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2011年3月

2011年3月31日 (木)

求む!プラナリアを同定できる人

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 プラナリアである。理科の教科書に必ず出てくる、三角頭のいかにも原始的な、それでいて清流にしか棲まないという神秘的な憧れを持たれる謎の動物プラナリア。それをワンサカと採ってしまった。

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 エゾアカガエルの卵塊に無数に付いていたのである。これが卵を食害するのではないか?と思い、エサ用にいくつかカエル卵を入れた状態で、プラナリアをシャーレに入れて観察。だが、まだ直接食べているところを自身で確認できていない。一昨夜、卵塊へ咽頭らしきものを伸ばしているところが目撃・撮影されているので、これを飼育下でもっとよく観察できないかと思って採ってきたもの。継続的に観察してみよう。

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 ところでプラナリア。不勉強なことに、私はプラナリアにそんなに種類があることを今まで知らなかった。ネットで検索してみると、プラナリアの分類学的権威である川勝正治先生の「プラナリア原色図説」サイトへ行き着いた。

 開いてみた途端に絶句である・・・ プラナリア原色図説

 こんなに種類がいるものなのか?そして、その同定法がまた難しいらしい。とてもシロウトにはできそうも無い。やはり専門の分類学者に同定を依頼するべきだろう。
 せめて標本を作りたい。専門家に同定を依頼するにしても、博物館として、自身が立地する緑ヶ丘公園のファウナの記録として、証拠標本を残す努力を惜しみたくはない。そして、標本として記録した暁には、分類学者にぜひ同定をお願いしたい。プラナリアの同定できる方、お待ちしております!

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 ついでに(?)コウキクサも顕微鏡で拡大写真を撮影。こう考えると植物って同定し易いんだなあ。

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2011年3月30日 (水)

緑ヶ丘公園のフェノロジー3月30日

 午後は、再び「ひなた川」へ向かい、フェノロジー調査再スタート。今度はテニスコートの脇を通って動物園の下へ出、緑ヶ丘墓地を通過して八千代通りへ抜けよう。

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 テニスコートの斜面側、「ひなた川」の源流部付近でアキタブキの雌花を発見。開花を確認。昨日、ウツベツ川の野草園付近でも1株の開花を遠目に見ていた。

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 見上げるとこの辺りの斜面下部に、スゲ類の盛り上がった固まりを発見。「十勝坊主」とか「谷地坊主」と呼ばれているが、湿原のカブスゲなどの谷地坊主と区別して、地学的には「凍結坊主」と言うらしい。まだ枯葉のみだが、新葉が展開した頃にまた見に来てみよう。

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 公園東通から別れて、動物園南門へ向けて緩くカーブしながらの上り坂。動物園側には、芝生の斜面があるが、イネ科牧草が優占している区域(写真右側)と、イネ科が衰退してマメ科牧草が散生している区画(写真左側)があって面白い。まさしく牧草地そのものを見ているよう。

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 お墓というのは意外と自然が残っているんだよなあ、と思いつつ、緑ヶ丘墓地へ足を踏み入れる。立ち並ぶ墓石の間の地面に、フクジュソウがひっそりと咲いている。

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 誰かが手向けた供花だろうか?その枯れ茎に寄り添うようにフクジュソウが咲いていた。

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 ここでもカラマツ並木の北側付近だけ雪が残っている。グリーンパークのカラマツ並木と同じだ。林の作り出す日影が、積雪と融雪のコントラストを形作る。

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 墓地を抜け、ウツベツ川を跨ぐ並木橋を渡ると、川岸から生えるヤナギの雄花が、ちょうど目の高さに揺れている。綿帽子がゆっくりと膨らみ、内側から赤みが差してきている。

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 足下ではハコベ。コハコベだろうか?ずいぶん前から蕾を見ていたが、開花しているところになかなか出会えず、写真も標本もとれなかった。撮影後、採集しようかと思ったが、これから開花個体がグングン増えるはずなので、今はやめておく。

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 八千代通りに出ると、法面にわずかに残った雪を囲むように、タデ科の芽生えが生えている場面に出くわした。エゾノギシギシだろうか?

