの「緑の丘」に染まる日までは、そう遠くないことだろう。


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帯広の森で植物調査

 昨日5月15日(日)は、午後から帯広の森。エゾリスの会が実施している、日本自然保護協会の「モニタリング1000」事業による、植物調査である。同時平行でチョウの調査も実施された。

 植物の調査は、いわゆるフロラ調査で、調査時点で開花している(もしくは蕾や果実がある)植物の種をリストアップしていくものである。植生学会などでも時々目にする調査だ。

 「モニタリングサイト1000」を略して「モニ1000」と言う。初めて聞いたときには鉄道車輌の形式(荷物電車の形式で「モニ」というのが実際に存在する)かと思い、なんのことだ?どこの車輌だ?と気になったが、実は生物の調査事業のことで、唖然としたことがある。

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 オオバナノエンレイソウが良い時期を迎えている。札幌に居た頃、オオバナノエンレイソウが単独で群落を作っているところは少なくて、たいていはエンレイソウやミヤマエンレイソウと混生していた。そのためか、雑種と思われる個体が多く、なかなか図鑑どおりの典型的な形が群生するところは無かったと思う。

 帯広へ来て思うのは、オオバナノエンレイソウが図鑑どおりの典型的な形で群生する姿を目にすること。他のエンレイソウはどうなったんだ?という点が気になるが、開花期がずれているのか?まさに絵に描いたようなオオバナノエンレイソウが咲き誇っている場面に出会うと圧倒される。しかも花がデカイ。

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 緑ヶ丘公園では花を見かけなくなったが、帯広の森ではアズマイチゲも未だかろうじて咲いていた。しかし、やはり季節はニリンソウへ移ってきている。ニリンソウの花には緑がかったものを度々目にするが、今回の個体群にもチラホラと見かけた。なかなか面白い。

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 ミヤマエンレイソウの姿も。こうして見るとオオバナノエンレイソウとはずいぶんと雰囲気が異なるものである。野幌あたりでは微妙な中間個体をたくさん見たが、ここでは明らかに別種とわかる。
 小ぶりの花に先端の尖り気味な花弁や蕚片。シュッとした形の草姿は、愛嬌のあるオオバナノエンレイソウに比べ、シャープな格好良さがある。

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 今日の調査は、植物もチョウもいつに無く参加人数が多かったそうだ。捕虫網を振りながらグングン進んでいくチョウ班と異なり、植物班の調査はなかなか進まない。13時過ぎのスタートで、終わったのは16時少し前。距離を考えると、ずいぶんとゆっくり歩いたものである。

 リーダーの市村さんは、さすがにこの地の植物をよくわかっているし、フロラ調査の経験があるので同定にも慣れている様子。私などヤナギ類はフィールドで出会っても緊張するのだが、どこに何があるのかをわかっているようで、とても頼もしい。

 春まで畜大の院生だった宮崎さんは、はぐくーむの職員となってフィールドワークにより熱が入っているらしく、テキパキと動いては目ざとく植物を見つけ、図鑑でチェックしている。いろいろな事に興味を持っていて将来がとても楽しみだ。
 
 いろいろな人の協力で実施されるこの調査は月に1回。来月は参加できるかどうか微妙だが、補足調査や証拠標本の採集などで他の日に森へ行くこともあるから、情報交換ができるように努めたい。

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2011年5月11日 (水)

森の里小学校でレンプクソウ満開

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 今日は帯広市森の里小学校で4年生の総合学習。樹木の生長を継続観察する学習指導をしている。ビオトープで池田学芸員が子供達に観察のポイントや記録の仕方を教えているところ。


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 ビオトープにも周辺にも、レンプクソウが満開だった。五輪花の別名のあるレンプクソウの、花茎頂部に付く四角い花を見ると、大きなスタジアムなどに立っている、全方位型のスピーカーや照明装置を思い浮かべてしまう。

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 植栽されているサクラソウやシラネアオイも開花中。静内の北大牧場を思い出す。野生個体を自生地に見に行きたくなる。

 午後はロビー展の撤収を手伝ったり、昨日の採集標本を同定したりして過ごす。ケショウヤナギには腺体が無いことを初めて知り、新鮮な感動を覚えた。

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2011年5月 9日 (月)

愛国大橋を渡って植物採集へ

 今日は気持ちの良い天気だった。緑ヶ丘公園の桜は今日の方が見頃で、美術館近くではお花見ジンギスカンをするグループが多数見られた。せっかくの天気なので、散歩がてら郊外へ植物採集に出ようと思った。