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 この辺りの法面にもフクジュソウ。野草園の影で陽当たりは悪いが、それでも満開になっており、開花最盛期に入ってきたと思われる。

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 これは朝の写真だが、公園内でも雪が残るのは、こうした北向き斜面の部分のみになってきた。ヤナギも膨らみ始め、いよいよフェノロジー調査も本格的な稼働シーズンへ突入だ。標本採集も忙しくなるだろう。毎日の吸水紙交換が今から憂鬱だけれど。

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緑ヶ丘公園の北東を歩く

 帯広市緑ヶ丘公園は意外に広い。このうち、いつも足を向けているのは十勝池より南側、つまり、百年記念館より動物園方面が中心だった。しかし、これでは緑ヶ丘公園全域を調べていることにはならない。今日は午前中に、なかなか足を向けていなかった公園北東部(下の看板だと右下のあたり)を歩いた。

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 グリーンパークの雪はすっかり融けた。残るのは、グリンパークの南側に列状に植わったカラマツ並木の日影部分のみである。防風林勉強会のときも話題になったが、やはり並木の北側というのは日影になり、最後まで雪が融けない。これが農地の場合、この部分は作物の生育が遅れてしまう。耕地防風林の抱える問題の一端を、ここグリーンパークでも垣間見ることができた。
 緑ヶ丘公園名物のながーいベンチに沿ってグリーンパークの北東端を目指して歩く。3頭のエゾリスが目の前をウロチョロしているのを眺めつつ、遊歩道に沿って植物を観察。ナデシコ科のハコベやミミナグサの類の葉が散見されるが、いずれもまだ開花には至っていない。

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 グリーンパーク北東角に到着。ここには時計塔が建っていた。「グリーンパーク太陽時計塔」と言う。ソーラーパネルが取り付けられており、太陽エネルギーで動く時計である。

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 この角からの眺めは初めてだ。時計塔から十勝池方向を見たところ。

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 少年院の横を歩き、歩行者用信号機を渡って、再びグリーンパーク南側のカラマツ並木のところまでやってくる。こちら側の入り口から公園へ入ったのも初めてだ。2つのニコニコ石が迎えてくれた。

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 子供達でにぎわう公園の脇を通り、通称「ひなた川」へ。エゾアカガエルの産卵を確認。2箇所に卵塊があったが、死卵も多い。カエルの卵塊を採集して、百年記念館へ引き返す。午前中の探索はこれにて終了。
 北東部一帯では、特に真新しい植物の開花は見られなかったが、これからの季節、何が咲くかわからない。公園内の歩き方を工夫して、1日置きにでも、公園北部もしっかり歩くようにしよう。

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2011年3月28日 (月)

緑ヶ丘公園のフェノロジー3月27日

 緑ヶ丘公園では昨日、セイヨウタンポポの開花とエゾアカガエルの卵塊を今年初確認。まあ、セイヨウタンポポは刈り込まれた芝生でかなりいじけた状態のものが開いていたので、ちょっと無理矢理な感じ。エゾアカガエルの卵塊は1つのみ確認。但し、かなりの割合で死卵だった。この場所は例年、生残率が低いのだそうで、原因は何か考える必要がある。水温か?水質か?さまざまな要因が複合的に絡んでいるのだろう。

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採集して顕微鏡で同定した結果、根に翼が無いことを確認。アオウキクサではなくコウキクサであった。コウキクサには狹義のコウキクサと、ムラサキコウキクサ、キタグニコウキクサの3種が知られており、道東にはキタグニコウキクサが分布している。但し十勝管内での報告はまだ無いので、慎重に検討したが、厚みも無く、着色もしていないので、狹義コウキクサであることで間違いなさそうだ。


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カエル講座の自主講座を兼ねての観察会。我々の上空をトビが何かを捜しながらユルユルと飛翔していた。


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水温を計測。暖かいようだ。

その他、林の中でもいろいろな植物が姿を現している。花はまだまだだが、少しずつ季節が進行しているのがわかる。

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ケヤマハンノキに似ているが、ちょっとまだ同定できていないハンノキ類。雄花序の柄に褐色の毛が多く、花序そのものも太い。葉が出てきてから合わせて検討しよう。なんだろうなあ。

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2011年3月27日 (日)

北方山草第28号発刊

 北方山草会という団体が北海道にある。「山草会」の名が示すとおり、もともとは山野草栽培を愛好する人々の団体であった。北大植物園に事務局が置かれた時代もあり、栽培技術の講習会などを開催したこともあったと言う。
 今でも山草栽培は北方山草会の活動のひとつの柱だが、もう一方の柱が野生植物の調査研究をライフワークとする市民である。いわゆる「植物研究会」としての性格を併せ持っているのが、この会が他府県の山草会と大きく異なる点だと思う。
 北方山草会最大の活動が、会誌『北方山草』の発行だ。道内では、北海道植物研究会などの組織が無いため、全道単位で市民が日頃の調査研究結果などを発表する「植物研究会誌」のような雑誌は無く、『北方山草』がその地位を代行している(北海道植物友の会という団体が別にあるが、こちらは研究会というよりも植物を愛する人々の団体すなわち愛好会であり、研究会的性格とは少し異なる)。
 その『北方山草』誌の最新号、第28号が発行された。今回の小特集は「サクラソウ類」である。北海道の野生植物に関心のある方には、ぜひご購読をお薦めしたいので、目次情報をここで御紹介。

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表紙画は毎号、故坂本直行氏の絵が飾られる。題字も同氏の筆によるものである。これだけでも豪華なのだが、グラビアには北海道を代表する植物写真家である梅沢俊氏の美しい写真とコラムも掲載される。今回の表紙はウツボグサ。

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裏表紙は会員の写真が掲載されるのが通例。今回は水野博介氏によるソラチコザクラの写真。

【雑誌名】北方山草
【巻号数】第28号
【発行日】2011年3月
【 ISSN 】 1347-4006
【発行元】北方山草会 http://hopposansokai.web.fc2.com/index.html
【注文先】
北方山草会事務局 五十嵐 博 Email:move-i@nifty.com
定価2,500円+送料100円=2,600円
*発送時に郵便振替用紙を同封

【目次】
写真によせて
扉&ユキワリソウ類 ………………… 札幌市 梅沢 俊 …… 1
北海道のサクラソウ類 ……………… 札幌市 本多丘人 …… 2
ユウパリコザクラによせて ………… 札幌市 小林孝光 …… 3
東北のサクラソウ類 ………………  仙台市 国京潤一 …… 4
 裏表紙(ソラチコザクラ)…… … 余市町 水野博介 …… 4

〔特集〕サクラソウ
サクラソウ ………………………  東京都 鷲谷いづみ …… 5
サクラソウの北海道分布 …………  千歳市 五十嵐博 …… 7
カムイコザクラは幻か〜
 日高山脈西側におけるヒダカイワザクラ(Primula hidakana)
に見られる毛の産地ごとの特徴と分布(予報)〜
               …… 旭川市 新田紀敏 …… 9
ソラチコザクラの北海道分布 ……  千歳市 五十嵐博 …… 19
東北のコザクラ ………………………仙台市 国京潤一 …… 22
オオサクラソウと幻のウリュウコザクラ ……
                雨竜町 佐々木純一 …… 27
オオサクラソウ・エゾオオサクラソウの分布特性・予報
               … 千歳市 五十嵐博 …… 33
ユウパリコザクラに魅せられて「ユウパリコザクラの会」の活動
              …… 夕張市 水尾君尾 …… 37
九州大分の旅でサクラソウに出会う 
            ………… 恵庭市 丹羽真一 …… 43
クリンソウの北海道分布 ………… 千歳市 五十嵐博 …… 49
日高と十勝のサクラソウめぐり日記
         ……………… 苫小牧市 小山留美 …… 51
武田久吉(1913)による邦産サクラソウ属の分類
 に関する論文のあらまし………… 江別市 野坂志朗 …… 55

〔記事〕
直行さんと焚火 ………………  札幌市 鮫島 惇一郎 …… 57
北海道産植物ノート(2)キク科植物2種について
              …… つくば市 門田裕一 …… 61
平取町石灰質礫岩地とその周辺の植物
        …………………… 日高町 高橋 誼 …… 69
特報 ホテイアツモリとセイヨウオオマルハナバチ、
 ウキミクリの新産地ほか  … 雨竜町 佐々木 純一 …… 79

アイヌ語ノヤnoyaのヨモギ 類及び用途についての資料集成
               …  札幌市 松井 洋 …… 87
苫小牧市弁天におけるエゾツリスゲの生育地
             ……… 江別市 藤田 玲 ……101
ちょっとあり得ない山行・ヨンリンソウ現わる
              …… 旭川市 新田紀敏 ……104
タマブキ(キク科)の北海道分布 
     …… 千歳市 五十嵐博・函館市 酒井 信 ……111

〔その他〕
観察会の記録・コラム・花語草談室・新刊紹介・編集後記など
                     …………………127

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また雪です

 今朝、外へ出たら真っ白だった。夕べからずっと降っていたのだろう。また雪景色に逆戻りだ。湿った雪なので、またすぐに融けてしまうだろうけれども。公園内が白いのは景色として美しいし、もう少しでこの景観ともお別れだなと思うと、余計に眺めてしまう。除雪の苦労を思うと、なんて勝手なんだと思うけれども。

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帯広百年記念館の駐車場脇で、エゾリスが何かを熱心に食べていた。カサコソという音が響き渡る。

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ハンノキの花は満開だったが、雪の重みでちょっとつらそう。

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ともあれ、今日も帯広百年記念館は開館しております。道立帯広美術館や児童会館も営業中。どうぞ緑ヶ丘公園へお出かけ下さい。

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2011年3月26日 (土)

ハコベは咲いた?