 午後、南北線のバスを使って稲田のイトーヨーカ堂へ行ってみる。ちょうど昼過ぎなので、昼食がてら一休みして1時間ほど読書した後、徒歩で札内川方向へ行ってみた。

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 帯広市の上水道水源近くに「愛国大橋」という、地名だと知らなければ何か右派的な香りを感じさせる名前の橋があり、ここから札内川の河原へ降りてみる。まずは左岸。川風が気持ちよく、広い河原に誰一人として居ないのが不思議なくらいだ。札幌の豊平川なら、こんな天気の日は多数の人出があるだろう。

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 だが、散策してみても、植物採集の点では、これといったものが無い。まあ、札内川と言っても、この辺りでは人工護岸の都市河川であるから当然と言えば当然。外来種の牧草が広がるばかりである。あまり面白みは無いなあ、引き上げるかと思ったとき、ツクシの集団が目に入った。

 そのとき、「高山植物や貴重種の標本は案外たくさんあるが、身近な雑草の標本などはあまり無い。遠くの山の標本はあっても、身近な市街地の標本は無い」という、恐らく全国のハーバリウムに共通する現状を思い出した。そう、身近な場所の普通種を採集して記録するのが、我々地域博物館の学芸員の仕事のはずであった。

 考え直して周囲を見渡し、イヌナズナ、シロイヌナズナそしてツクシを採集した。

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 せっかくなので愛国大橋を渡ってみることにした。橋を渡って右岸に出ると、低い丘陵斜面に落葉広葉樹林が見えてきた。麦畠の傍らにある小さな林である。あそこなら何かありそうだと思って近づく。

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 行ってみると、斜面下部にはトクサの群落。ということは湿った場所である。ササの姿も見える。トクサ群落にササと来れば、人手のあまり入っていない自然林の可能性が高い。きっと何か見つかるだろうと思って歩いていくと…

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 まずはトクサに混じってニリンソウが出現。

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 キジムシロの黄色い花も出現。

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 タチツボスミレも出現。

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 セントウソウも出現。

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 ヒカゲハリスゲも出現。いろいろと出てくる出てくる。キジムシロ以降は今季初確認である。左岸で真面目にイヌナズナなどを採集した努力(?)が報われたような気持ちになる。植物採集にも神の見守りがあるような気がしてならない。

 せっせと採集にいそしんでいたら、ガサゴソという物音が。顔を上げると、斜面をキタキツネが走り去って行った。

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 農道を上がるとシバザクラがいくらか。緑ヶ丘公園に植栽されているものより色が濃い感じ。

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 イネ科のコウボウも美しい花を咲かせていたので採集。スゲ属もイネ科も今季初採集である。

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 いつしか空が曇り、風も強くなってきて怪しげな天候に。懐中時計を取り出すと、稲田のイトーヨーカ堂前を出る帰りのバスの時刻が迫っている。

 さあ帰ろうと大橋へ戻ろうとすると、ふと脇の木に赤い鳥居が。「なんじゃこりゃ?。」そう言えばさきほどキツネが1頭走り去って行った。植物採集に神の力が…なんて考えたが、神は神でもお稲荷様の導きだったのだろうか?いやお稲荷さんはホンドギツネではないのか?ブラキストン線以北にも神通力があるのか?

 もちろんキリスト教に稲荷信仰は無いのだが、キリスト者であっても、ついそうした事を結びつけて考えるのが日本人の感性である。あれこれ考えながら、もと来た愛国大橋を渡り、帰りのバスへ急いだ。

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2011年5月 8日 (日)

桜祭りにコブシ香りセンボンヤリが咲き

 本日5月8日(日)は、帯広桜まつりであった。会場の緑ヶ丘公園はたくさんの人手で賑わい、穏やかな日曜日の空気に包まれた。

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 実は未だ桜の多くは蕾で、満開という状況ではない。それでも、咲いている木もあるし、何より今日は朝から天気が良く、昨日の雨が嘘のような気持ちの良い日であった。

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 緑ヶ丘公園内では、随所でキタコブシやハクモクレンが咲いている。昔から、コブシにはチリ紙が枝にひっかかっているような印象を受けていたのに対し、ハクモクレンは「花」としてまとまった印象があった。しかし、どちらも大きくて美しい花だ。

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 林床ではセンボンヤリが咲く。センボンヤリには春型と秋型があり、春型は表面が白く裏面がうっすらと赤みを帯びた舌状花が特徴的だ。

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 早春に見つけて以降、しばらく見失っていたフデリンドウを再発見。蕾が大きく、間もなく開花する勢いだ。見失わないよう、今度は近くに目印を付けておいた。