 芝生の雪解けはグングン進んでいるが、十勝池にはまだ氷が残っており、真っ白。水鳥が戻ってくるのは、まだしばらく先になりそうだ。今日は朝から美術品の引き取りがあり、昼近くになって、2日前に見つけておいたフデリンドウの様子を見に公園内を少しだけ歩く。

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2日前「まあ、行けばなんとかなるな」とタカをくくって目印も何も付けなかったが、今日あらためて探すとなかなか見つからない。毎年こんなことをやっている気がする。フィールド始めの頃というのは、なかなか不備が多い。
ようやく見つけたフデリンドウ。花の準備は進んでいるようだ。もっとたくさんあったはずだが、今日は1個体しか見つからなかった。


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もうどこかに咲いているやつがあるだろうと思われるハコベ。蕾はよく見つかるが、開花個体をまだ見ない。今日も蕾しか見つからなかった。


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フクジュソウは次々と開花している模様。あちこちから芽が立ち上がっている。

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パラボラアンテナ状の花冠は、花の中心部の温度を高める効果があると言われている。温度に誘われてハエやアブなどが集まってくる。彼らがポリネーター(授粉者)の役割を果たす。


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湿った場所では、スゲ類が伸び始めている。浸出水でジトっとした感触のある児童会館東側の斜面で。

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エゾシカの列車事故

 野生生物総合研究所による「北の希少野生生物講座」があり、釧路へ出かけた。本当は初日から行きたかったのだが、都合で2日目のみに。初日の晩の特急で1年ぶりくらいで訪れた釧路は、十勝よりも雪深かった。

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環境省の主催。事業請負先が株式会社野生生物総合研究所。同研究所がこうした事業を運営するのは、恐らく初めてだと思われる。

2日間の講義を受講すると受講証というのがもらえるそうだが、それには全く興味は無く、講師陣が興味深いのと、学生時代にとてもお世話になった野生生物総合研究所の企画ということで、ご挨拶をかねての参加となった。充実した講義は勉強になったと共に、霧多布湿原センター館長の河原さんによるワークショップが面白く、博物館教育論の観点からも学びがいのある講座だった。

講義で印象に残ったのが、猛禽類医学研究所の齋藤獣医師による「ワシタカ類の列車事故」。オジロワシやオオワシが列車にはねられる事故が、根室本線と釧網本線を中心に多いらしい。原因は、エゾシカの列車事故がまずあり、その死骸が線路脇に残されることで、後からワシタカ類が線路脇に集まってくることに原因があるようだ。運転台からその様子を映した映像があり、直前まで飛び立たないことがわかる。また、そもそも線路の敷かれた盛り土は見晴らしが良いため、猛禽類は列車の物音などに反応して、わざわざ盛り土に上がってきてしまうらしい。

この対策としては、列車事故後のエゾシカの死骸を、できるだけ速やかに線路際から撤去する必要がある。しかし、現実的にそんなことができるだろうか?鉄道側の視点に立つと、なかなか厳しいなあと考えながら帰途についた。すると…。


釧路19時08分発の札幌行き特急スーパーおおぞら14号に乗車。白糠を定時に発車した列車が、恐らく音別あたりを通過中だと思う。ちょうど車内販売で缶ビールを買っていたら、列車に急制動がかかった。その衝撃で、車販のワゴンが通路前方に転がってしまった。まさにエゾシカが列車に衝突したのであった。
運転士と2名の車掌が集まり、直ちに線路支障の列車防護と車両や線路の点検が実施される。車内販売を担当していた客室乗務員も、急制動の衝撃で怪我をした乗客がいないかどうかの点検にまわる。約13分間の臨時停車だったが、いずれも若手の職員達がテキパキとした処置を行い、説明も丁寧だったので、車内の空気はいたって平穏だ。
再度発車した列車は、数回、急制動をかけていたので、恐らくエゾシカの群れが列車前方に残っていたのだろう。そのため、池田に着いた頃には遅れが広がっていたが、その後の運転士による懸命の回復運転で、帯広到着の頃には遅延は10分を切っていた。