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 既に雄花を落として新葉を展開してきたハンノキ属に代わり、カバノキ科ではカバノキ属の花が満開。花粉症の人には悩ましい季節。しかし、シラカバ花粉症の人の多くは、実はハンノキの花粉症も発症する。

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 グリーンパークの400mベンチの下は、良い風よけになっているのか、コハコベが満開。

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 十勝池のほとりを行く、輓馬リッキーの牽く幌馬車。リッキーはれっきとした帯広市嘱託職員の辞令を受けている優秀な馬である。嘱託職員、つまり私と同じ立場で、市役所職員としては同僚であり、妙に親近感を覚える。

 今日は昼頃に、6月のバスツアーの下見として、小樽市総合博物館から主幹学芸員の石川さんと、指導員の佐々木さんが来た。同館でボランティアをしている帯広地元の元気な北海学園大学生2名も同行。みんな久しぶりなので楽しい。インディアンカレーを食べたいというので、昼食として皆で駅前まで食べに行ったのだった。

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2011年5月 7日 (土)

今週の実習も終わり

 ここのところ酪農学園大学の博物館実習(学内実習)の指導で、週末になると帯広から札幌へ出てきている。今日も朝から実習。本当は北大植物園へ見学に行きたかったのだが、天気が悪いということで、先週に続き北大総合博物館での実習。

 今日はソーティング実習と、古い標本の内容確認・再梱包に関する実習をしようと考えていたのだが、ソーティングに思いのほか時間がかかり、結局一日がかりとなった。

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 マウントされている標本に、静電気破損防止用のパラフィン紙をかけた上で保護袋に入れ、標本庫へ配架する作業。この作業には

 1)植物標本(腊葉標本)の持ち方・運び方などの取り扱い手法を学ぶ。
 2)標本庫の基本的な使い方を学ぶ。
 3)標本庫管理に必要な分類体系や学名の知識を学ぶ。
 4)標本庫管理に必要な技術や知識は他に何か?を知る。

という目的が含まれている。このうち、1)や2)はともかく、大変なのが3)である。いわゆる学名の問題だ。

 まず種内分類群や命名者名など、学名のシステムそのものをおさらい。標本ラベルにある ssp.やvar.やf.などの意味と、それらの後についている命名者名との区別から知って貰わなければならない。そして分類体系を理解し、自分が見ている植物が何科の植物か?それは単子葉類か離弁花類か合弁花類か?それをどうやって調べるのか?これらをまず理解してもらう。

 そしてシノニム(同物異名)だ。学名は世の中に1つだけと思っているのが通常で、分類学の進歩と共に変化するということを知っている学生は少ない。標本が採集された年代や研究者の考え方によりら、標本ラベルに書かれた学名は、同じ植物でも異なる。そして、さらに各博物館の標本庫が見出しとして用いている学名も、それらの標本と一致しない場合がある。そうしたとき、どうやって目的の植物を標本庫から探し出すか?

 さらに、古い標本の場合は地名などの判読が不可欠。そして判読の為には旧漢字などにも慣れる必要があるし、旧地名の調べ方も知っておかなければならない。

 こうして、学芸員とは自分の専門分野をきわめると共に、周辺領域についても学んだり、情報収集のアンテナを張ったりしておく必要があるのだ、ということを実感してもらいたいのだ。

 酪農学園大学では分類に関する講義や実習が無いので、標本管理以前にこうした基礎知識を訓練する機会が無い。強いて言えば、植物に関しては今がそのときなのかもしれない。だからソーティング実習には、思いのほか時間がかかるのだ。

 朝9時半からの実習は夕方18時すぎに終了。5名の実習生たちは今日もよく頑張った。次は2週後の予定。
 明日、百年記念館へ出勤しなくてはならないので、今日は最終のスーパーとかちで帯広に帰る。

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2011年5月 6日 (金)

こどもの日の緑ヶ丘公園

 昨日、5月5日の帯広市緑ヶ丘公園。連休の後半で賑わう公園内を歩きながら、植物の生育状況を観察。フロラ調査用の植物標本を採集する。

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 十勝池にはボートばたくさん浮かび、連休らしいのんびりした空気に、エゾノリュウキンカやミズバショウが鮮やかな彩りを添えていた。

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 早春に開花するアズマイチゲ(右上)の花はほぼ終わり。追い立てるようにニリンソウ(左下の葉と蕾)が伸びてきている。

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 ニリンソウが咲いてくると、早春から春の盛りへ季節が移ったことを実感する。

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 十勝池方面から児童遊園への入り口にあたる芝生では、オオタチツボスミレの紫色の花が広がる。