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エゾシカとぶつかった特急スーパーおおぞら14号の先頭車両。車両そのものに破損などは無い模様。これが自動車だったら、かなり被害が出るのだろう。


さて、ちょうど昼間に野生動物の列車事故の話を聞いていただけに、この間の事故処理の様子を注意深く観察していたが、齋藤獣医師の話していた「事故後に速やかにエゾシカ死骸を撤去する」は、残念ながら今回も実施されておらず、線路脇に放置されている模様である。ただ、盛り土の上ではなく、下に投棄された。この後、猛禽類の事故が発生しないことを祈りたい。

ただ、やはり鉄道サイドから見ると、ぶつかった列車そのものが、事故後のエゾシカの死骸処理に時間を割くことは大変厳しいと言わざるを得ない。今回、車掌が2名乗務し、客室乗務員も2名乗務していて、運転士も含め5名の鉄道職員で線路点検から乗客の救護までを担当している。しかし、道東地区の普通列車や貨物列車の場合、通常の乗務員は運転士1名のみである。今回は現場で13分の遅延となったが、この列車が遅れたことで、対向列車の行き違いにも影響が及んでいるはずである。遅延は根室本線全体で拡大すると共に、石勝線や千歳線まで影響が及ぶ。

そうなると、事故後の死骸処理を沿線の保線区などが担うことになると思うが、これも事故発生後、現場まで人員を派遣しなくてはならない。人身事故と異なり、エゾシカの死骸処理のために、速やかにそうした体制がとれる程、今の鉄道に余裕があるだろうか?

結局のところ、エゾシカの列車事故そのものを、できるだけ無くす方向で検討することが、二次災害とでも言うべき猛禽類の列車事故も防ぐことにもつながる。そのために出来ることは何か?
はからずも鉄道と自然史の双方を研究対象としている私としては、この問題に今後真剣に取り組んでいく責任があるような気がする。さっそくデータを集めて、検討を開始したいと思う。

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2011年3月24日 (木)

フクジュソウ開花

 ハンノキなどの樹木の開花が続いていたが、ここへ来てようやく草本にも春が。帯広市緑ヶ丘公園内のフクジュソウが開花した。まだ1個体だけだが、数日中に満開になるだろう。

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2011年3月22日 (火)

アオウキクサ出現

 帯広市緑ヶ丘公園内のフェノロジー。公園内の通称「ひなた川」と呼ばれる、テニスコート近くの川に、たくさんのアオウキクサが。陽光を浴びて新緑の輝きが美しい。

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 水の流れが淀んでいるところには、アオミドロ類の藻類もたゆっていた。水温が上がってきた紛れもない証拠だ。だが、カエルの産卵は見られなかった。
 動物園南門側まで歩く。シラカバは雄花がだいぶ伸びているものの、まだ開いていないようだ。花粉が飛ぶのはもう少し先のよう。

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 グルチノーザハンノキ(?)とケヤマハンノキが満開。写真はケヤマハンノキ。

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 グリーンパークもどんどん雪解けが進む。雪解けした区域で、凧揚げをする親子の姿があった。

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 凧あげ、実は私も久しぶりにやってみたいと思った。

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2011年3月21日 (月)

ロビー展「1枚の写真から思い出を記録する」

 帯広百年記念館では、今月31日まで、ロビー展「1枚の写真から思い出を記録する」を開催している。これは、写真と文章で個人史を記録するワークショップの成果を展示にしたもの。各自秘蔵の写真数枚と、それにまつわる思い出が紹介されている。個人史がテーマだが、写真によっては地方史、産業史の資料となりうるものもある。写真の出所がはっきりしていることも、資料としての価値が高いと思われる。

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2011年3月18日 (金)

鉄道愛好者としてできることはあるか?

 東日本の地震・津波の影響で、被災地をはじめ各地でいろいろな影響が生じている。なかでも深刻なのが、原子力発電所の問題と共に物流である。被災地には、医薬品どころか食料品が届かない。復興作業に不可欠な燃料(石油)が届かないという。放射能に関する風評で、トラックも被災地へ向けて走りたがらないとも聞く。

 こうした中、線路をズタズタにされた鉄道が少しずつ回復。昨晩は札幌貨物ターミナルから盛岡へ向け、コンテナ貨物が出発した。今日には久しぶりに荷物が届いているはずである。
 続いて今晩、横浜の根岸から、日本海縦貫線青森経由で盛岡まで、タキを連ねた石油列車が運行される予定だ。タンクローリー40台分の石油を輸送する力があるという。いまこそ車扱列車の底力を見せるときである。

 鉄道には、定時運行・大量輸送という力がある。鉄道貨物輸送は1872年の開業以来、我が国の物流を支えて続けてきた。未曾有の大災害となった今こそ、この鉄道貨物輸送の能力を最大限に発揮して、被災地の復興に大きく寄与して欲しいと思う。


 こうした中、私たち鉄道愛好家にできることは何だろうか?ずっと考えているのだが、なかなか思いつかない。
 そんななか、地震で首都圏の鉄道が混乱していた際、途中で足止めになった知人が、わざわざ北海道の私のところへ電話をかけてきて、地下鉄の乗り継ぎの仕方を相談してきた。駅員さんなどに聞こうにも、もう人だかりがすごくてそれどころではない。周囲の人たちも殺気立っていて、聞ける状態ではなかったと言う。手元の路線図などを参照しながら目的地までの迂回路を説明したり、ネットを参照しながら運行情報を伝えたりしたところ、後日「たいへん助かった」というメールを頂いた。とても小さなことだが、鉄道愛好者としてできることのひとつだったかもしれない。

 もうひとつ。鉄道の持つ力、鉄道の持つ良さ、鉄道の必要性を、多くの人に知らせていくことも、私たちにできる小さなことかもしれない。「こんなときに?」と言う人がいるかもしれない。だが、こんなときだからこそなのではないか?と思う。今回の東北貨物再開の報せを聞いて、これを機会に「貨物列車には、こんな力があるんだよ」「でも今、日本で貨物列車が走っているところがこれしか無いんだ」「地震で列車が止まるとこんなところに影響がでるんだ」「北海道新幹線の問題にも、鉄道貨物輸送という重要な問題が関係しているんだ」というようなことを、世の中に発信していくことも重要な働きではないか?と感じた次第である。

 鉄道愛好者に対する世間の目は、必ずしも好的なものではない。写真を撮るために線路に入り込んでダイヤを乱した、などというニュースも後を絶たない。私に言わせれば、そんな人は本当の「愛好者」ではない。本気で鉄道を愛好している者が、そんな馬鹿馬鹿しいことをするはずが無い。
 鉄道愛好者の端くれとして、自身の鉄道に関する知見を少しでも誰かの役に立てることと、言論を通じて鉄道の良さや大切さを広め、鉄道を支援していくこと。「どうしん鉄道研究会」のスタッフブログに書かれた佐藤さんの記事を読みながら、そんなことを考えてみた。

http://blog.hokkaido-np.co.jp/tamatetsu/archives/2011/03/post_83.html
どうしん鉄道研究会スタッフブログ


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普通列車は地域の大切な足だ 2010年12月31日 帯広


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道東自動車道が全通した後も、都市間連絡特急の重要性は変わらない 2011年1月25日 新夕張


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2011年3月17日 (木)

十勝会館の絵はがきから出た疑問

今日は朝から美術資料の移動と整理にあけくれた。大型の油絵を、修復作業をしていた部屋から収蔵庫へ移動する作業。箱へ入れるものもあれば、ウスやプチプチで表面を覆って、立てかけて仕舞うものもある。耐震のために、ヒモで固定する。なかなかに大変な作業で、本当に丸一日かかってしまった。

そのため、良い天気だったのだが、フェノロジー観察に行くことができず、写真も撮れなかった。そこで、最近入手した十勝の絵ハガキを御紹介しよう。

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縦位置になってしまって申し訳ありません。これは「十勝会館」を写した昭和初期と思われる絵はがき。

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このハガキの表面。個人名の部分だけ処理させてもらった。本文を読むと、「北海館」で開催された結婚式に出席するため、宮城県から来た方のハガキだとわかる。「北海館」は、現在も帯広駅と緑ヶ丘公園の間にある「北海道ホテル」の前身だ。
無事に式を終え、帰る前に簡単な報告を我が家へ出したのだろう。今なら携帯電話からメールで送るようなものだが、やはり当時はハガキでこうしたやりとりをしたのだ。
面白いのは、行程について細かな記録や予定が書かれていることで、当時、帯広から宮城県まで、どのようなルートで、どの程度時間がかかったのかがわかって興味深い。「北海館」が結婚式場として用いられていた資料のひとつにもなるだろう。