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 これも春の盛りに入った事を告げる花と言える。櫛の葉状のたく葉と太い地下茎、太くて白い距が特徴的。

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 一方、早春に咲き始めたアオイスミレは、最初の群落の花が終わり、徐々に日影の群落へ開花個体群がずれてきた。まだまだ場所によっては見頃で、今は児童会館の真裏あたりの斜面で満開に。

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 アオイスミレの頭上ではカラマツが開花。ポワンとした花の近くで、新葉も現れ始めた。

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 児童会館の食堂の窓外で展開するエゾノバッコヤナギの雌花。今回、ヤナギの仲間ではタチヤナギの開花が確認された。

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 こどもまつり開催中でにぎわう帯広市児童会館。

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 向き合う北海道立帯広美術館では「エッシャー展」を開催中で、こちらもにぎわっている。近くで植物採集中、「あれ持田さんじゃない?」という声がして、授業で通っている森の里小学校の子供達がかけよってきた。家族で児童会館と美術館へ遊びに来たらしい。植物採集の後ろ姿からすぐわかったとのこと。

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 ハルニレへまとわりつくように伸びてきたマイヅルソウの群落。でも蕾が無いなあ。

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 フッキソウも満開。ずいぶん前から蕾が立っていたが、ようやく葯も開き、雄花も開花した。

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 オオバナノエンレイソウの1株が開花。この辺は元古民家があったらしく、野生かどうかちょっと疑わしい。足下にニリンソウ、隣にはオオウバユリって、ちょっと出来すぎ?

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 ジンギスカンを楽しむグループが目立つ児童遊園付近の芝生で見つけたセイヨウタンポポ。これだけ「予備軍」を備えているのを見ると、「今年も咲くぞ!」というやる気を感じる。

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 芝生に混じって、ゴマノハグサ科のコテングクワガタが開花。この花は採集すると花びらがすぐに落ちてしまうので、胴乱に入れる訳にいかない。『新北海道の花』のページ間にティッシュを敷き、簡易押し花にしてしまう。

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 おびひろ動物園も開園。大人気で入口には入場券を買う列が出来ていた。

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 一昨日、「すげの会」から会報と共に今年の大会案内が届いていた。動物園と美術館の間の森では、あちこちでスゲ類の花が咲いている。

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 低木層が一斉に萌えてきた。

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 エゾヤマザクラも咲き始めた。今日は夜から札幌へ出張。戻った頃には満開になっているかもしれない。

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2011年5月 4日 (水)

マルミノウルシを展示する

 帯広百年記念館はゴールデンウィークの真っ最中。常設展示では「食べものクイズ」を開催。アイヌ文化情報センター「リウカ」では、発泡スチロールとストローを用いた「シカ笛づくり」を指導。どちらも子供達で盛況である。

 ここで子供達にはあまり興味が無いかも知れない植物の展示をひとつ。もともと動かない植物は、子供の注目をあまりひかない。さらに今回の植物は、春植物と言ってもかなり地味な、トウダイグサ科のマルミノウルシである。大人の注目もひかないかもしれないが、まあせっかく花の時期なので。

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 「杯状花序」が特徴的なトウダイグサ科トウダイグサ属の多年草。落葉広葉樹林の林縁などに生育しているが、道内の自生地は胆振・日高地方以外はほとんど知られていない。絶滅危ぐ種にも指定されているちょっと珍しい植物である。

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 もともと北大で研究用にポット栽培していたものを、レンタカーに積み込んで、大量の書籍と一緒に帯広へ運んできた。春植物の一種で、今の時期だけ、茎葉を展開し花を付ける。その花は「杯状花序」という独特のものだが、これがまたなにせ地味なのである。しかし、じっくり観察していると味わいのある花でもある。

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 残念ながら、現在のところ、十勝圏での自生地は知られていない。これらの栽培個体は、日高地方で採集されたものである。それだけに、あまり馴染みの無い植物だろうと思って、あえて玄関に展示してみた。パネルでは自生地の群落の様子を写真で紹介。

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 「ノウルシ」という言葉からツタウルシなどのウルシの仲間と思われがち。そこで、ウルシとは異なる植物なんだよというパネルも作製。植物体を傷つけると白い乳液を出すところがウルシと似ているので、ノウルシの名が付いたと言われる。
 この乳液で私はかぶれたことは無いのだが、肌の弱い人が触れると痒くなることもあるらしい。念のため、その点も書き加えておいた。