もともと絵はがきの裏面が気になって、なんとなく北大の昔の絵はがきなどを集めていたのだが、最近はむしろ表書きのあるハガキを集めるようになった。文面から、時代を知る手掛かりがつかめる、興味深いものがある。「郵便資料」と呼んでいる。

さて、このハガキ。ちょっと疑問がある。それは消印(日附印)の日付だ。ハガキの表に、著者が書いた日付があるが、そこには「十八日前十一時」とある。消印から判断して、昭和8年(1933年)1月18日だと思われる。
ところが消印をよく見てみると、私には「8.1.17」と読めるのだ。つまり、著者自身が書いている「18日」という日付より、1日早く消印が押されていることになる。本文の内容から見ても、著者がこのハガキを書いたのは、間違いなく18日だと思われるのだが…。この疑問は簡単に解けそうにない。

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2011年3月16日 (水)

エゾモモンガの糞

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樹の下にうっすらと茶色い部分。

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モモンガの糞らしい。びっしり落ちている。新しい糞が多い。俵形をしている。

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ここに居るらしい。まだ出会えていないが、静かに観察したい。

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久しぶりに積雪

 昨日の帰り道すでに降雪していましたが、今朝外へ出てみたら積雪していました。まあ、すぐに融けるのでしょうが、スコップで除雪している守衛さんを見ていると、冬へ戻った感じです。まだしばらく、こうした寒さの戻りを繰り返しながら、春へ向かっていくのでしょう。フェノロジーの進み方がどう変化していくのかが楽しみです。

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今朝の十勝池を帯広百年記念館の正面から眺めた様子

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昨日は静岡県富士宮市でも震度6強を観測する地震がありました。富士山麓にあたる場所です。長野でも大きな地震がありましたし、もちろん東北も含め、東日本一帯で厳しい生活を強いられる方々が居られる中、雪や寒さは命に関わる事象です。

被災地における「低体温症」が心配されるということで、対策に関する登山医学会と詳しいからからの情報提供がありました。

http://www.jsmmed.org/
http://www.sangakui.jp/medical/otherinformation/post.html

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2011年3月15日 (火)

緑ヶ丘公園のフェノロジー

 帯広百年記念館の建つ緑ヶ丘公園。この公園内のフロラとフェノロジーの観測を、仕事の柱のひとつにしたいと思っている。そこで気にしていたのだが、地震などでバタバタしているうちに、カバノキ科の芽が動いてきた。そこで、3月13日(日)から巡回を開始。ここに写した写真は13日(日)の写真なので少し古いが、今日の巡回では写真を撮らなかった。


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グリーンパークの雪が少しずつ融けてきた。100mベンチのあたり。


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ケヤマハンノキ。画像を拡大したので少しみづらい。一部は花穂が開いてきて、「開花始め」に入っているように見える。


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こちらはハンノキ。下から見ると、かなり赤くなっている。もう少しで開くのだろうが、今日(15日)は再び冷え込んできたので、もう少しかかるかな。このハンノキの下あたりにエゾアカガエルが産卵するらしいのだが、まだその兆候は無い。


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樹葉が無いと鳥がよく見える。美術館横でせっせと幹をつつくアカゲラ。時節ドラミングが響き渡る。


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雪融けした地面に、昨年のオオバコの穂が現れてきた。まだ葉は出ていない。逆光に照らされた枯穂が面白い。
フェノロジー観測で公園を歩いていると、今この日本のどこかで、地震や津波、原子力発電所の事故で苦しんでいる人たちが居ることを忘れてしまいそうになる。一方で、生物季節観測をしていると、自然は確実に前へ進んでいるんだという実感も湧く。

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2011年3月13日 (日)

北海道自然史研究会自由集会

 今日は北海道自然史研究会の大会が札幌で開催されている。私は残念ながら私は参加できなかったので、代わりに先日8日(火)に札幌市コンベンションセンターで開催した、第58回日本生態学会での自由集会「北海道の自然史研究の現場はどうなっているか?北海道自然史研究会の取り組みと生態学」の様子を写真で。参加者数は32名。ひじょうに小さな集会となったが、道外からのコメンテーターに貴重で有益な助言もいただき、北海道自然史研究会初の自由集会としては意義のあるものだったのではないかと思う。

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会場ではアクリル封入標本などの展示も実施した


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こちらは今日、北海道庁赤レンガ庁舎で開催されている大会のポスター。参加したかったなあ。

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2011年3月11日 (金)

地震発生!