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 今は花茎が伸長し、花も咲き始めの状態。これからどんどん花が開き、やがて赤みが抜けた緑色の葉と薄黄色い花序が美しくなる。5月下旬には結実し、その後、全草が黄色く枯れてきて、やがて解けていく。地上部が消え、地下の塊茎で次の春まで待つのである。

 里山の落葉広葉樹林に咲くマルミノウルシ。今なら帯広百年記念館で見られます。


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2011年5月 2日 (月)

またひとつ古書店が消える

 ススキノ交差点に近く、市電からも見ることのできる南四条に、「石川書店」という古書店がある。この古書店が近く閉店すると言う。郷土史料や山の本などが充実していて、学生時代には何度も本を買ったり、金欠になると買って貰ったりした。

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 行ってみると店は閉まっていた。そう言えば月曜日は定休日だったのを思い出した。


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 閉店を告げる張り紙が寂しく張り出されていた。在庫処分セールを開催中だと言う。ご挨拶代わりに何か購入しようかと思っていたのだが、残念だった。

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 ニッカおじさんの看板に札幌市電。見慣れたススキノ交差点界隈の影で通い慣れた古書店が消えていく。石川書店の創業は1934(昭和9)年で、北海道新聞の記事によると札幌で2番目に古い古書店なのだそうである。寂しいなあ。

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2011年5月 1日 (日)

日曜日の札幌:北光教会、札幌芸術の森

 博物館で働いていると、日曜日や祝日というのは出勤日にあたることが多い。博物館は日曜日にこそ多くの方々に来ていただく場所なので当然なのだが、必然的に博物館職員は、他の博物館で開催される各種の行事に参加することがなかなか難しい。博物館好きが博物館員になった時に陥るジレンマである。

 今回は、出勤日の振替で日曜日にお休みを頂くことができたので、札幌に出てきていることもあり、久しぶりに日曜日の市内へ出かけることができた。

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 キリスト者が博物館員になると、日曜日に教会へ行けないというジレンマも発生する。まあ、いまどき日曜日に仕事を持っている人は博物館員以外にもたくさんいるので、それ自体は特殊な事では無いのだが、やはり寂しいものである。

 久しぶりに大通の日本基督教団札幌北光教会の朝礼拝へ出席する。大通公園のテレビ塔のすぐ近くにある教会で、見たことのある方も多いのではないだろうか?

 実は北光教会。会堂の建物が新しくなった。まさに今日の15時から、献堂感謝礼拝を開催するのだそうである。そのためであろう、朝礼拝にも、多数の教会員、来客、北星学園中高の生徒さんなど、多数の信徒で一杯だった。

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 礼拝堂へ入ると、説教団や座席の向きが旧会堂とは異なり、全体に明るい雰囲気に変わっていて驚く。パイプオルガンは2階に設置されていた。

 新会堂を記念してのことだと思うが、1968年から8年間、北光教会に伝道師として働いて居られたという榎本栄次牧師(現在、新潟県の敬和学園高等学校長)が説教に立たれた。とても型破りな説教で、話に引き込まれる。

「キリスト者になると良いことはあるか?苦労することの方が多かったのではないか?」
「あなたに逢えて良かったという言葉がある。しかし、あなたに逢えて大変だった、ということもたくさんある」
「そうした苦難の四十数年こそがキリスト教そのものである」

 「コリントの信徒への手紙」の中でパウロは、キリストを信ずることによっていかに自分が辱められ、苦難に満ちた状況下にあるかを赤裸々に告白している。榎本牧師は聖句を引きながら、困難にあった時に神の示した道を進むことこそに、キリスト者が信仰を持って生きている真実の意味があることを説いていた。

 日頃は、どちらかと言うと儀式的要素(典礼)が中心なカトリック教会のミサへ通っているので、久しぶりにプロテスタント教会における牧師の説教というものを聞いた。あらためてキリスト教、キリスト者そして信仰というものの持つ大きな意味を考えさせられた、良い機会であった。


 午後は地下鉄南北線で真駒内へ出、北海道中央バスで札幌芸術の森美術館へ行く。開催中の森山大道写真展「北海道<最終章>」を観る。森山写真展は以前から気になっており、特に日常の風景を記録した莫大なモノクロ写真には、スナップというものの持つ大きな力をあらためて感じさせる。

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 写真展を観た後、構内に保存されている有島武郎記念館を訪問。かつては現在の市営地下鉄南北線北12条駅近くに建っていた有島邸が移築・保存されているものである。かつては北大構内で職員寮や学生寮としても用いられていたもの。こうして美術館の構内で余生を送ることができたことは幸いで、かつて保存運動を盛り上げた多くの卒寮生たちの努力の賜物であろう。

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