 昨日の深夜に札幌から戻り、今日は朝から休みだけど館へ顔を出していた。そして午後、何かユラユラしているのに気づいた学芸員のI氏が「地震だ」。これが結構長く、なんとなく嫌な感じだなと思っていたら次第に大きくなってきた。
 来館者を館外へ誘導。納まってから収蔵庫の確認など。部屋へ戻ったところで再び大きめの余震が。再び避難誘導。これを数回繰り返した。

 災害時伝言ダイヤルを活用し、震源地に近い仙台の母や弟、交通機関が麻痺し停電も伝えられる横浜の父などの安否を確認。札幌で未だ開催中の日本生態学会では、交通機関の影響で帰宅できなくなった人が大勢いるらしい。

 そうしている間に、岩手県でまたしても震度4クラスの余震が。

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2011年3月 7日 (月)

札幌地下道

 日本生態学会で北海道自然史研究会の自由集会を開催するため、準備で札幌入り。昨日は大通方面へ少し出かけたが、札幌駅と大通駅をつなぐ自由通路がほぼ完成したらしく、フェンスごしに中が少し見えた。

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 大通駅からさっぽろ駅方向を見たところ。広い!

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 大通駅改札口付近には、工事中の表示が。

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 こちらはさっぽろ駅から大通駅方向を見たところ。ちないに、札幌駅はJRは「札幌」、札幌市営地下鉄は「さっぽろ」と表記する。

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 既に「北大植物園」の出口案内も整備されていた。"Botanical Garden"ではなく、正式表記の"Botanic Garden"となっているのが嬉しい。

 この自由通路開業後、地下鉄南北線の乗降客数や、100円バスの利用者数にどのような影響があるのかが少し気になるところ。うまく住み分けて、駅前と大通地区の活性化に欲しいと思う。便利になるのは確実だ。

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2011年3月 4日 (金)

ひな人形撤収

 ひなまつりが終わってしまったので、ロビー展のひな人形を撤収する。1日がかりの大仕事だ。

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 撤去したひな人形は、「ウス」と呼ばれる薄葉紙でくるみ、収納する。いわゆる梱包作業なのだが、不器用な私はこれが苦手。博物館人として、資料扱いの技能は日々研鑽なのだが、植物標本などと異なって人形などの民俗資料は、いつまでたっても緊張する。上手な梱包を見て真似ることが基本なのだが・・・、まあ場数をこなしていくしかない。

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 一見、乱雑に詰め込んでいるように見えるが、ひとつひとつを梱包し、しっかりと収納していく。かつてはどこかの家庭で使われ、娘の成長を見守ったひな人形。いまは博物館資料として、公共の「おひなさま」として大切に受け継がれ、地域の子供達の成長を見守っていく。

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2011年3月 3日 (木)

豆で作った「第3のビール」

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 第3のビールには、麦ではなくエンドウマメのタンパクを利用して製造されているものがある。いっさい麦を使わない、ビールっぽいお酒だ。
 サッポロビールが苦心して開発したこの「第3のビール」。日本人のビールに対する嗜好が多様化してきたのに合わせ、麦よりもスッキリ感の味わいが追求されたそうである。当時の酒税法上、安く作れることも魅力だったのだろう。さまざまな原料が試行錯誤され、エンドウに行き着いた。
 その後、キリンビールとアサヒビールがダイズ原料で、サントリーがトウモロコシ原料で、第3のビールを開発している。

 ということで、現在取り組んでいる常設展示室「豆」コーナーのパネル用に、写真を撮影したのでした。

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早春か晩冬か

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 昨日の緑ヶ丘公園。まだまだ園内には雪が多く、ほとんど融けていない。しかし、公園内の樹々には少しずつ芽に動きが見られる。特に2月後半に温暖な日が続いていたので、カエデの一部などには冬芽の帽子がとれてしまったものもある。恐らく寒さが戻る日が来ると思うが、大丈夫だろうか?

 とは言え、3月に入り、自然史観測では臨戦態勢の季節に入った。各地からフクジュソウ開花の報せが届いてきており、十勝圏でもチラホラと耳にする。ここ緑ヶ丘公園ではしばらく無いと思うが、園内の巡視をそろそろ定期化していかないといけないなあと思う。

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 膨らんできた樹の芽。静かに季節が冬から春へと動いている。

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 美術館近くのシラカバでは、樹冠部で雄花序が伸びているのがハッキリわかる。まだ開いていないがカバノキ科の花の動きが活発化してくると、春に向けての焦りを感じてしまう。

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